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病弱な悪役令嬢は失恋からの退場ルートを目指す  作者: 清水薬子


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3/3

俺様皇子の困惑

……どう考えても、あれはおかしかった。


 ロザリンデ・エーデル・レッドフロスト。

 白磁のような肌、銀糸の髪、紅玉の瞳。幼少より「人形姫」と呼ばれた少女。生まれつき体が弱く、性格は気位が高く、気に入らぬ者には容赦なく当たるはずの、俺の婚約者。

 そのロザリンデが、だ。


 今朝、俺の顔を見るなり、「アレきゅん♡」とか言い出したのだ。

 ……“きゅん”って何だ。どこかの国の尊称か?

 護衛たちも俺も硬直した。ロザリンデは満面の笑みで、まるで陽気な吟遊詩人のようなテンションだった。

 しかもその後、袖をまくりながら、

「愛しのアレきゅんに会えるならどんな風邪も一発で治しちゃうゾ⭐︎」

 だと?

 “ゾ⭐︎”って言ったぞ。語尾に。笑顔で。庶民みたいに。

 確かに手紙では「熱が高く、意識が朦朧としている」と言っていたが、まさかここまでとは思わなかった。


「……殿下、もしかするとロザリンデ様のあの振る舞いは、高熱による一時的な錯乱によるものでは?」


 帰り道の馬車の中、側近のヴァルドが控えめに分析する。

 俺は腕を組みながら、深く息を吐いた。


「……錯乱、か。ありうる話だな」


 そうであってくれ。でなければ、あの笑顔をどう説明すればいい。

 だが、思い返すたびに妙な違和感があった。

 あれは、錯乱していたというよりも演じていたように見えたのだ。

 まるで、俺を避けようとしているように。

 いや、考えすぎだろう。

 ロザリンデが俺を避ける? そんなこと、これまで一度だってなかった。

 いつも俺の後をつけ、気に入らない者を睨み、些細なことで怒る。それが彼女の“通常運転”だったのに。


「ヴァルド。ロザリンデの侍女に探りを入れろ。あの奇行、原因を突き止めたい」

「はっ」


 だが、その調査報告はさらに俺を混乱させることになる。


「……殿下。ロザリンデ様は、あれ以来────」

「以来?」

「毎朝、鏡に向かって“今日も私はアレきゅんLOVEの可愛いロザリンデちゃんです♡”と……唱えておられるようです」


 沈黙。

 いや、ちょっと待て。何だそれは。

 何の呪文だ。何の儀式だ。どの宗教の参拝方式なんだ。


「まさか……精神を病んだのか?」

「医師は“極度のストレスによる自己暗示ではないか”と」


 ストレスであのテンションになるのか? 俺の知っているストレス反応はもっとこう、涙とか、怒号とか、暴言とか……。


 そしてその日の午後。

 王城の庭園で開催された小さなお茶会に、ロザリンデが現れた。

 いつもの白ドレスに、なぜか胸元には大きな赤いリボン。

 しかも、開口一番がこれだ。


「おっはよ〜♡今日もみんなに会えてハッピー!」


 ────絶句。

 周囲の令嬢たちが凍りつくのが、遠目でも分かった。

 ……やっぱり、何かがおかしい。

 俺は頭を抱えながら、ため息を吐いた。

 だが同時に、ほんの少しだけ胸の奥がざわめいた。

 彼女は、確かに笑っていたのだ。

 作り物のような冷たい笑みではなく、頬を染めて、心から楽しそうに。


 ……ロザリンデ、お前はいったい何を考えている?

 初めての事だった。

 俺が“人形姫”の心を知りたいと思ったのは。

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