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真夏の雪  作者: つむぎ舞
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新任教師

 初出勤というものは居場所が無くてどこか落ち着かないものです。

 職員室での簡単な自己紹介を終え、二年二組の副担任を校長先生より申し渡されると、担任となる奥田先生を紹介されます。白い下ろしたてのスーツでそれなりに決めてきたつもりが、ややくたびれた服装の先生達の中では返って浮いてしまった様子。

 女性の先生方も何人かおられますが、学校という場所はお洒落とは無縁になるのか、ジャージ姿に上着を羽織ったラフな姿という方も少なくありません。

 他の先生方も私には特に興味がないみたいで、変に元気な新人が来たなという程度。文科省からの直々の推薦と私の分厚い職務経歴書を見た時の校長先生の驚きは大層なものでしたが、他の先生達にはその事は伏せてあります。

 渡り廊下を歩きながら二年二組担任の奥田先生はやれやれと言った表情。


「特別教員とか初めて聞く制度ですよ。それに不審者対策のモデル校に選ばれたとかで本日から三名の覆面警備員が事務職として校舎に入るとか。今年は一学期から何か慌ただしいですな」


「高校の教員というのは初めての経験です。ご指導の程よろしくお願い致します」

「まあ、最初は慣れないでしょうが、頑張ってみてください」


 教室の扉を不用心に開けようとする奥田先生の腕を引き戻し、「先生、黒板消しの罠に注意です」と私が告げると「いつの時代のいたずらですか」って笑われました。

 学校教師の勉強をと思い、昭和から今までの学園ドラマのDVDを三つほど見て来たのですが、この情報は間違っていたのでしょうか。それとも『わ〇ら青春』『ごく〇ん』『今〇から俺は』、このセレクトに問題があったという事なのか?

 生徒を救うための大乱闘とか「お前達は腐ったミカンだ!」なんて、けっこう胸熱でグッとくるシーンや台詞だったんですけどねえ。

 奥田先生が教室に入るとまず生徒の出欠を取ります。入口の扉そばで静かに立つ私を凝視している視線は高森由季子のもの。


「本日から約一年間、この二年二組の副担任を務めて頂く高森先生です。では高森先生、生徒達に自己紹介をお願いします」


 私は奥田先生に代わって教壇に立ち、まず大きく黒板に高森雪緒たかもりゆきおとチョークで自身の名前を書きます。どの学園ドラマでも大体こんな感じでやっていましたね。


「高森雪緒です。縁あってこの学校の教師をしばらくの間務めさせて頂きます。研究している専攻科目は『未確認生物学』。気付いている人もいるかもしれませんが、このクラスの高森由季子の姉になります」


 しんとしていた教室がにわかにざわつきます。

「では、私に何か皆さんから質問はありますか?」

 ここで腕白君が新任の女性教師が赤面してしまうようなエロい質問を投げかけて来るのが学園ドラマの定番ですよね。さあ、どんとこい。

 教室内は静かなまま、なんとまあお行儀の良い子達ばかりなんでしょうか。しかしこれでは会話が一向に膨らみませんね。出席名簿を開いて出席番号一番の胡本えびすもと君を指名します。

「では先生、未確認生物学って何ですか?」

 私は黒板に大きく『UMA』と書きます。


「この造語は日本では未確認生物という意味で使われています。私はこういった未知の生物の調査研究を専門に行っています。数年前にようやく日本国内での研究調査に区切りが付きましたので、今は毎年海外に出掛けての調査を行ったりしていますね。つい先月まではヒマラヤ山中で雪男を捜していましたし、私の同僚の一人はヨーロッパのジョージアって国で狼男を調査しています」


 私のこの発言で教室内は大爆笑。雪男とか狼男っていうのがウケたみたいですね。まだツボに嵌まって大笑いしている生徒もいます。

 一人の生徒が手を挙げて発言します。

「雪男って実在しないって証明されたとネットで見たけどな。遺物とされていた物証が違う生物のものだって科学的に解明されたって」

 本田君ですか、いいですね。積極的にものを言う子は先生好きですよ。


「人類が未だに解明できていない物事はこの地球上に多数存在します。雪男もその存在を証明するとされた物証が偽物と分かっただけで、それは実在の有無を証明する事にはなりません。雪男が発見されないのは次代に血を受け継げずに過去に滅んだからかもしれませんし、その痕跡は雪山の下深くに埋もれいつか発見されるのを待っているとも考えられませんか」


