表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/34

EP 27

玉座の重圧と、一服の逃避地

サバルテ王宮の執務室。

窓の外には平和な城下町が広がっているが、室内の空気は鉛のように重かった。

机の上に広げられた大陸地図を睨みながら、レオナは低い声で尋ねた。

「マルス。……次の三か国の会談は、何時いつだったか?」

羊耳族の執事マルスは、手元の分厚い資料を確認し、緊張した面持ちで答えた。

「ハッ! ……二週間後かと存じます。場所は、三国国境の緩衝地帯、『聖なる円卓』にて」

「そうか。……魔王グルシアと、賢王ダウルスは来るであろうな?」

「ハッ! 間違いなく来られるはずです。両国からの親書も届いております」

レオナは深いため息をついた。

グランフェリア国王、ダウルス。

人間至上主義を掲げ、冷徹な計算で獣人国を経済的に締め上げようとする「鉄の賢王」。

ゾルディア魔王、グルシア。

圧倒的な武力を誇り、退屈紛れに国を滅ぼしかねない「闘神」。

どちらも一筋縄ではいかない怪物だ。

「此度は、三か国の停戦の期限を伸ばす大事な会談だ。……失敗は許されぬ」

レオナの言葉に、傍らに控えていたガエン将軍が腕を組み、渋い顔で頷いた。

「左様でございます。先の戦争から数年……我が国はようやく復興しつつありますが、まだ彼らと全面戦争をする体力はありませぬ。我等が力を付けるには、今しばしの時が必要です」

「分かっている。だが、ダウルスは足元を見てくるだろうし、グルシアは暴れる口実を探している……」

レオナは眉間を揉んだ。

外交、駆け引き、恫喝への対策。考えれば考えるほど、頭痛が痛くなる。

思考が煮詰まり、殺伐とした空気が部屋を支配した時、レオナはふと、窓の外を見た。

中庭の隅。そこだけ、穏やかな空気が流れている場所がある。

「ふむ……。飛鳥殿の茶を、飲みたくなったな」

その言葉に、ガエンが意外そうに、しかしすぐに納得したように反応した。

「と言いますと?」

「さてな。……ただ、あの空間に身を置けば、強張った頭も解れる。飛鳥殿の茶を飲んでいれば、名案が浮かぶやもしれん」

「一杯の茶に……。なるほど」

かつてのガエンなら「現実逃避だ」と批判していただろう。

だが、今の彼は知っている。あの一杯には、どんな戦略会議よりも深く、心を整える力があることを。

「確かに。飛鳥殿との一杯は、何事にも代えがたい物でございます」

「よし。ガエン、付いて参れ」

「御意」

二人は重厚な執務室を出て、中庭へと向かった。

一歩歩くごとに、肩に乗っていた国の重責を少しずつ脱ぎ捨てていく。

茶室『水鏡庵』の前まで来ると、そこには静寂があった。

レオナは呼吸を整え、小さく戸を叩いた。

「飛鳥殿。レオナだ。……入っても宜しいか?」

中から、水のように澄んだ声が返ってきた。

「どうぞ。お入り下さい」

レオナとガエンは、慣れた手つきで靴を脱ぎ、武器を置き、小さな躙りにじりぐちから頭を下げて中に入った。

スッ……。

中に入った瞬間、執務室の重苦しい空気は完全に遮断された。

畳の香り。釜の音。一輪挿しの野花。

そこは、王も将軍もいない、ただの「人」に戻れる聖域。

「お待ちしておりました」

飛鳥は釜の前で微笑んでいた。

彼は何も聞かなかった。だが、二人の顔に浮かぶ微かな疲労の色を、瞬時に読み取っていた。

「今日は、少し『熱め』のお湯で点てましょうか。……頭がスッキリするような、冴えた一服を」

レオナは座布団に腰を下ろし、ほう、と息を吐いた。

「……頼む。どうにも、厄介な古狸と暴れ龍の顔が頭から離れなくてな」

「それはそれは。では、その方々も茶室にお招きしたつもりで、まずは一服」

飛鳥が茶筅を振る音が響く。

その一定のリズムを聞いているうちに、レオナの脳裏にへばりついていたダウルスとグルシアの顔が、湯気の中に溶けていくようだった。

(……不思議だ。ここでなら、あの怪物たちとも、こうして向き合える気がする)

レオナは出された茶碗を手に取り、鮮やかな緑を見つめた。

この茶室には、種族も思想も違う者を、同じ座布団に座らせる魔力がある。

「(……もしかすると)」

レオナの中に、一つの突飛な、しかし起死回生になりうるアイデアが芽生え始めていた。

それは、誰もが予想しない「茶室外交」への第一歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