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真夏の雪  作者: つむぎ舞
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生物部

 転校してから一週間、なんとなく分かって来ました。

「学校で俺に話しかけるなよ」って言う藤村君の言葉の意味です。原因は彼の授業中のある行動。

 授業中に先生がクラスの生徒一人一人を順番に当てて質問をすることがあるのですが、藤村君はどの先生でもどの授業でも自分が当てられると「わかりません」と答えるのです。

 教室で立たされたままになる事もしばしば、ある時など何度当てても藤村君が「わかりません」を連発するので、先生も呆れて黒板に書かれている日付を指差しながら「今日は何月何日だ」なんて意地悪に聞いても「わかりません」と続くのです。

 その都度教室は大爆笑、全員ではないけれど大半のクラスメイトはそんな彼を笑うのです。当然そんなことをしていれば「あいつは馬鹿」って囁かれます。そして彼と親しくすると「馬鹿が染る」「馬鹿の仲間になる」なんて風評も我がクラスを跳び越えて他クラスにも波及しているみたいなのです。

 だから彼は私に忠告したんです。学校では俺と話すなよって。


 藤村君がわざとそんな事をしているのは何故なんでしょう?

 藤村君の風評は主に学年の女子達の間に広まっている様ですが、クラスの中をよく観察してみると彼の陰口を毎日の様にネチネチと触れ回っているのはどうやら数人の男子グループ。彼等がマッチポンプみたいに音頭をとって藤村君の行う「わかりません」を過度に笑って煽っている様ですね。

 でもその男子グループは藤村君に面と向かってそういう事は言わず、女子達が藤村君の悪評をヒソヒソと話すのをニヤニヤしながら聞いているのです。

 まあ、藤村君が普段からその男子達に「俺を怒らせたら恐いぞ」って威圧感を出しているせいもあるんですけれど、クラスの女子達に言わせれば、見た目格好いい藤村君が馬鹿でがっかり、その藤村君に萎縮して陰口を囁くしか出来ないその男子達にもう一度がっかりって感じみたいです。


 藤村君が嫌われているって訳でもないんですよね。彼の周囲にはいつも誰かしらが集まって来ていますし、どちらかというと藤村君の方が一線を引いて人を遠ざけているようにも見えます。

 お昼仲間の三人にその事を聞くとすぐに「好きなの?」とか聞かれます。

 前の学校は生徒の人数も少なくて皆が友達って感じだったので恋愛話みたいな会話そのものがありませんでした。だから町の学校は違うなって思いました。

 でも彼に興味を持ったというのは確かです。この学校の男子の友達はまだ彼だけですから。


 放課後、私もそろそろクラブ活動をと考え、生物の中村先生の元へ行き生物部への入部を希望しました。動機は単純、生物室で飼われている一匹のハムスターを管理しているのが生物部だったからです。

 手渡された用紙に名前を書くだけで入部の手続きは終了、「あとは生物部員達に聞け」と言われて白衣を一着手渡されました。

 白衣ですよ。ちょっと私興奮しています。研究員って感じじゃないですか。窓にうっすらと映る自分の姿にポーズなんかとったりして。

 他の生物部員の誰かが来るまでの間、飼育カゴの中でヒマワリの種を頬張るハムスターの微笑ましい姿をニヤけながら見ています。超可愛いのです。

 向かいの校舎四階の音楽室から器楽部の練習が聞こえて来ます。その練習の音が消えて下校時間を知らせる音楽が鳴っても誰も生物室に現われません。

 諦めて私も帰ろうとした時、慌ただしく生物室の扉が開きました。

 入って来た男子は白衣を着た私の姿にちょと驚いた様子で「新入部員の人ですか?」と尋ねてきます。私が頷くとへえって感じ、だけ。それだけですか?