「なるほど。それを先生が見つければ世紀の大発見となるわけか」

「正にその通りです。夢のある話でしょう。ちなみに本田君、雪女の存在って信じる?」

「雪女? あれは単なるお伽噺でしょう。それならまだ僕は雪男の存在を信じるな」

 あらら、そうですか。何かちょっと残念です。ああ、高森由季子が物凄い形相で私を睨んでいます。

「高森先生、時間が来ましたのでその辺で」

「私は生物の授業を担当する事になります。ではその時にでも続きを、以上です」


 一限目の開始が近づき先生達の移動が始まる中、職員室への帰り道を歩きます。

「高森先生は変わった研究をされているんですね」

「奥田先生は古文でしたっけ、私は古文や漢文も得意ですよ」

「へえ、お若いのに。それで出身はどこの大学なんですか?」

「いくつかの大学や専門学校を渡り歩きましたから特定の大学という訳ではありませんが、東京のT大って言えば分かりやすいですかね?」

「T大ですか、それなら三年生を任されてもおかしく無い筈なのに」

 奥田先生、それって出身大学のランクで先生にも差が付くって事ですか?

「二年生は私が希望したんですよ」


 さて、私が常駐する教室は第一校舎の理科棟と呼ばれる部分。一階から化学室、二階が生物室、三階が物理教室。この二階の生物室隣にある生物準備室。

 白髪に大きな四角い顔の中村先生と私、そして赴任二年目の若い高橋先生が私の身近な同僚です。

 一限目修了のチャイムと同時に生物準備室へと駆け込む足音。腕をぐいっと掴まれて生物室へと連れ出されます。まあ、予想通りの反応です。

「ちょっと、お婆…」

「お姉ちゃんと言いなさい」

「おっ…お姉ちゃん。何でこんな所にいるんですか。それもいきなりクラスの副担任なんて、私何も聞いてないよ」

「ふふん、どうだい。驚いただろう」


「驚いただろう、じゃないよ。クラスでは皆から質問攻めにされるし変人先生が来たってその話題でもちきりだよ。『UMA』から『ゆま先生』なんてあだ名も付いたんだからね」


「へえ、もうあだ名が付いたんだ。人気者の証しってやつだ」

 もうって、高森由季子は膨れています。

「詳しい話は家に帰ってお父さん達を交えて説明するから。あなたは学生生活を謳歌していなさい。それから生物部の副顧問にもなったからよろしくね」


 二限目のチャイムが鳴り由季子が慌てて生物室を出て行くのを呼び止めました。

「由季子、お姉ちゃんだからね」

 やる気の無い長い返事だけを残して足音だけが遠ざかっていきます。


          *          *


 大変な事が起きたんです。

 あの人がこの学校にやって来たんです。しかも先生として。

 私の姉を名乗るあの人、なんと説明すればよいのか。

 お昼休みにも私達のグループではその話題でもちきり。

「若くて綺麗な先生よね。高森さんあんなお姉さんがいたんだ」

 ああ、ごめんなさい大福さん。姉じゃなくて何て言っても本当の事を説明する訳にもいかないし、説明した所できっと信じてはもらえないだろうし。

「雪男を追いかけるなんてロマンよねえ。私は憧れるなあ」

 オカルト系大好きな元宗さんはゆま先生にすっごく感化されています。相見さんも今日はゆま先生の話題で私にぐいぐい質問してきます。

 でも私は決めたのです。とにかく言葉を濁してこの件は何とかやりすごそうって。


 今日の下校はゆま先生と一緒。

 見知らぬ男の人達が運転する黒い車に乗せられての帰宅、既にお父さんとお母さんが母屋の方で私達を待っていました。

 それに加えて見た事も無い人達。姿の見えない妹は近所で友達になった中学生の女の子の家でTVゲームに夢中なのかな。

「じゃあ皆集まったので、今日の事を説明してあげてくれるかな」

 ゆま先生に促されて軍服らしき制服を着た人が最初に口を開きました。


「明治三十五年の和平協定以降我々は『人外』との共存の道を選び、雪緒さん方の尽力のおかげで国内に住む『人外』調査はほぼ終了し、彼等を監視下に置くと共にその保護をする事ができたのですが、数ヶ月前にその情報の一部が外部に漏れたようなのです。そう由季子さんの資料です」


