EP 17
選ばれぬ者たちの焦燥
サバルテ王宮の一角にある、貴族専用の待合サロン。
普段は優雅な談笑が聞こえるこの場所は今、張り詰めたような緊張感と、ドロドロとした嫉妬の空気に支配されていた。
「……またか。また、ガエン将軍が『あの場所』へ行かれたそうだ」
重々しい口調で唸ったのは、熊耳族の武闘派貴族、ボルゾフ男爵だ。
身の丈ほどある戦斧を愛用し、筋肉こそが正義と信じる彼が、今は焦燥しきって貧乏ゆすりをしている。
「将軍だけではないわ。レオナ様も、ミーナ様もよ。……トップ3が揃って、あのような粗末な小屋に籠りきりなんて」
扇子で口元を隠しながら、苛立ちを露わにしたのは、孔雀の羽根をあしらった派手なドレスに身を包む、エリザ伯爵夫人だ。
美と流行に敏感な彼女にとって、流行の最先端に触れられないことは死に等しい屈辱だった。
「一体、あの『茶室』で何が行われているのだ!?」
ボルゾフがテーブルを拳で叩いた。
「ガエン将軍は、あそこから出るたびに殺気が消え、神のような穏やかな顔つきになられている! あれはきっと、未知の『精神修行』か『ドーピング』に違いない! 俺もその秘儀を授かりたいのだ!」
「あら、野蛮ねボルゾフ。私は違うと思うわ」
エリザが煌びやかな髪を掻き上げた。
「レオナ様のお肌、最近見た? 宝石のように艶々なのよ! あそこで振る舞われる『マッチャ』という緑の秘薬……あれこそが、若返りのエリクサーなのよ! 私こそ、それを飲む権利があるはずだわ!」
二人の主張は違えど、結論は一つ。
「あそこに入りたい」。
サバルテの貴族社会において、今や挨拶代わりの言葉は「天気の話」ではなく、「飛鳥殿の茶を飲んだか?」になっていた。
飲んだ者は「選ばれし者」として尊敬を集め、飲んでいない者は「二流」と見なされる。
異常な事態だった。
「だが……我らは招かれぬ。何故だ!?」
ボルゾフが頭を抱えた。
「俺は昨日、自慢の魔獣の剥製を持って行ったのだぞ!? 『これを飾ってくれ』と! なのに、飛鳥とかいう男は『狭い茶室には入りません』と断りおった!」
「私は最高級の宝石を散りばめたドレスで行ったわ! 『貴方のお茶に華を添えてあげる』って! ……でも、『華は一輪あれば十分です』って、やんわり追い返されたのよ! キーッ! 何よあのすました顔!」
金も、武力も、美貌も通じない。
そこで、二人の脳裏に、ある噂がよぎった。
「……そういえば、聞いたか? あのゴルディの話を」
ボルゾフが声を潜めた。
「ああ、聞いたわよ。大陸一の商人が、土下座せんばかりに頼み込んで、門前払いされたって……」
「金貨を山積みにしても、ダメだったらしい」
サロンに戦慄が走る。
ゴルド商会の会長といえば、経済的な意味での王だ。その彼ですら、あの「躙り口」をくぐることを許されなかった。
それはつまり、「半端な覚悟やステータスで近づけば、ゴルディのように恥をかく」という警告でもあった。
「恐ろしい場所だ……水鏡庵」
ボルゾフは冷や汗を拭った。
「金でも武力でもない。……レオナ様たちは、一体『何』を差し出して、あの席に座ることを許されたのだ?」
「分からないわ……。でも、指をくわえて見ているわけにはいかない」
エリザは瞳をギラつかせた。
「ガエン将軍は『羊羹』という黒い宝石に夢中らしいわ。……まずはその情報を解析するのよ」
「うむ。俺は『正座』という独自の拷問(修行)スタイルを練習してみる。足が痺れても耐え抜く根性を見せれば、あるいは……!」
サバルテの貴族たちは、完全に迷走していた。
「敬意」や「和」というシンプルな答えにたどり着けず、「何か特別な供物が必要なのだ」と勘違いし、空回りを続けている。
その頃、茶室では。
「ふぅ……。今日も平和ですね」
「うむ。羊羹が美味い」
「飛鳥ー、おかわり!」
トップ3と飛鳥が、ただのんびりと茶を啜っているだけであった。
外の貴族たちの葛藤など露知らず。




