俺様皇子の困惑
……どう考えても、あれはおかしかった。
ロザリンデ・エーデル・レッドフロスト。
白磁のような肌、銀糸の髪、紅玉の瞳。幼少より「人形姫」と呼ばれた少女。生まれつき体が弱く、性格は気位が高く、気に入らぬ者には容赦なく当たるはずの、俺の婚約者。
そのロザリンデが、だ。
今朝、俺の顔を見るなり、「アレきゅん♡」とか言い出したのだ。
……“きゅん”って何だ。どこかの国の尊称か?
護衛たちも俺も硬直した。ロザリンデは満面の笑みで、まるで陽気な吟遊詩人のようなテンションだった。
しかもその後、袖をまくりながら、
「愛しのアレきゅんに会えるならどんな風邪も一発で治しちゃうゾ⭐︎」
だと?
“ゾ⭐︎”って言ったぞ。語尾に。笑顔で。庶民みたいに。
確かに手紙では「熱が高く、意識が朦朧としている」と言っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「……殿下、もしかするとロザリンデ様のあの振る舞いは、高熱による一時的な錯乱によるものでは?」
帰り道の馬車の中、側近のヴァルドが控えめに分析する。
俺は腕を組みながら、深く息を吐いた。
「……錯乱、か。ありうる話だな」
そうであってくれ。でなければ、あの笑顔をどう説明すればいい。
だが、思い返すたびに妙な違和感があった。
あれは、錯乱していたというよりも演じていたように見えたのだ。
まるで、俺を避けようとしているように。
いや、考えすぎだろう。
ロザリンデが俺を避ける? そんなこと、これまで一度だってなかった。
いつも俺の後をつけ、気に入らない者を睨み、些細なことで怒る。それが彼女の“通常運転”だったのに。
「ヴァルド。ロザリンデの侍女に探りを入れろ。あの奇行、原因を突き止めたい」
「はっ」
だが、その調査報告はさらに俺を混乱させることになる。
「……殿下。ロザリンデ様は、あれ以来────」
「以来?」
「毎朝、鏡に向かって“今日も私はアレきゅんLOVEの可愛いロザリンデちゃんです♡”と……唱えておられるようです」
沈黙。
いや、ちょっと待て。何だそれは。
何の呪文だ。何の儀式だ。どの宗教の参拝方式なんだ。
「まさか……精神を病んだのか?」
「医師は“極度のストレスによる自己暗示ではないか”と」
ストレスであのテンションになるのか? 俺の知っているストレス反応はもっとこう、涙とか、怒号とか、暴言とか……。
そしてその日の午後。
王城の庭園で開催された小さなお茶会に、ロザリンデが現れた。
いつもの白ドレスに、なぜか胸元には大きな赤いリボン。
しかも、開口一番がこれだ。
「おっはよ〜♡今日もみんなに会えてハッピー!」
────絶句。
周囲の令嬢たちが凍りつくのが、遠目でも分かった。
……やっぱり、何かがおかしい。
俺は頭を抱えながら、ため息を吐いた。
だが同時に、ほんの少しだけ胸の奥がざわめいた。
彼女は、確かに笑っていたのだ。
作り物のような冷たい笑みではなく、頬を染めて、心から楽しそうに。
……ロザリンデ、お前はいったい何を考えている?
初めての事だった。
俺が“人形姫”の心を知りたいと思ったのは。




