貴族らしくない三男坊と美貌の暗殺者
今の状況は悪い。ターゲットに視認されずに、遂行するのが俺の流儀だ。
それなのに、目の前にいるターゲットはどこかぼんやりしている。
とんでもなく豪胆なのか、ただの天然なのか。
理由は不明だが、何故か俺に見惚れている、らしい。
昔の主人は見目がいいからと、俺を性奴隷にしようとしていたがこいつからはそんな劣情が見えない。
「お前、今の状況わかってないだろ……」
「え?えっと、美しい暗殺者がいらっしゃるということはわかります」
「理解してるのに、なんで逃げないんだよ……意味がわからん」
「男性だと理解はしていますが、もう少しだけお話したいなって思う程綺麗な方なので……」
どこかフワフワとした三男は、恥ずかしがりながら俺を口説いてくる。
生き延びる為の作戦だろうか、と疑ったが視線を合わせても嘘を言っている様子はない。
急激に無の感情が沸き上がった。何もわからない。
「頭がイかれてんのか、お貴族様。今から殺されそうになっている人間の台詞とは思えねぇな」
「ふふ、殺そうとしている相手に動揺するなんて可愛い人ですね」
ダメだ。こいつと会話をしていると、夜が明ける。
面倒にな、と神力全開放出する。周囲の空間から複数の刃物が生成され、三男に向けて打ち放つ。
そのつもりだったが、目の前の三男はどこか諦めたような微笑みを浮かべて瞳を閉じていた。
直感が静止させる。こいつを、ここで殺してはダメだと本能がそう警告している。
なかなか刃物が来ないから不思議に思ったのか、ゆっくりと三男が瞳を開けて首を傾げている。
「殺すかどうか迷っていますか?」
「……うるせぇ」
「迷っている可愛い暗殺者さん。私を哀れに思うのなら、ひとつ契約をして頂けませんか」
「契約だぁ?はんッ、貴族の契約なんてロクなもんじゃないだろうが」
「契約を果たせば、私のことはどう殺して貰っても構いません。領主一族は私以外皆殺しにされているでしょうから、命乞いをする必要ないですからね」
ね?と言いながら催促される。
確かに領主一族は、こいつを除いて全員殺した後だ。
身内が居ないこともあってか、こいつ自身も自分が死ぬことをどうも思っていない。
その上で、俺自身が殺すことを躊躇っている。
困り果てて思わず髪を乱暴にかきあげた。
「そんなに難しい内容ではないです。私には、唯一の心残りがあるんです。最後の旅行に同行して欲しいというのが内容なんですよ」
「いや、自分から契約内容バラしてどうするんだよ……はー、あぁもう!わかった! こんなに殺しで迷うのは初めてだし、統領からは迷ったら初心に還れって言われてるからな……お前の観察含めて、その契約に乗ってやるよ」
俺たち暗殺者集団には、ルールがある。
その内の最初に始まるのが「殺しに迷うならば、対象を観察せよ」というものだ。
観察なんてしていたら、対象相手を殺しそびれるんじゃないのかと統領に質問をしたこともあったが、
そういうものだとはぐらかされてしまったのを覚えている。
まさか、こんなタイミングでそのルールを使うことになるとは思いもしなかった。
それに契約と言っても、口約束だ。破ろうと思えば、いつでも破ることができる。
裏切られることを覚悟の上での提案だろう。肝が据わっている。
ウダウダと考えていても仕方がない。そう思った瞬間に、城内が騒がしくなってきた。
さすがに領主一族が死んでいることに気が付いたらしい。
「もう気づかれたか。意外と早かったな」
「逃げましょう。こちらから、城外に出ることが出来ます」
ベランダから右側の壁に向かうと、火の消えた暖炉で何かしている。
様子を見ていると、暖炉の横にあった大きな鏡の後ろから暗い廊下と階段が現れた。
なるほど、城主たちの隠し通路か。
