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EP 3

牢獄の茶室と、腹ペコ副隊長

「き、貴様は誰だ? 余に意見するとは、ただの人間ではないな?」

レオナは気圧されたように一歩下がりながら問うた。その手は剣の柄にかかっているが、抜く気配はない。目の前の男から敵意を感じないからだ。あるのは、静謐な「美学」だけ。

飛鳥は乱れた着物を直すと、涼しげな顔で答えた。

「私の名は水神飛鳥。しがない茶道家です」

「茶道家? ……茶を出すと言うのか? この森で?」

「ええ。一服、飲まれて行かれますか?」

飛鳥は何事もなかったように、ゴブリンの血が付着していない場所へ手招きをした。

レオナは呆れ半分、怒り半分で周囲を見回す。

「い、いや……私は狩りに来ていて……いや待て! そもそも、このゴブリンの死骸の前で茶など飲めるか! 血生臭くてかなわん!」

「おやおや。貴方が汚したんでしょう?」

「ぐっ……! それはそうだが!」

正論で返され、獣人の女王が言葉に詰まる。

そこへ、遅れてやってきた親衛隊副隊長ミーナが、馬から飛び降りて駆け寄ってきた。

「レオナ様! 如何なされましたか! ……こ、こやつは何者です!? 妙な結界(※茶席)を張って!」

ミーナは二振りの湾曲刀に手をかけ、警戒心丸出しで飛鳥を睨みつけた。

「よく分からん。怪しい者……ではあるな。だが、力等は無いに等しいようだ」

「では、拘束して牢屋にぶち込みます!」

「うむ。……だが、余り手荒な事はするなよ。人間は脆いからな」

「ハッ! 御意!」

ミーナは背後から飛鳥の腕を掴み、乱暴にねじ上げた。

普通の人間なら悲鳴を上げるところだが、飛鳥は柳のように身体をしならせ、その力を受け流す。

「痛くないようにして頂けると助かります」

「う、うるさい! 歩け!」

一行は森を抜け、サバルテ獣人国の王都へと到着した。

巨大な石壁に囲まれた都市は、人間社会のような洗練さはないが、熱気と生命力に満ちていた。

獅子、虎、狼、様々な獣の特徴を持つ人々が闊歩し、露店では巨大な骨付き肉が焼かれている。

「ほう。……賑やかな街なのですね」

縄で縛られたまま、飛鳥は観光客のようにキョロキョロと周囲を見渡した。

「そうであろう。私が育て上げた国だ。強き者が尊ばれるが、弱き者も守られる。それがサバルテだ」

馬上のレオナが誇らしげに胸を張る。

飛鳥はその横顔を見て、穏やかに微笑んだ。

「貴方は、王様なのですね。民の良い顔を見れば分かります」

「ふん、口が上手い男だ」

「貴様! 頭が高いぞ!」

ミーナが飛鳥の背中を小突いた。

「本来なら、貴様のような者が気安く話しかけて良いお方ではないのだ! 捕虜の分際で!」

「ああ、そうなのですか。これは失礼しました」

「……そう気遣われてもな」

あまりに悪びれない飛鳥に、レオナはため息をついた。

この男、大物なのか、ただの馬鹿なのか。

城門をくぐり、石造りの堅牢な城内へ入ると、レオナはミーナに指示を出した。

「ではミーナ、こやつを地下牢へ」

「ハッ! 厳重に監視いたします」

「分かった。……丁重にな。我々は蛮族ではないのだからな。虐待などするなよ」

「心得ております!」

ミーナは飛鳥の襟首を掴み、地下へと続く暗い階段を引きずっていった。

地下牢は、冷たく湿っていた。

石造りの独房には小さな鉄格子の窓が一つあるだけ。床は硬い石畳で、藁が少し敷かれている程度だ。

「さっ、ここで大人しくしてるんだ。妙な真似をしたら、すぐに私が切り捨てに来るからな!」

ガチャリ。重い鉄の扉が閉められ、鍵がかけられた。

ミーナの足音が遠ざかっていく。

静寂が戻った薄暗い牢屋の中で、飛鳥は一人、立ち尽くした。

「……ふむ」

普通なら絶望する状況だ。しかし、飛鳥は懐から扇子を取り出し、パチンと鳴らした。

「どんな場所でも、心を整えることはできる」

飛鳥は瞑目し、つぶやいた。

彼にとって、環境の悪さは茶の道を妨げる理由にはならない。むしろ、劣悪な環境こそ、茶の精神で浄化すべき場所だ。

「私に出来る事は、茶を入れる事」

スキル発動。

殺風景な石の床に、淡い光と共に**「琉球畳」**が出現し、敷き詰められる。

湿気た藁の臭いは消え、イグサの清々しい香りが充満する。

壁には一輪挿しの花が生けられ、部屋の中央には風情ある茶釜が置かれた。

「よし」

飛鳥は正座し、湯が沸くのを静かに待った。

牢屋は一瞬にして、高潔な茶室へと変貌していた。

数時間後。

夕食の時間になり、ミーナが盆を持って戻ってきた。

盆の上には、固そうな黒パンと、薄いスープ。典型的な囚人食だ。

「おい、飯だぞ。……ったく、レオナ様も甘いんだから。こんな不審者、さっさと……」

ブツブツと文句を言いながら、ミーナが鉄格子の小窓を覗き込んだ。

「!?」

カシャン。

手から盆が滑り落ち、スープが廊下にこぼれた。

ミーナは我が目を疑った。

暗くジメジメしていたはずの牢屋が、明るい。

そして、良い匂いがする。石畳だったはずの床には、見たこともない美しい敷物が敷かれている。

その中央で、囚人であるはずの男が、優雅に背筋を伸ばして座っていた。

「き、貴様……何をしているんだ……?」

震える声で問うミーナ。

飛鳥はゆっくりと目を開け、小窓の向こうの彼女を見て、花が咲くように微笑んだ。

「やぁ、ミーナさん」

飛鳥の手元には、湯気を立てる茶碗と、艶やかな三色団子が乗った皿があった。

「お仕事、お疲れ様です。……良ければ、茶を飲んで行かれませんか?」

「はあぁぁぁ!?」

牢屋の中から、看守への茶会の誘い。

前代未聞の事態に、ミーナの猫耳(豹耳)と尻尾が、混乱でピーンと逆立った。

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