 彼は生物室奥の水槽の魚に餌を与えていそいそと出て行きます。何かテレビアニメの放送時間が迫っているんだとか。

「ああ、俺。二年四組の南良彦みなみよしひこ、よろしくね」

 私の名前も聞かずに一人名乗って彼は足早に去って行きました。

 これが私のクラブ活動初日、その日は日が暮れてからの帰宅。母と妹はテレビの前に並んでアニメに夢中、南君もこれを見ているのかな?

「由季子、遅かったわね」

「今日からクラブに入ったから」

 何のクラブって聞かれたので生物部って答えると。運動部だとお金が掛かるから助かるってお母さんに言われちゃいました。


 翌日、改めて気合いを入れ直しました。

 今日の目標は我が生物部をもっとよく知るです。

 まずは生物部の部長さんにご挨拶をせねばと想い顧問の中村先生を捜しましたが本日は残念ながら出張で外出中、お昼休憩に既に生物部員の判明している南君を訪ねて一階上の二年四組の教室へと足を運びます。

 教室の入口で近くの生徒に南君を呼んでくださいと告げると早くも教室内から冷やかしの声が巻き起こります。この学校では教室で男子と女子が友達同士で話す姿がどこにもなく、互いに距離を置くように接しているのはすぐに「つきあってる」とかいう噂が学年中を駆け巡ってしまうからみたい。

 何という悪習でしょうか。そういうの雰囲気悪いと思います。


「高森さん。放課後に文化部の部室棟に来れば他の部員達もいるから」


 南君は私にそれだけ告げて、冷やかしの元凶達の元へこらって感じで向かって行きます。どうやら私の本番は放課後へと持ち越しですね。

 そうこうしている間に放課後はやって来ます。さっそうと白衣に身を包み生物室の飼育カゴの中でスヤスヤと居眠りしているハムスターに一礼。超可愛いその姿をずっと眺めていたい想いを振り切って、いざ文化部部室棟へ。

 十二部屋あるクリーム色のプレハブ造りの建物の二階、右から三番目の部屋に生物部の表示を発見。いざ突入です。

「失礼致します。新入部員の高森由季子です」

 長椅子に座る二人の男子のうちの一人は小柄な眼鏡の初見の人、でももう一人はあの藤村良介君です。二人とも私を見ながら目をぱちくりさせて驚いています。でも私の方もきっと同じ顔をしているはず。


「生物部部長の藤村良介、改めてよろしく」

「副部長の日吉孝二ひよしこうじです」


 ああ神様、こんな偶然ってありますか。特定の男女が地球上で出会う確率っていうのを奇跡だと言う人がいます。私もそれを信じてみようって日が訪れてしまった様です。

 これだけの偶然が重なるのはきっと運命、そう運命の出会いってやつですよね。

 頭の中でそんな妄想が膨らみ、私がまともに藤村君の顔を見ることが出来なくなってるのにも気付かず、目の前の二人は何やら会話を続けています。


「昨年十一月の『べっちゃー祭り』は失敗だったよな。鬼の人数を把握しきれなかったから、人に紛れているはずの本物の鬼を発見できなかった」

「南と僕と藤村君の三人だけじゃ範囲をカバーしきれなかったからね。そもそも計画に無理があったんじゃないかな」

「むう、じゃあその件は課題としておいて、ゴールデンウィークの『みなと祭り』の予定を立てておこうか」

「そうですね。では千光寺の『龍神』と済法寺の『ゲンコツ和尚』あたりでしょうかね」


 ん、この人達一体何を言っているのかな?

