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真夏の雪  作者: つむぎ舞
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あいつのこと

 翌日の朝、登校してすぐに昨日の感動と興奮を元宗さん、大福さん、相見さんの三人に伝えようと思っていたのですが出来ません。

 なぜならすぐ側に藤村君の席があるからです。彼の席は二列ほど向こう側なのですが、狭い教室の中です。私達の会話が彼の耳にでも入ったら、私が『運命の人』とかいってはしゃいでる姿を見られたらあまりにも恥ずかしすぎる。なのでここはグッと我慢に我慢を重ねて藤村君の姿が教室から消えたお昼休みにお弁当を食べながら三人に報告です。


「こっちに引っ越してきて最初に出会った男の子が藤村君で、クラスも一緒でクラブも一緒なんだよ。これは絶対運命とかなんとかいうやつだと思うんです。そうですよね」


「なるほどね。高森さんの言いたいことは理解した」


 浮かれたように話す私に元宗さんはとても冷静です。

 いつものことなんですが、私にとって彼女は姉貴分みたいな頼れる感じの人。そして大福さんは普通にしていると目が開いているのか分からないぐらい表情がありません。でも笑うと白い歯を見せてにっこりといい笑顔、彼女が一番可愛く見える瞬間です。

 相見さんは私に似て少しおっとりした感じですが、普段の会話は私達の中で一番常識的な事を話します。

 大福さんも相見さんも私の話に全く食いつく様には見えません。

 噂好きのこの学校の女子はこの手の話が好物だと思っていましたが、私の勘違いだったのでしょうか。


「あのね。高森理論だとさ、藤村と一緒のクラスになるって事も一つの奇跡ってことになるよね。一年生二年生とも彼と一緒のクラスの大福さんも奇跡の人、そして中学生の時にクラスもクラブも一緒だった相見さんは高森さんよりもずっと藤村にとって運命的な人になるって訳だね」


「えっ?」

「つまり、藤村と高森さん程度の出会いをしている人っていうのはそこらに一杯いるって事だよ。そして奇跡の出会いの私達先輩から後輩の高森さんには一つだけ忠告。あいつを恋愛対象にするのはちょっと止めた方がいいかな」


 好きとか嫌いとかいう感情に先駆けて、奇跡的な運命の出会いなんて舞い上がっていた私の感情はたった一夜にして見事に打ち砕かれてしまいました。

 ちょっと私、小説や漫画に感化されすぎていたみたいです。でも藤村君を恋愛対象と考えるなっていう意味はよくわかりません。元宗さんのその答えは単純にして意味深。


「あいつがそれを望んでないみたいだから」

 だそうです。それに大福さんも相見さんも口を揃えて頷くのです。全く意味不明なんですけれど。

「ああ、やばいな。皆、ちょっと声のトーン落として。他の女子が聞き耳立ててるから」

 周囲を見渡し元宗さんがそう言います。


 元宗さんがそう言った意味はすぐに分かりました。

 お昼休憩終わりの掃除時間、作業している私にクラスの女子がすれ違いざまにドンと体をぶつけてきたり、誰かに背中をいきなり押されたり、話しかけてもプイと無視されたりするんです。

 それに私の姿が見える場所でわざと聞こえる様なヒソヒソ話も。

「あの子でしょ、生物室で藤村とイチャついてた子って」

「馬鹿に話しかけるなって教えた方がいいんじゃない」

 なんて聞こえて来ます。どうやら藤村君に好意を持ったり過度に近づく女子はそういった制裁を受けるようですね。これがいじめというやつなのでしょうか。

 でも藤村君から女子だけを遠ざけようとするのは、彼女達も何だかんだ言って藤村君を気にかけているってことなんじゃないのかな?


 当の藤村君はどこからともなく戻って来ていて五限目の授業も涼しい顔で受けています。私がこんな目にあっているのはあいつのせい。違うけれどあいつのせいなのです。

 放課後、藤村君に何か言ってやろうと部室の方へとすぐに足を運びましたが、日吉副部長と南君の二人がいただけででした。藤村の野郎は何処行った?


「藤村は火曜日と木曜日は直帰だからな、塾でもあるんじゃないかな」


 彼等はそう教えてくれます。ああそうか、少林寺拳法の道場の日だ。でもきっと彼は道場に行く前にいつものあの場所、歩道橋の上に行っているはず。

 今日は色々あって私は自分がすごく感情的になっているのが分かります。気付くともう帰りのバスに乗り込んでいました。

 迂闊でした。

 藤村君は徒歩通学、私の乗ったバスは悠然と彼を追い抜いていきます。目で彼の姿を追いました。そして私は目撃してしまったのです。

 赤い自転車に乗った長い髪の女の子が彼の後ろからすっと近づき止まるのを。制服は同じ高校のもの。親しく並んで話しながら帰る二人の姿がどんどん遠くなっていきます。

 その日、私はあの歩道橋へは行けませんでした。



 夜にお昼仲間の三人にメールでその事を報告。

「藤村君には付き合ってる彼女がいるのを見てしまいました」って送ったけれど、元宗さんは既読スルーで大福さんと相見さんは返信してくれたけれど「??」マークと全然信じてくれませんでした。

