EP 20
流血なき乱舞、愛らしき勝利者
サバルテ王宮の闘技場は、異様な熱気に包まれていた。
年に一度の御前試合。国中の腕自慢たちが、己の武勇を王に示すために集う、血と汗の祭典だ。
観客席を埋め尽くす獣人たちの咆哮が、地響きのように轟いている。
そんな喧騒の中、水神飛鳥は静かに姿を現した。
場違いな和服姿だが、その歩調は少しも乱れていない。
「おぉ、飛鳥殿。来てくれたか」
最上段にある貴賓席から、女王レオナが手招きをした。
そこは、本来なら王族と将軍しか座れない神聖な場所だ。
「さぁ、こちらに。一番見晴らしの良い席を用意させた」
「これはかたじけない。……失礼いたします」
飛鳥は一礼し、レオナの隣に用意された豪奢な椅子――の上にあらかじめ敷かれていた、飛鳥専用の「ふかふか座布団」に腰を下ろした。
「今日はミーナが出るとあってな。私も公務を放り投げて見に来たのだ」
「私もなのです。……約束をしましたので」
二人が顔を見合わせて微笑む。
その後ろで、腕を組んで仁王立ちしていたガエン将軍が、豪快に笑った。
「ハッハッ! レオナ様のみならず、あの出不精な飛鳥殿まで動かすとはな。中々どうして、器量が良い娘よのぉ」
「ふふふ、私の自慢の親衛隊だからな」
レオナは我がことのように胸を張る。
飛鳥もまた、闘技場の中央を見つめながら目を細めた。
「えぇ。ミーナさんとお茶を飲んでいると、心が穏やかになります。……裏表のない、清らかな風のような方ですから」
その言葉に、ガエンとレオナは「ほう」と顔を見合わせた。飛鳥にここまで言わせるとは、ミーナの株は上がりっぱなしである。
「さあ、始まるぞ!」
銅鑼の音が鳴り響き、予選である「バトルロイヤル」が開始された。
闘技場には50人近い戦士たちが入り乱れている。
斧、剣、ハンマー。凶器がぶつかり合い、怒号と悲鳴が交錯する。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
飛鳥は眉をひそめ、扇子で口元を覆った。
「……やはり、見ていて痛々しいですね」
だが。
その乱戦の中心に、一陣の「風」が吹いた。
「――ふっ!」
銀色の髪をなびかせ、ミーナが駆け抜ける。
彼女の腰には愛用の双剣があるが、その手は柄にかかってすらいない。
襲いかかる大男の斧を、紙一重で回避。
そのまま流れるように懐へ飛び込み、
トンッ。
「が、ぐ……?」
首筋に鋭い手刀を一閃。
大男は白目を剥き、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
血は一滴も出ていない。ただ、意識だけを正確に刈り取っているのだ。
「遅い!」
背後からの奇襲も、猫科特有の柔軟な動きで宙返りして躙す。
着地と同時に回転し、遠心力を乗せた掌底を相手の顎にヒットさせる。
バチンッ!
脳を揺らされた戦士が、幸福そうな顔をしてダウンする。
「な、なんだあいつは!?」
「剣を抜いてねぇぞ!?」
「早すぎて見えねぇ!」
周りの戦士たちが動揺する中、ミーナは止まらない。
殴らず、蹴らず、斬らず。
ただ「触れる」だけで相手を沈めていくその姿は、殺し合いの場にあって、演舞のように優雅で美しかった。
(約束通り……本当に、誰も傷つけていない)
飛鳥は扇子を下ろし、感嘆のため息をついた。
それは、飛鳥の「茶の心」を、彼女なりに「武」で表現した姿だった。
あっという間に、立っているのはミーナ一人となっていた。
静まり返る会場。
その中央で、ミーナは貴賓席の飛鳥を見つけ、満面の笑みで大きく手を振った。
「いえ~い!! 飛鳥ーーっ! 見てる~!?」
副隊長の威厳もへったくれもない、無邪気なピースサイン。
そのギャップに、観客たちは「ズコーッ」となりかけ、次いで大歓声を上げた。
「「「うおおおお! ミーナ様可愛いーーっ!!」」」
「「「強い! そして尊い!!」」」
「……ふふっ」
飛鳥は堪えきれずに吹き出した。
「やれやれ。あのような場所から私的な呼びかけとは……困ったお方だ」
口ではそう言いながらも、飛鳥は嬉しそうに、小さく手を振り返した。
隣ではレオナが「あれが私の部下だ!」とガッツポーズをし、ガエンが「若いのぉ」と目尻を下げている。
血なまぐさい闘技場に、和やかな春風が吹いた瞬間だった。