「だから私はITだか何だか知らないけれど、重要機密のデータ化は危険だって忠告したんだよ。古風と言われようとファイルのままで保管しておけば遠隔操作なんて方法でのハッキングは避けられたんだから。警察と自衛隊の内部調査が終わるまでしばらく原本は私が預かるよ。しっかし予算ケチってスパイチップの仕込まれた某国製の基盤で機密情報を管理するコンピューターを組んでたなんて、全く笑えない冗談だよ」


「お婆ちゃん、どういうこと。それって私に関係ある事なの?」

「お姉ちゃん、はもういいか。由季子の体はまだ変化の過程だけれど、お前もそろそろ自分の体の事は気付いているだろう。だから保護監視対象人物として名が挙がっていたのさ」


「今回狙われたのは『人外』の中でも人と交わり次世代へと種を繋ぐ者達のデータでした。ですが現在、その中にあったのは変質前の混血状態にある由季子さん唯一人のものだけでした」


「もう何百年もの間その血が現われる者は一族から出なかったのに、よりによって由季子の代でそれが現われるとはなあ」

「お父さん、その話はもうしないって決めてたでしょ」

「お母さんごめん。そうだったな」

「ねえ、私達また引っ越さないといけないの?」

「今回の尾道への引っ越しが危険回避の為のものなんだよ。だから次の予定は無いよ由季子」


「今、我々警察が内郭調査室と組んで情報の流出先にその関与者を全力で捜査しています。少し手間取っているのは政界の大物がこれに関与している可能性があり、慎重にならざるを得ないからです。ですが、尾道のような小さな町であれば大きな動きがあれば目立ちますから、今はこのままここに留まるのが安全だと我々は判断しています」


 話し終えた二人の男の人のうち、緑の服の人が自衛隊、横の黒服のおじさんが警察関係の人みたいですね。

「由季子さんの通う高校には専属のSP三名、そして学校周辺に監視員数名を配置して不審者を見張り、地元警察とも連携して尾道市内での不穏な動きに目を光らせています」

「そしてこの姉である私が、由季子を直接警護する為に戻って来たという訳さ。何も起らなければそれでよし。念の為というやつさね」


「本来ならば警護対象に人員をぴったりと張り付けるか。万全を期して事件解決までご家族全員を安全な場所に移して保護したいのですが、それは協定内容に違反しますので、皆さんは普段通りに生活されて頂ければ結構です。後の事は我々に全てお任せ下さい」


 警察の人が語る『協定』なるものがどういう内容なのかは私は知りません。

 でもお婆ちゃんが私の体に変化が起った事を知って話してくれた事があります。

「何百年と生きる中で親しい人達との別れが最も辛かったのだと。だから毎日の営みを大切に過ごして、心と記憶に楽しい思い出を一杯刻み込んでおくのだと」

 きっと人の都合で『人外』と呼ばれる者達のそんな大事な時間を邪魔するなというものなのかも知れませんね。


「『人外』との戦いで日本国を守ってきた人間共が、外国とつるんで国を売るようになっちゃ本末転倒だろうよ。ご先祖様が泣くってもんだよ全く。政界の大物かなんか知らないけれど、日本政府の腐敗は目に見えて進んでるよ。手に負えなきゃさっさと私達に任せなよ。こんな状態、長くは続けられないんだからさ」


「最悪の事態にならぬように、我々も全力を尽くしますので」


 何かお婆ちゃんに対して皆すごく恐縮している感じです。お婆ちゃん影の実力者って感じですよね。

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