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EP 10

水は生き物、行幸ぎょうこうは突然に

早朝のサバルテ王宮。

突き抜けるような青空の下、飛鳥は背負子しょいこを背負い、手に大きな竹筒を下げて歩き出そうとしていた。

その背負子には、茶道具ではなく、空の水瓶みずがめが積まれている。

「おい、飛鳥? こんな朝早くから何処へ行くんだ?」

朝の巡回中だったミーナが、怪訝な顔で呼び止めた。

「おはようございます、ミーナさん。……少々、『水』を探しに行こうかと」

「水?」

ミーナは豹耳をピクリと動かし、飛鳥の空っぽの手を見つめた。

「水など、飛鳥のスキルで出せるのではないか? 昨日の湯もそうだっただろう」

「ええ。確かにスキルを使えば、水は無尽蔵に出せます」

飛鳥は足を止め、少し困ったように微笑んだ。

「ですが、私のスキルで出す水は、所詮『成分的に純粋なだけの水』。そこらの水と変わりません。癖もなければ、味もない」

「……? 水に味などあるのか?」

「ありますとも。やはり、皆様にお出しする物は、自分の足で探し、自分の舌で選びたいのです」

「どうした? 朝から騒がしいな」

威厳ある声と共に、回廊の角からレオナが現れた。

朝の鍛錬を終えたところなのか、汗を拭いながらこちらへ歩いてくる。

「あ、レオナ様! いえ、飛鳥がわざわざ『水を探しに外へ行く』などと言い出しまして」

「水を探しに? ……意味が分かららぬな。水など、城の井戸にも、近くの川にもあるだろう」

レオナもまた、理解不能といった顔で首をかしげた。

サバルテの民にとって水とは、喉を潤すための手段であり、飲めればそれで良いものだ。

しかし、飛鳥は真剣な眼差しで、王に向かって静かに首を横に振った。

「いいえ、レオナ様。水は『生き物』です」

「生き物、だと?」

「はい。岩肌を流れる水、土に濾過された水、湧き出る水……。その生まれた場所や旅路によって、水はその子その子で全く違う『顔』を持っています。甘い水、重い水、鋭い水……茶の味は、水で七割決まると言っても過言ではありません」

「…………」

レオナは目を丸くした。

たかが水一杯に、そこまでの哲学があるのか。

この男は、茶碗の時もそうだったが、一見穏やかに見えて、その内側には鋼のようなこだわりを持っている。

「……面白い」

レオナの口元に、好戦的な笑みが浮かんだ。

それは、強敵を見つけた時の笑みによく似ていた。

「分かった。城の外に行く事を許可しよう。……私も同行する」

「は?」

ミーナが素っ頓狂な声を上げた。

「レ、レオナ様!? 公務はどうされるのですか!」

「うるさい。たまには民の暮らし、いや、この国の自然を視察するのも王の務めだ。ガエンにでも任せておけ」

「そ、そんな無茶な! ……分かりました、ならば私も同行します! レオナ様だけを行かせるわけにはいきません! 私は親衛隊ですので!」

ミーナは慌てて馬小屋の方へ合図を送り、武装を整え始めた。

飛鳥は、思わぬ大名行列になりそうな気配に苦笑しつつも、深々と頭を下げた。

「では、行きましょうか。この国の、一番美味しい水を探しに」

こうして、茶道家と女王、そして親衛隊副隊長による、奇妙な「水探しの旅」が幕を開けた。

三人は朝の活気に満ちたサバルテの城下町へと、足を踏み出したのである――。

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