EP 22
輝けるガラクタと、傷だらけの功労者
サバルテ王宮のサロンで、エリザ伯爵夫人は扇子で口元を隠しながら、勝ち誇ったように笑った。
「ボルゾフは失敗したか……。筋肉を見せつけるなど、野蛮な獣人らしい発想ね。だが、私は違うわ」
彼女の瞳には、欲望と計算の色が渦巻いていた。
あの飛鳥という男、只者ではない。ガエン将軍をも唸らせる茶室……そこに入るには、相応の「宝」が必要なのだと彼女は信じて疑わなかった。
「ルクス! おるか!」
「ハッ! ……お呼びでしょうか、エリザ様」
現れたのは、犬耳族の従者ルクス。忠実だが、いつもエリザの無理難題に振り回されている苦労人だ。
「貴様ら、金や労力に糸目は付けぬ。……『仏の御石の鉢』『蓬莱の玉の枝』『竜の首の珠』『火鼠の皮衣』『燕の生んだ子安貝』……これらを、何としてでも用意せよ!」
ルクスの犬耳が力なく垂れ下がった。それは御伽噺に出てくるような伝説の秘宝ばかりだ。
「し、しかし……そのような物は実在するかどうか……」
「口ごたえは無用! 商会を脅そうが、ダンジョンに潜ろうが、必ず見つけ出すのです! 私が茶室に招かれるために!」
「ハッ! 畏まりました……エリザ様!」
数日後。エリザの屋敷。
ボロボロになったルクスたちが、這うようにして戻ってきた。
「エ、エリザ様……ご、御用意出来ました……」
ルクスの鎧は砕け、全身は包帯だらけ。後ろに続く部下たちも満身創痍で、息も絶え絶えだ。
彼らは命を削り、あるいは全財産をはたいて、それらしい魔道具や希少品をかき集めてきたのだ。
「おぉおぉ! でかした!」
エリザはルクスの血の滲む傷など目もくれず、差し出された輝く宝物に飛びついた。
「これぞ伝説の秘宝! これで私も茶室に呼ばれると言うものよ! ホッホッホ! 待っていなさい、水神飛鳥!」
そして、王宮の謁見の間。
女王レオナと、その隣に控える飛鳥の前に、着飾ったエリザが自信満々に参上した。
「どうした? エリザよ。改まって謁見とは」
「ハッ! レオナ様、そして飛鳥殿。……本日は、お二人の目に叶う、珍しく価値が有るものが手に入りましたので、献上に参りました」
エリザが合図を送ると、傷だらけのルクスたちが、震える手で宝物を運んできた。
ズラリと並ぶ、煌びやかな品々。
「ご覧ください! 『仏の御石の鉢』に『蓬莱の玉の枝』……伝説の五つの秘宝でございます!」
「ほう……」
レオナは眉をひそめた。確かに美しいが、そこから放たれる魔力よりも、運んできた者たちの疲弊ぶり此の方が気になったからだ。
「そうか。……ん? 飛鳥殿、どうされた?」
レオナが隣を見ると、飛鳥は宝物など一瞥もしていなかった。
彼の視線は、宝箱の横で膝をつき、肩で息をしているルクスに釘付けになっていた。
「……家来の方が、酷い傷を負っていらっしゃる」
飛鳥の声には、隠しきれない焦燥と怒りが滲んでいた。
ルクスの腕からは血が滴り、顔色は土気色だ。限界を超えている。
「早く治療をした方が良いかと思いまして」
「そうだな。……おいミーナ! すぐに医務室に連れて行ってやれ!」
「いえ」
飛鳥はレオナの指示を遮り、一歩前に出た。
「私の茶室へ。……あそこなら、清潔な水や、薬草を煎じた茶、綺麗な布もすぐに出せます」
「なっ!?」
エリザが素っ頓狂な声を上げた。
自分がどれだけ願っても入れなかった聖域に、薄汚れた従者を入れると言うのか。
「あ、飛鳥殿!? お待ちください! この宝を……!」
「ミーナさん、手を貸して頂けますか」
「分かった!」
ミーナが駆け寄り、飛鳥と共にルクスを抱え上げる。
ルクスは驚いて目を白黒させた。
「あ、あの……俺なんか……汚れます……」
「何を仰います。貴方の命より重い汚れなどありません」
飛鳥は優しくルクスを支え、出口へと向かう。
しかし、その動線上に、エリザが広げた「五つの秘宝」が鎮座していた。
「……チッ」
ミーナが舌打ちをした。
「邪魔だな、このゴミは」
「なっ……!?」
エリザの顔が引きつった。国宝級の宝を、ゴミ呼ばわりだと?
「そうですね」
飛鳥もまた、冷ややかな視線をその「宝」に向けた。
「人を傷つけてまで手に入れた石ころなど、路傍の石ころ以下です。……通行の邪魔です」
「うむ、邪魔だ。エリザ、片付けろ」
レオナまでもが、冷たく言い放った。
誰も、宝など見ていない。彼らが見ているのは、傷ついた者への慈悲と、それを顧みない者への軽蔑だけ。
「なっ……なっ……」
エリザはパクパクと口を開閉させ、顔を真っ赤にして震えた。
プライドはずたずたに引き裂かれた。だが、王命には逆らえない。
「く、くそぉぉぉ……!」
エリザは、豪華なドレスの裾をまくり上げ、自慢の「火鼠の皮衣」や「竜の首の珠」を、まるでガラクタを回収するように慌てて拾い集め始めた。
「どいて! そこどいてよ! あぁもう、重いわね!」
その無様な姿を尻目に、飛鳥たちはルクスを丁寧に運び出していく。
その後、茶室「水鏡庵」。
ルクスは清潔な畳の上で手当てを受け、温かい薬草茶を飲んでいた。
「あ、あの……本当に、俺なんかが……」
「いいえ。貴方は立派に主君の命を果たしました。その忠義と忍耐……貴方こそ、この茶室で癒やされるべき『お客様』です」
飛鳥はルクスに、特製のカステラを差し出した。
「さあ、召し上がれ。……エリザ様には内緒ですよ?」
ルクスは涙を流しながら、その甘い菓子を頬張った。
エリザが集めたどんな宝石よりも、この一杯の茶と優しさこそが、本当の宝物だと知った瞬間だった。




