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EP 30

決裂の予感と、唐突なる茶会

ヴァルハラの特別会談室。

黄金のシャンデリアが放つ光さえも凍りつくような、重苦しい沈黙が流れていた。

「……話をすると言って、何をするんでしたかな?」

沈黙を破ったのは、魔王グルシアだった。彼は退屈そうに頬杖をつき、鋭い牙を覗かせた。

「我々は忙しい。茶番は終わりだ」

「停戦期限の延長をするか、しないかだ」

賢王ダウルスが、感情のない事務的な声で答えた。

「我々サバルテ獣人国は、停戦延長を求める」

レオナが身を乗り出して発言する。

しかし、ダウルスの眼鏡の奥の瞳は、冷ややかに光った。

「却下だ。……それは問題の先送りとも見受けられる」

「俺もダウルス王に賛成だ」

グルシアがニヤリと笑い、テーブルに爪を立てた。

「はっきりしようではないか。どちらがこの大陸で最も優秀な種族かを。力でな」

「……無益な闘いは好まぬが」

ダウルスは一瞬、軽蔑するように魔王を見た後、レオナへと視線を戻した。

「人間が統治した方が、無益な争いは生まぬ。……獣人の本能も、魔族の衝動も、我々の管理下にあれば制御できる。それが『平和』というものだ」

「お考え直しを! 今、戦えば民達が死にまする!」

「死ぬのは魔族ではない。……貴様らだ、獣の王よ」

グルシアの全身から、どす黒い闘気が噴き上がった。

ダウルスもまた、静かに、しかし圧倒的な王権の圧力を放つ。

交渉は決裂した。もはや、この部屋を出た瞬間から戦争が始まる――誰もがそう確信した時だった。

「良かろう。……それが自惚れだと、戦場で分からせるとしよう」

ダウルスが席を立とうとした瞬間。

「――もし。レオナ様」

張り詰めた糸を、ふわりとした羽毛で撫でるような声が響いた。

部屋の隅に控えていた水神飛鳥が、静かに歩み出てきたのだ。

「茶室を作りたいので、部屋を借りたいのですが」

「あ、飛鳥殿!? 急に何を……」

レオナが目を丸くする。今、戦争が始まろうとしているのだ。空気の読めなさにも程がある。

だが、飛鳥の表情は、春の陽だまりのように穏やかだった。

「はい。……心を静かにさせる茶を、御三方に振る舞いたいと存じます」

「何? 茶を?」

ダウルスが眉をひそめた。

国家の存亡をかけた話し合いの最中に、茶だと?

だが、グルシアの反応は違った。彼は「ほう」と目を細め、興味深そうに飛鳥を見つめた。

「……噂に聞く、かの強欲王ゴルディも牙を抜かれたという……あの『茶』か?」

魔王の情報網は、サバルテでの一件を既にキャッチしていたのだ。

一介の人間が、金と権力の亡者を心服させたという噂。

「飛鳥……」

ミーナが心配そうに呟く。

下手をすれば、飛鳥がその場で斬られかねない状況だ。

しかし、飛鳥は優雅に一礼した。

「では、隣室にてお待ちしておりますね」

飛鳥は許可も待たずに、涼やかな足取りで部屋を出て行ってしまった。

あとに残されたのは、呆気にとられる三人の王たち。

「……ふぅ」

レオナは脱力したように息を吐き、そして覚悟を決めたように顔を上げた。

「……飛鳥殿のお力を借りるしか無いか。お二人方、さぁ、茶を飲みに行きましょう」

「獣の王が、人間に頼るか」

「毒でも入っているのではあるまいな?」

「飛鳥殿は、そのような卑怯な真似は致しません」

レオナはキッパリと言い放ち、扉へと向かった。

ダウルスは少し考え込み、顎をしゃくった。

「ふむ。……まあ良い。毒見も兼ねて、その『管理能力』を見てやろう」

「喉が乾いたのは事実だ。……行ってやるとするか」

グルシアも立ち上がった。

こうして、大陸の運命を握る三巨頭は、戦場ではなく、茶室へと足を踏み入れることになった。

案内された一室。

そこは、先ほどまで殺風景な会議室の予備室だったはずだ。

だが、扉を開けた三人は、息を呑んだ。

「な……?」

床には青々とした畳が敷き詰められ、部屋の隅には野の花が生けられている。

どこからともなく漂う白檀の香りと、釜の湯が沸く音。

ヴァルハラの豪華絢爛な装飾とは対極にある、削ぎ落とされた「美」の空間が、そこに出現していた。

「ようこそお越し下さいました。……さあ、靴を脱いでお上がりください」

飛鳥が、正座をして三人を迎える。

その背後には、『和敬清寂』の掛け軸。

ここから、歴史上最も静かで、最も激しい「茶会」が幕を開ける。

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