EP 18
武闘派貴族の勘違いと、御前試合
サバルテ王宮、謁見の間。
いつもなら国の防衛や魔物討伐の報告が行われるこの神聖な場所で、熊耳族の男爵、ボルゾフが必死の形相で床に額をこすりつけていた。
「レオナ様! 何卒、何卒ご許可を!」
「……御前試合、だと?」
玉座に座る女王レオナは、頬杖をつきながら怪訝な顔をした。
「はい! 我らサバルテの貴族、戦士が一堂に会し、最強を決める武闘大会を開催したく存じます!」
傍らに控えるガエン将軍が、低い声で尋ねた。
「ボルゾフよ。何故、今なのだ? 魔物の動きも落ち着いているこの時期に、わざわざ大規模な試合を行う理由が見当たらん」
「ハッ! それは……」
ボルゾフは顔を上げ、鼻息荒く宣言した。
「我等の武勇を、飛鳥様に是非ともお見せ頂く機会をと思いまして!!」
静まり返る謁見の間。
ガエンは「やはりか」という顔で天を仰ぎ、レオナは呆れてため息をついた。
「……何故だ?」
「そ、それは! 飛鳥様は常々『敬意』が大事だと仰っております! 我ら獣人にとって、最大の敬意表現とは何か? それは己の肉体と技を極限まで高め、相手に見せつけること! 即ち、全力の武であります!」
ボルゾフの目は血走っていた。
彼は本気だった。あの茶室に入るために、自分ができる「最高のおもてなし」が、筋肉と暴力の展覧会だと信じて疑わないのだ。
「飛鳥様に、サバルテの伝統芸能である『武』をお見せし、我等の敬意と熱意をお伝えすれば……必ずや、あの茶室への道も開かれるはず!」
その熱弁に対し、親衛隊副隊長のミーナが、あくびを噛み殺しながらポツリと言った。
「うーん……。飛鳥は、武術とか興味無いんじゃ無いかな~」
ミーナは知っている。飛鳥が興味を示すのは、強い剣技よりも「良い粘土が出る土」や「珍しい木の実」だ。血なまぐさい試合など、むしろ最も嫌う部類だろう。
「そ、そんな事はありません!」
ボルゾフが食い下がった。
「男ならば、熱き血潮に心躍らぬはずがない! あのガエン将軍ですら陥落したのです、きっと将軍も素晴らしい筋肉を飛鳥様に披露されたのではありませんか!?」
「……俺は何も披露しておらん。ただ羊羹を食っただけだ」
ガエンがボソッと言ったが、興奮状態のボルゾフの耳には届かない。
「ど、どうか! 私共に機会をお与え下さい! 最高の斧技で、飛鳥様を感動させてみせますゆえ!」
ボルゾフは再び額を床に叩きつけた。
その姿は滑稽だが、ある意味で純粋すぎた。
茶室に入りたい。ただその一心で、彼は国の行事すら動かそうとしているのだ。
レオナは少し考え、ニヤリと口角を上げた。
「……まぁ良い。好きにしろ」
「お、おお! ありがとうございます!」
「ただし、飛鳥殿が見に来られるとは限らない。……あの方は、無理強いを嫌うからな。良いな?」
「ハハー!! ご招待状には、全身全霊の魂を込めまする!!」
ボルゾフは歓喜の声を上げ、脱兎のごとく謁見の間を飛び出していった。
後に残されたのは、微妙な空気のトップ3だけ。
「……レオナ様。よろしかったのですか?」
「良いではないか。平和ボケ防止のガス抜きにはなる」
レオナは玉座から立ち上がり、窓の外にある茶室の方角を見た。
「それに……飛鳥殿が、我々の『野蛮な文化』を見てどう反応するか。少し興味もある」
「確かに。嫌悪するか、それとも……」
「茶の湯の心で、血生臭い闘争すらも『清』めてしまうか」
ガエンが腕を組む。
ミーナは肩をすくめた。
「私は賭けますよ。飛鳥はきっと、『怪我人が出たら大変ですね』って言って、救護テントで配るお茶の準備を始めます」
「……ありそうだな」
三人は顔を見合わせ、苦笑した。
こうして、動機が不純すぎる国家規模のイベント「サバルテ大武闘会・飛鳥杯(仮)」の開催が決定したのである。