血濡れのメイド服のままだと、夜行性の獣に見つかる可能性がある。手早くメイド服を脱ぎ、部屋の隅に放り投げる。
そうしていると、三男は慌てて自分の上着を被せてきた。
「だ、男性なのはわかっていましたけど……!そんな身体の線がはっきり見える恰好は刺激が強すぎます……!」
「男なのにか?純朴にも程があるだろうお貴族様」
「仕方ないじゃないですか!私は今まで城の外に出たことがないんですから……あ、契約したのなら私の自己紹介って必要ですか?」
「話は後だ。今はここから逃げるぞ」
「はい」
三男が先導し、俺が後方を確認しながら城を脱走した後も後ろから様々な声が飛び交っていた。
城から少し離れた位置にある森の中へと潜むと、ようやく辺りが静かになった。
あちらの動きが静かになるまで、ここで一休みしておこう。
「あの、休むのならこっちに。私の秘密基地があるんです」
「なんで森の中に作ってんだよ……って、隠れ家みたいに見えるんだけど」
三男に手を引かれて向かう先は、わりと近くにあった。
家ではないが、生活できる品がチラホラ用意されている。避難先か何かだろうか。
「洞窟の中でも住めるようにしておいたんです」
「……本当にお前は貴族なのかよ」
「ふふ、そういえば先程の話の続きなのですが自己紹介は必要ですか?」
「……テオリア・V・レイエムだろ。年齢は確か、その小ささで十七歳になるんだったか」
「小さいは余計です。今後は、テオ、と呼んで下さい。領主一族だと知られたくないので」
「了解。あーそうなると、俺の呼び名もいるわけか……困ったな、今まで番号呼びだったんだ。暗殺集団に入って、地位が四番目だからフォウって呼ばれてんだよ」
三男もといテオが、俺の経緯を知って少し動揺している。
触れてはいけない話だったのか心配しているんだろうか。あの豪胆さはどこいった。
「あの……暗殺者になる前の、お名前とか……?」
「暗殺者になる前は奴隷だった。その時から番号呼びだな。確か、669だったか」
「ええぇ……えっと、それなら前世の名前とかあったり……?」
「前世?あぁ、この世界に来る前は死神をしていた。名前はタナトスだ」
オロオロしていたかと思えば、俺の死神名に心当たりがあったのか硬直して顔が青くなっていく。
随分と表情がコロコロ変わるな、テオは。面白い男だ。
硬直するついでに、どういう経緯で地上で人間をやっているかも説明をしたところ、
今度は大きなため息を吐いて頭を抱え込んでしまった。
「そ、そんな……死神の中でもタナトス様は筆頭に上げられる神格でしょう……?そんな御方を天界から蹴り飛ばすって……」
「主神ゼクシオンは、わりと軽いノリで突き落としたぞ」
「主神様ァアア……それでよく、主神様に復讐したいとか思わなかったんですね……」
「力で言えば、主神の方が圧倒的に強いからな。復讐を考えるだけ無駄だ。それよりも、地上で暴れてやる方がよっぽど復讐になりえる。死者が増えるから、天界と冥界が大混乱になっているだろうからなァ!ははっ!」
不遜な態度を見て安心したのか、テオは苦笑している。
その直後に、何か思いついたようでオドオドしながら俺に呼び名の提案をしてきた。
「あの、さすがにタナトスと呼ぶのは周囲から困惑されるでしょうから……その、ターナと呼んでもいいですか……?」
「ターナか……俺の愛称だな。別にそれで呼びやすいなら構わないぞ」
「ありがとうございます。これから、よろしくお願いしますね?ターナ」
「え、あぁ……よろしく、テオ」
ぎこちない会話をしながら、ひとまずは腹ごしらえだ。
常備されていた非常食を箱から取り出して、お互いに黙々と食べていく。
日が昇る頃には動きたいところだ。交代で寝ずの番をしながら、一夜を過ごしていった。
久しぶりの更新となります。なるべく早い段階で完結向けて執筆していく予定です。