 本物の鬼を捜すとか龍神様やゲンコツ和尚がなんとかって、何でしょう。

「あの、一体何を二人で話し合っているのでしょうか?」

 そんな私の質問に眼鏡をくいっと直しながら日吉副部長が答えてくれます。


「ふふん、よくぞ聞いてくれました高森部員。この生物部は実は仮の姿、我々は尾道の謎を解き明かす『都市伝説調査隊』なのですよ」

「都市伝説ちょうさ…?」

「活動開始は昨年末からでしたが、残念ながら『べっちゃー祭り』ではそれを暴くことが出来ませんでした」

 

 どうやら二人は、いえ、ここに居ない南君を含む三人は『都市伝説調査隊』を自称して昨年末の十一月に開催された『べっちゃー祭り』の謎に挑んだのだそう。

 お祭りは『べた』『しょうき』『そば』という鬼や天狗の様な面を着けた氏子たちと獅子が神輿と共に街中を練り歩いて子供をみつけると追い回し、手にした『ささら』や『祝棒』で頭を叩いたり突いたりするのです。『ささら』で叩かれると頭が良くなり、『祝棒』で突かれると子宝に恵まれたり、一年間の無病息災が約束されると言われています。

 この氏子達に交じって本物の鬼が紛れ込んで人混みの中で暴れているっていうのが彼等の唱える説で、それを見つけ出すために三人は沢山いる氏子達を祭りの間中追い回してその人数を数えていたのだとか。


「ごめんね高森さん。日吉はそんな事言っているけれど『都市伝説調査隊』はあくまで俺達の趣味の部外活動、生物部とは特に関係がないんだ。だからまあ、安心してくれていい」


「はあ、そうですか。それで私は部員としてまず何をしたらいいですか?」

「そうだね。水槽の魚は南が担当しているから、ハムスターの飼育担当でもやってみる? 高森さん」

「やるやる、やります。やりたいです藤村部長」

「ぐいぐい来るね。でもハムスター飼育は結構大変なんだよ」

「可愛いいは最強ですから」

「そっか、そういう訳だから日吉、そっちの方は日程の調整をしておいてくれ。俺はこれから高森さんにハムスター飼育の説明をしてくるよ」

「了解しました」


 私と同じ白衣を纏って生物室へと向かう藤村部長の後ろに私はついて行きます。歩道橋の上で話すときは何とも無かったのですが、今は妙に彼を意識してしまっているせいか、二人っきりでの生物室は胸のドキドキが止まりません。


「餌はここ、それと巣の替えの新聞紙はここね。ハムスターは見た目の可愛さとは裏腹に結構気性の荒い生き物だから、迂闊に顔の前なんかに指を置いたりするとがぶって咬まれるから注意ね」


「気性が荒い? そんな風には見えませんけれども」


「ハムスターを一匹しか飼っていないのにも理由があるんだよ。ハムスターは縄張り意識がとても強くてね。複数匹を一緒の飼育カゴの中で飼うと喧嘩が始まる。冬の冬眠時期だと眠っている仲間を食い殺す事だってあるんだ。まさにその気性は荒ぶるもののふの如きってやつさ」


「もののふ、ですか」


 その後藤村君は飼育カゴに敷いた汚れた新聞紙の交換方法を丁寧に私に教えてくれます。ピンと張った様に綺麗に新聞を敷くのでは無く、ちょっと破いてふわっとした場所をいくつか作っておく方がハムスターが落ち着くらしいのです。

 彼の事を意識しながらも二人で仲良く話をしていると、ふと向かいの校舎からの視線が気になりました。四階の音楽室の窓から器楽部の部員らしき女子三人が私達の方をじっと見下ろしているのです。

 何か凄く恐い目で睨まれている様な…、そして私が彼女達の方に目を向けると三人ともすぐに姿を消してしまいました。


 運命、運命、運命。まさに小説や漫画のようなシチュエーション。

 藤村村君とはまだ友達と部長で部員って関係だけだれど、運命で結ばれているならこれからどんどん関係も発展していって、きゃあああああ。

 なんて、その日の夜は一人ベッドの上でニヤニヤしながら妄想状態に陥り、この感動をすぐに誰かに伝えねばならない衝動に駆られます。

 お昼休みのお仲間三人組に早速メールをとも思いスマホを手にしましたが、この感動はやはり口頭で伝えるべきであると思いとどまり、私はその日は遅い眠りにつきました。

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