住吉花火祭りの夜
七月二十三日から学校は夏休みに入りました。
生物部部員達も家族での田舎への帰省予定もあり、クラブ活動はお盆過ぎまで休止。ハムスターは藤村部長が自宅に持ち帰って世話をし、南君だけが生物教室の水槽の魚に餌を与えに来るぐらいです。
そして七月二十八日、『住吉花火祭り』の日が訪れます。
この日、私は祭りの会場となる市街地へは出ずに自宅で待機。実は海上で打ち上がる花火の多くが、内地にある私の家の庭からでも見る事が出来るの様なのです。
「遠いから少し花火が小さくて迫力には欠けるけれど綺麗だよ」って近所の中学生の子に教えて貰いました。そんな訳で今日は、お婆ちゃんことゆま先生を含めた家族ぐるみでお家から花火見物です。
お父さんは今日は朝から庭でバーベキューだなんて大はしゃぎ、買い溜めてずっと使いもしなかったアウトドアグッズにキャンプセットを大量に持ち出して妹の有喜乃と二人で準備に大忙し、お母さんと私も大量の食材を松岡のスーパーまで行って買い出しです。
お昼頃になるとゆま先生の乗った車が我が家に到着、元宗さんと大福さんの二人も便乗です。彼女達も「楽しそう」って事で今日は花火パーティーの後は我が家にお泊まりの予定。その他の参加は木崎さんに水原さんの二人、この二人はゆま先生のお友達って彼女達二人には紹介しています。
私とお母さんの二人の買い出し量では食材が心許ないと、お婆ちゃんの車に乗ってお母さんは更に奥地の三成地区にある大型スーパーまで買い出しに行く事になりました。
木崎さんと水原さんの二人は家の周囲を散策するみたい。大量の缶ジュースを紙袋に詰めていたので自衛隊の人達への差し入れかな?
残った私と元宗さんと大福さんの三人で、食材のカットとか串に刺す作業を開始。山に面する我が家では夜にライトを照らすと大量の虫が襲来するので日の高いうちからバーベキューは開始し、それで昼食と夕食を兼ねるみたいです。
『尾道港まつり』の時と同じく朝から「今日は花火だよ」って知らせているのか、空には空砲がドンドンと打ち上がって弾ける音が市街地方面から聞こえて来ます。
お昼の三時頃からバーベキューは始まり、物凄い煙を上げて食材に火が通り始めると、それぞれ飲み物を手にした皆が集まり、お婆ちゃんの「乾杯」の音頭でグイッとひと飲み。
たっぷりとお腹を空かせた私達女子高校生組の食欲は無尽蔵。あれよあれよという間に焼き上がった食材達が姿を消していきます。
お肉や野菜に海鮮と種類は豊富だったのですが、ちょっと全員が引き気味だったのが『シャコ』と呼ばれる尻尾が馬鹿でっかいエビの様な見た目をした生物。
茹でたてで出て来たその薄紫がかった身を元宗さんと大福さんの二人は「美味しい」ってかぶりついていたけれど、私を含め木崎さんと水原さんの三人は最後までなかなか手が出せなくて、勇気を振り絞って一口だけ頂くと、これが「まあっ」て感じであっさりとした美味しい味わいだったのです。
ええ、食べましたとも。食い尽くしてやりました。
日が暮れる頃にはお腹も膨らみ、ビールにチューハイ、ハイボールと飲み散らかしたお父さんと木崎さん、水原さんの三人は出来上がって母屋の中でお休み中、お母さんは奥で一人お皿の後片付けに奮闘中です。
私達女子高校生組と妹の有喜乃は離れの部屋にて浴衣に着替え中。有喜乃はお婆ちゃんに手伝って貰いながら、皆で黄色い声を上げて大騒ぎ。
最後は全員、お婆ちゃんに仕上げて貰っていざ出陣。
この浴衣姿を見てくれる人は他にはいないけれど、お披露目会と撮影会の開始です。ついでに私は母屋で潰れているお父さん達のだらしない姿もしっかりスマホに撮影しておきました。
そうこうしている内に、夜空に最初の一発目の花火が打ち上がりました。『住吉花火祭り』の始まりです。
小さい花火、大きな花火が空で重なるように次々に弾けてとても綺麗です。
母屋の縁側に一列に腰掛けて並び、「わあ」なんて声を上げながらしばしその雅な風景を眺めます。
お婆ちゃんが突然立ち上がって一人庭の真ん中へ、扇を持ち華麗な舞をその場の皆に披露。彼女の後ろで弾ける花火を背に受ける美しい姿に私達は言葉を失いました。
有喜乃がふざけてお婆ちゃんの横に並び、見よう見まねで舞い始めると笑い声も、最後は拍手でお婆ちゃんを称えて一区切り。お母さんが切った西瓜とジュースを縁側に運んで来ます。
お父さんと木崎さん、水原さんの三人もお目覚めで、皆で縁側に並んで夏の風情を楽しんでいました。
私の携帯電話に短い着信音。日吉副部長からのメールでした。
タイトルは『花火デートなう』。
送られて来た画像データは日吉副部長と一橋姫子ちゃんのツーショット写真。今日は二人とも花火デートでしたね。
