EP 11
路地裏の茶室と、小さなお客様
サバルテ獣人国の城下町は、普段とは違う種類の熱気に包まれていた。
石畳の大通りを、人間が歩いている。
それだけなら「珍しい」で済む話だが、その背後にはあろうことか、この国の絶対支配者である女王レオナと、親衛隊副隊長ミーナが付き従っているのだ。
「お、おい見ろ……レオナ様だ!」
「本当だ、ミーナ様もご一緒だぞ」
「あの大荷物を背負った人間は何者だ? 捕虜か?」
「いや、レオナ様が剣を抜いておられない。……一体何故、人間の後を付いて歩いていらっしゃるのだ?」
民衆は道を空け、ざわざわと噂話をしながら遠巻きに一行を見つめる。
ピリピリとした緊張感。
だが、当の先頭を歩く水神飛鳥は、そんな周囲の視線などどこ吹く風だった。
「ふむ……。ここも少し違いますね」
彼は時折立ち止まっては、井戸の水や噴水の水を指先で確かめ、また歩き出す。
背中の空の水瓶はまだ軽いままだった。
「おい飛鳥、もう5つも井戸を回ったぞ。どれも同じ水ではないか」
レオナが呆れたように声をかけるが、飛鳥は「いいえ」と首を振る。
「綺麗なだけの水なら、幾らでもあります。ですが、私が求めているのは『心の通った水』なのです」
「心だと? 水にか?」
飛鳥はふと足を止めた。
視線の先には、路地裏の広場で遊ぶ数人の子供たちの姿があった。
土でお団子を作り、草花を飾り付け、「おままごと」に興じている。
「……見つけました」
飛鳥はスタスタと子供たちの輪へ歩み寄った。
民衆が、そしてレオナが息を呑む。
「もし。……お遊びのところ、失礼いたします」
飛鳥は子供たちの目線に合わせてしゃがみ込み、柔和な笑みを向けた。
「よろしければ、お水を一杯、恵んでいただけませんか?」
突然の知らない大人、しかも人間の登場に、子供たちはキョトンとした。
だが、犬耳族の女の子、カナヤだけは、元気に尻尾を振って立ち上がった。
「いーよ! おうち、すぐそこだから! ママに貰って汲んできてあげる!」
「おや、それは有難い。……ありがとうございます」
カナヤはパタパタと近くの家へ駆け込んでいった。
その隙に、飛鳥は背中の荷物を下ろした。
「よし」
スキル発動。
路地裏の固い土の上に、突如として青々とした畳が出現した。
さらに風炉釜、茶碗、水指などの道具が並び、一瞬にしてそこは「野点の茶席」へと変わった。
「な、なんだあれは!?」
「人間が魔法を使ったぞ!?」
ざわめく群衆。だが、戻ってきたカナヤは目を輝かせた。
「わぁー! すごーい! ここでおままごとするの?」
カナヤはなみなみと水の入った手桶を抱えていた。
こぼさないように、一生懸命運んできたのだろう。少し服が濡れている。
「ママから貰ってきたよ!」
「ああ、ありがとうございます。……重かったでしょう。さ、お座り下さい」
飛鳥はカナヤから手桶を受け取ると、ふかふかの座布団を差し出した。
カナヤは遠慮なく、ポンとそこに座った。
「エヘヘ、気持ちいいなー! ふわふわだ!」
「それは良かった」
飛鳥は手桶の水を、柄杓で釜へと移した。
そして火を強め、湯を沸かし始める。
シュンシュンと、釜が鳴き始める。
カナヤは興味津々で、茶釜と飛鳥の手元を覗き込んだ。
「ねぇお兄ちゃん。今、何をしているの?」
「はい。……貴方様から貰ったお水に、『魂』を入れている所です」
「たましい? ……なーにそれ?」
カナヤが小首をかしげると、垂れた犬耳が揺れた。
飛鳥は釜の蓋を少しずらし、立ち上る白い湯気を見つめながら、優しく語りかけた。
「そうですね……。ただの水でも、誰かが一生懸命運んでくれたり、『美味しいね』って笑い合ったりすると、特別な味がするようになります」
飛鳥は柄杓を取り、湯の沸く音に耳を傾けた。
「私は今、貴方がお母様から貰い、一生懸命運んでくれたこのお水が、より美味しくなるように……『ありがとう』というおまじないをしているのですよ」
「おまじない……!」
カナヤの目がキラキラと輝いた。
ただのお湯が、魔法の薬に変わる瞬間を見た気がしたのだ。
その光景を後ろで見ていたレオナは、腕を組んだまま、ほうと息を吐いた。
「……『心の通った水』か。なるほどな」
レオナは、緊張して剣の柄を握りしめていたミーナの肩をポンと叩いた。
「警戒を解け、ミーナ。……どうやら、とびきり美味い茶が飲めそうだぞ」
路地裏の茶会は、まだ始まったばかりだった。




