EP 13
金貨の音と、歪んだ学習意欲
「おい、待たんか! 貴様、ワシに説教をする気か!」
背を向けて片付けを始めた飛鳥に対し、ゴルディは怒りで顔を紅潮させ、杖で地面を叩いた。
しかし、飛鳥は振り返り、静かな瞳でゴルディの全身を――正確には、その足元を見つめた。
「ゴルディさん。……貴方の着ている服、そして靴。随分と汚れていますね」
「あ?」
ゴルディは自分の足元を見た。
最高級の竜革の靴は泥にまみれ、ズボンの裾には土埃がこびりついている。先程、土足で畳に上がり込んだ際についたものだ。
「ふ、ふん! 服や靴が汚れるのは当たり前だろう? 汚れたら捨てて、また新しい物を買えばいい。それが富める者の特権だ」
ゴルディは鼻で笑った。
だが、飛鳥の眼差しはより一層、哀れむような色を帯びた。
「違います。それは、身の回りの物を大事に、丁寧に扱っていない証拠です」
「なんだと?」
「物は持ち主の心を映します。……身の回りの物を丁寧に扱わないと言う事は、自分自身のことも、そして他者のことも、丁寧に扱わないと言う事です」
飛鳥の言葉は、鋭い刃のようにゴルディの胸に突き刺さった。
商売道具、部下、顧客、そして自分自身。全てを「金」というフィルターを通してしか見てこなかった男への、根源的な指摘。
「な、なんだと……き、貴様……!」
言い返そうとするが、言葉が出ない。
その気迫に、後ろで見ていたレオナも息を呑んだ。
「(飛鳥……お前は、金や権力よりも遥かに重い『道理』で、この怪物を斬り伏せるのか)」
飛鳥は荷物を背負うと、一歩踏み出した。
「敬意を持つように……『物』にも『人』にも心が宿ると気付かれたなら、私は何時でもお茶を淹れましょう。……それでは、失礼します」
飛鳥は一礼し、レオナとミーナを促してその場を去っていった。
風のように爽やかに、しかし絶対的な拒絶を残して。
路地裏には、ゴルディ一人(と遠巻きにする護衛たち)が取り残された。
「……敬意? 丁寧? ……知らん」
ゴルディは呆然と立ち尽くしていた。
「知らん……ワシの知らない概念だ。金さえ積めば、頭を下げるのが『敬意』ではないのか? 高い物を着るのが『丁寧』ではないのか?」
彼の価値観の根底が揺らいでいた。
ふと、視線が畳の跡に残された盆に向いた。
そこには、飛鳥が片付け忘れたのか、それとも敢えて残したのか……一切れの羊羹と、少しだけ残ったほうじ茶があった。
「……フン」
ゴルディは衝動的に、その羊羹を掴み、口に放り込んだ。
泥のような味がすれば、吐き捨てて馬鹿にしてやるつもりだった。
しかし。
「――ッ!?」
ねっとりとした小豆の甘み。丁寧に濾された舌触り。
それは、彼が今まで食べてきたどんな高級菓子よりも、深く、優しく、体に染み渡った。
続けて、冷めかけた茶を流し込む。
香ばしさが鼻孔を抜け、怒りで沸騰していた脳髄を鎮めていく。
「旨い……。旨いッ!!」
ゴルディは目を見開いた。
商人の本能が、激しく警鐘を鳴らすと同時に、歓喜の声を上げた。
(これは売れる! いや、これは世界を変える! この味には、金貨の山をも凌駕する価値がある!)
ゴルディの顔から、怒りの色が消え、代わりにギラギラとした「捕食者」の笑みが浮かび上がった。
「知らない事を知る! ……ふはは、聞こえるぞ、金の音がするでぇぇ!!」
彼は杖を握りしめ、震える声で独りごちた。
「このゴルディ、タダでは負けん! 説教されただけで引き下がるか!」
彼の思考回路は、常人とは違っていた。
「拒絶された」のではない。「条件を提示された」と受け取ったのだ。
「アイツの茶を飲む為には、アイツを知る事が必要だ。……『敬意』とやらを身につければ、この至高の商品(茶)が手に入るという事だな?」
ゴルディの瞳に、不気味な炎が宿る。
「上等だ。アイツの茶を飲み干した時、ワシは商人としてもう一段階『成長』する! ……待っていろ水神飛鳥。ワシは必ず、貴様の言う『敬意』とやらを完璧に演じて、その茶を飲み干してやる!」
強欲な商人は、まだ諦めてはいなかった。
「敬意」すらもスキルや道具として習得し、飛鳥を攻略しようという、歪んだ学習意欲に火がついたのである。