元宗さんと大福さんの二人にそれを見せると大はしゃぎ。元宗さんは自分の携帯電話から日吉副部長に「それは誰?」なんてメールを送ったりしています。
でも元宗さんと大福さんの二人とも、静かになって私をじっと見つめます。
「私は大丈夫ですから」
そうなんです。今日は藤村君もあの子と花火祭りに、それは考えないようにしていたんだけれどな。
今度は私と元宗さんの携帯の両方に同時に短い着信音が、日吉部長からのメールでタイトルは『花火デート藤村編』。
二人で同時に開いた画像、そこには藤村君の横で微笑む浴衣姿のあの子がいます。
彼女の存在を私から聞いて知った元宗さんと大福さんの二人は「へえ」って感じで画像を見つめて、それを見ながら固まっている私の両脇に腰掛けます。
そして二人して私の耳元でひそひそ話。
「これはとても手強い相手ですな大福殿」
「私達じゃとても太刀打ち出来そうにありませんな元宗殿」
「我が姫君なれば、もしかすると一発逆転も」
「うむうむ、もう少し磨き上げればいけそうな感じですな。ふふふふふ」
なんて二人とも私の背中に手を回しながら言います。きっと彼女達、今とても悪い顔をしているはずです。お願いです。もうその事には触れないで。
* *
由季子の部屋の明かりはまだ点いています。時折聞こえる黄色い声、お友達二人との会話はまだ尽きない様ですね。
由季子の両親と木崎警部、水原巡査部長の二人は既に就寝。
高森雪緒は母屋の縁側に一人腰掛け、花火祭りを終えて普段の静けさを取り戻した夜空の星々を一人眺めていた。
離れのドアが開き、履き物を履く小さな足音。有喜乃がおしっこに起きてきた様です。
彼女は小さいのに夜の闇も恐れずに母屋のトイレに向かいます。私の目の前を眠そうな顔で通り過ぎて行く彼女、離れにもトイレはあるはずなのに、これは寝ぼけているみたいですね。
危ないので私が後ろからついて行き、しばらく様子を覗う事にしましょうか。
有喜乃は手を洗う水の冷たさでようやく目覚めたみたいです。周囲を見回し彼女は真っ暗な土間の中で座り込んで動けなくなってしまいました。
「あっ、お婆ちゃん」
私の差し伸べた手をぎゅって掴む小さな手、ゆっくりと引いて縁側まで誘導してあげます。
彼女は自分の寝室には戻らず縁側にちょこんと座ると、すぐ隣の板を叩いて私にそこに座れとアピールします。はいはい。
「お婆ちゃん、私は『雪女』になれないの?」
「有喜乃は『雪女』になりたいのかい?」
「だって、お姉ちゃんばっかりズルいもん」
有喜乃には一族の話や『雪女』の話をまだ私はしていません。でも彼女なりに気付いた部分もあるのでしょう。でも、彼女が『雪女』になりたいと思うのはきっとお伽噺の主人公、つまりお姫様になるのと同じ感覚なのでしょう。
「お婆ちゃん、あそこにはね。兎さんが住んでいるんだよ。それに綺麗なお姫様も」
まん丸になりかけのお月様を指差してそんな事を言う彼女。
「有喜乃はそれを信じているのかい?」
「学校の友達は私を子供だなって言うの。そんなの信じてるのは幼稚園児ぐらいだって」
「じゃあ、お婆ちゃんが有喜乃だけに良いことを教えてあげようか」
「うん」
「ずっと昔に『雪女』もその仲間達も遠い宇宙の彼方からとても大きなお船に乗ってこの地球という星にやって来たの。その大きい丸いお船があそこのお月様」
「お月様はお船なの。すごいね」
「その大きなお船はもう壊れて動かなくなって、『雪女』も仲間達もこの地球に住むことにしたんだよ。でもその時にお船に残った者達もいたのです。それがきっと有喜乃の言う兎さんにお姫様のことだろうね」
「お婆ちゃんが言うんだから、やっぱり本当にいるんだね」
「『雪女』だってここにいるんだから、兎だってお姫様だっているさ」
「じゃあ、そのお船はどこから来たの?」
「それはお婆ちゃんも知らない。お婆ちゃんのお婆ちゃん達も知らなかった。最初の『雪女』とその仲間達がそれを秘密にして誰にも教えなかったんだよ」
「そっか、お婆ちゃんが知らないんじゃ誰も知らないよね」
離れの階段を下る足音、半開きだったドアから顔を覗かせたのは姉の由季子。
「有喜乃、ドアちゃんと閉めないとダメでしょ」
縁側からちょこんと下りて有喜乃はお姉さんにしまったのポーズ。
「有喜乃、もう遅いからおやすみ」
「おやすみ、お婆ちゃん」
走って由季子の元へと行く彼女。離れのドアが閉り、しばらくして由季子の部屋の明かりも消えました。
立ち上がって背伸びです。月を眺めたのは久しぶりですね。
私も遠い昔に先代の『雪女』であるお婆ちゃんから今の話を聞かされました。懐かしい思い出です。
戦闘回は書くのに時間が掛かるので、次回更新は少し遅れるかもしれません。