 だから翌日、登校してきた元宗さんを教室で捕まえてすぐにその事を声に出して話した途端に彼女の顔が恐いぐらいに変わりました。

 私はすぐに元宗さんに腕を引かれて教室から連れ出され、文化部部室棟まで引き出されてしまいます。


「あんた馬鹿なの。そんな事を絶対に教室で口にしちゃダメ」


 彼女は凄くご立腹です。そして私が教室で口を滑らせた事でその藤村君の噂話は三日もしないうちに学年中を駆け巡るだろうって教えてくれます。


「高森さん。あんたさ、藤村の名前使って注目を浴びたいの。クラスの人気者にでもなりたいの?」

「そんなつもりは全然…」

「いい、今日から教室内で藤村の話題は禁句だから。その話がしたい時はメールか放課後に物理研究部の部室においで。わかった?」

「はい、わかりました」

 すっごい怒られました。はあ、朝から気分はブルーです。


 でも元宗さんが指摘した通り、その噂はあっという間にクラスの中だけで無く学年中の女子達の間を駆け巡り、まるで昨日の事が嘘のようにクラスの女子達にぶつかられたり押されたり無視されたりという行為は消え、その代わりに私に声を掛けてくる子が増えたのです。激増といってもいいでしょう。


 それは互いの自己紹介程度のやりとりなんですが、その後に必ず「藤村君の話を教えて」と来るのです。他のクラスの子からもそういうのがあって、中にはいきなり連絡先交換を申し込んで来る人まで。

 丁重にお断りしましたが、でもそれだけ藤村君の話題に興味がある女子が多いという事。つまりまだ誰も知らない藤村情報を口に出来れば周囲の女子達から一気に自分が注目され話題の中心人物になれるという事です。

 藤村君の本人の全く知らないところで嘘やいい加減な噂を創りだしてそうなる事だって出来るのではと考えてしまうと恐くなって来ます。


 それに私、その質問に何も答えられないのです。

 だって藤村君の横にいた女の子が誰で本当に付き合っているのかどうかも知らないからです。私はその事にやっと気付いたのです。何て迂闊な事を口にしてしまったんだろうって。


 放課後、文化部部室棟の生物部の二つ隣の物理研究部の部室にてお昼三人組との密会を開催。

「え~、高森さんも転校して来てから約二週間。藤村良介についての周囲の反応は良く理解出来たと思います」

「はい」


「では、本日付をもって藤村君が付き合っているのでは無いかという女の子、そして彼が授業中に『わかりません』なんてわざとやって皆に平然と笑われている理由とか、そういった謎の部分を解明する調査隊員にあなたを任命致します」


 元宗さんの号令一下、頑張りたまえと三人に敬礼で見送られて私は部室を後にします。今日は生物部の部室には藤村、日吉、南の三人も揃っているようです。

 意を決して生物部の部室の扉を開け、おじゃましますよと中に突入。席を空けて貰って三人の会話の中に割って入り、いきなりのド直球で藤村君に質問をぶつけました。


「藤村君、昨日女の子と一緒に並んで帰ってたでしょう。あれは誰ですか?」

「おいおい高森さん。入って来るなりいきなりそんな質問かよ。確かに今日はクラスで何やら変な噂話が聞こえてくるなとは思っていたんだよ」

「何、藤村が女子と帰っていただと。抜け駆けか?」


 私の質問に南君ががっつり食いついてきて藤村君への追求側に回ります。日吉副部長は興味なさげにオカルト雑誌を無表情で購読中。

 藤村君はやれやれって表情で床を指差します。それはどうやら階下の別のクラブを指差している様で、それで南君は全てを察したのか「なんだ、つまらん」と手に持つ魚の図鑑に視線を戻します。

 

「高森さん、昨日の彼女は一階の演劇部に所属する後輩で内藤さん。彼女の意中の先輩と俺が親しく話していたのを見かけたらしく、彼の情報が欲しいとここ数日放課後に俺の後をつけ回して来るんだよ。五月の連休にみなと祭りに誘ってもとか、告白してもとか相談されても俺、何も答えられないんだけどね」


 あああ、やっぱり私の早とちりの勘違いでした。

「ごめんなさい。私のせいで藤村君がその子と付き合ってるなんて噂が流れてしまいました」

「なるほどね。噂の元凶は高森さんだったか」

 藤村君が溜息をつきながら立ち上がり私の頭に拳骨を一つ。結構痛いです。


「いいかげんな噂話は本人を傷つけるだけで無く、それに関わった人も巻き込んで嫌な思いをさせます。本来、噂を広めた張本人はその過ちを一つ一つ訂正するまで許されはしないのですが、高森さんも今回の件では懲りたみたいですね。

 知らぬ顔して逃げずに正直に俺に告げてくれたので、今回の件は拳骨一発で反省完了としておきましょう。赦す。

 知人と後輩の子には俺からフォローを入れておくから、もうこの件はこれで終わりにしておこうか」


「はい、十分に反省致します。それでですね。もう一つ藤村君に質問があるのですが、いいですか?」

「もう一つって、まあいいけれど」


 申し訳なさそうに次の質問を試みる私に日吉副部長が声を上げます。

「高森部員、部室の中で遠慮は不要です。何でも聞いて下さい」


 ありがとうございます副部長。では思い切ってもう一つ。


「藤村君は授業中に先生の質問に全部わざと『わかりません』って答えて毎度立たされて、クラスの皆にも笑われて平気なの? どうしてそんな事をしているんですか?」

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