EP 28
儚き花と、揺るがぬ土
茶室『水鏡庵』。
外の世界の政治的な重圧は、その小さな躙り口の外に置いてきた。
レオナとガエンは、静かに座布団に座り、呼吸を整えていた。
床の間には、以前ガエンが感銘を受けた『和敬清寂』の掛け軸。
そしてその下には、一輪の「白菊」が、竹筒に生けられていた。
派手さはないが、凛としたその立ち姿は、冬の寒さにも耐える高潔さを感じさせる。
「……美しい花だ」
レオナが静かに呟いた。
一国の王として、孤独に立つその花の姿に、自身を重ねたのかもしれない。
(しかし……儚い)
ガエンは心の中でそう独りごちた。
どんなに美しくとも、花はいずれ散る。切り取られた命ならば尚更だ。今のサバルテの平和のように、あまりにも脆く、頼りなく見える。
シュン、シュン……。
静寂の中、飛鳥が茶を点てる音だけが響く。
飛鳥が二人の前に差し出したのは、どっしりとした重量感のある、深い土色の茶碗だった。
(なんとも深い土色だ……。全てを支える大地のような器)
レオナはその茶碗を手に取り、掌に伝わる土の温もりを感じた。
華やかな絵付けはない。だが、その無骨な厚みこそが、中にある熱い茶を冷なさず、しっかりと受け止めている。
「どうぞ」
飛鳥の声と共に、茶と、ガエンの好物である羊羹が出された。
二人は礼をし、まずは羊羹を口にした。優しい甘さが、疲れた脳に染み渡る。
そして、茶碗を両手で包み込む。
深い土色の闇の中に、鮮やかな緑の茶が浮かんでいる。
「……器に負けぬ、茶の色だ」
レオナは一口、茶を啜った。
土の器が「大地」ならば、その中の茶は「生命」の緑。
そして、床の間の菊は「理想」。
(花の儚さと、器の強さ……。これが、至極の茶か)
ガエンもまた、喉を通る熱さを感じながら悟った。
花(理想)だけでは儚すぎて散ってしまう。
器(武力や国力)だけでは、何も生まれない土塊に過ぎない。
「……儚き花も、美しき器も、この一杯に込められているのだな」
レオナの言葉に、ガエンが深く頷いた。
「それぞれが敬い、支え、成り立っている……。どちらが欠けても、この一服は完成しませぬ」
強い者が弱い者を支配するのではない。
硬い器が、柔らかな茶を守り、引き立てる。
それこそが、サバルテが目指すべき、そして三国が目指すべき「共存」の姿ではないか。
二人は最後の一滴まで茶を飲み干し、羊羹の甘い余韻と共に、茶碗を静かに置いた。
「……見事な一杯だ。迷いが晴れた」
「はい。そうで有りますな。……腹に力が戻りました」
レオナとガエンは、居住まいを正し、飛鳥に向かって深々と頭を下げた。
王や将軍としてではない。一人の人間として、導き手への感謝を込めて。
「ありがとうございます」
飛鳥もまた、手をつき、畳に額が付くほど深々と頭を下げた。
言葉はいらなかった。主と客の心が、「和」によって通じ合った瞬間だった。
茶室を出て、二人は再び靴を履いた。
入る前とは違い、その足取りには確かな重みと、迷いのない軽やかさが同居していた。
「では、行こうか。ガエン」
レオナが前を向き、力強く歩き出す。
「はい、レオナ様」
ガエンは大斧を背負い直し、主君の背中を見つめた。
「この道を進めば……全て上手く行くでしょう」
その「道」とは、単なる廊下のことではない。
飛鳥が示した「茶の湯の道(精神)」を、外交の場に持ち込むという覚悟の道だ。
二人の目には、もはやダウルスへの警戒も、グルシアへの恐怖もなかった。
あるのはただ、美味しい茶を飲んだ後のような、揺るぎない「清寂」なる自信だけだった。




