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真夏の雪  作者: つむぎ舞
30/33

俺達は看過しない

 生物教室での放課後の部活動。

 五日間続いた期末試験が終わってからここ毎日は、いつもの如く資料の取りまとめと展示用に清書にする作業に追われる日々でしたが、今日は藤村部長の指示で作業は一旦中止して部内会議を開くという流れになりました。

 物理研究部からの参加のお昼組三人だけでなく、藤村部長の呼び出しにより今日は特別に幽霊部員の一年生女子二人と普段はもう顔さえ見せなくなった三年生の先輩達三人も緊急で参加。

 全員が椅子を寄せ合い一つの机を囲んで集合すると、藤村部長が本日話し合う案件について口を開きます。


「今日の議題は部活動とは異なるが、生物部としての活動を今後も楽しく行って行く為には必要な事なので議題として取り上げることにした。

 ここ数日、学校内で我がクラブの部員である高森さんの悪い風評が学年を越えてあちこちで聞かれるようになった。後輩諸君も先輩方もその事は少なからず知っていると思います。それで今日はちょっとお時間を取って集まって頂きました」


「おうっ」って先輩達も小さな声で応えます。

 その場の皆の視線が私に集まるのを感じて恥ずかしいやらどうしたものやら、ただ小さくなって座っているしか無かったです。


「こういう事は放置しておけば沈静するなんていうのは大きな誤り、すぐに出来る事には手を打っていかないとある事無いことが拡大してどうしようもなくなってしまう。

 これは俺がかつて自分が『いじめ』を受けた経験から学んだ考え、だからここに集まってもらった皆には同じ部活動の仲間の窮地という事で協力して貰いたいと思ったわけだ」


 藤村部長の言葉に皆は頷いたりしていますがまだ沈黙したままです。藤村部長はまだ言葉を続けます。


「まず前提として、高森さんと同じクラスの俺でさえ今回囁かれている噂や風評について、何故こんな事態になっているのか全然分からない。

 不良達との乱闘の一件については少しは語れるとして、教育実習生の中嶋先生関連の話になると全く分からないってのが実際だ。当然、学年も異なり高森さんとの接点の無い一年生や先輩達では尚更でしょう。だから高森さんが良ければだけど、中嶋先生関連の事について教えて貰えればと思っているんだけれど、無理だと思うなら何も話さなくてもいい」


「藤村、実は私達三人も中嶋先生関連の事は当事者なの。だからそれは私達の口から言う。高森さんは教室の外で待っていてくれていいから」

「私、大丈夫です。ここにいます」


 そんな元宗さんの言葉、彼女達はやはり私があの日の事を思い出し傷つくのを心配してくれていたんです。だからこの数日もずっとその話はしなかったんですね。

 彼女達三人がゆま先生から聞いた話は実は真実では無くて、本当は中嶋先生一家になりすました何者かが私を狙ったというのが本当らしく、その為に警察や自衛隊の方々が今も動いてくれているんです。それをこの場で皆さんに伝えられないのをとても心苦しく思うばかりで、だからあの日の事を思い出して傷つくなんて事はたぶん無いです。


「じゃあ三人から話を聞く前に俺からまず一言。

 俺と南と日吉の三人はここ数ヶ月学校で部活で高森さんと一緒に過ごし、高森由季子という人物がどういう人柄なのかを理解しているつもりだ。

 だから胸を張って言うぞ。彼女は今学校内で噂されている様な人間では無いという事。そしてこの後どんな内容の話を聞いても俺達三人は彼女の味方となって行動する。既にこの事は南も日吉にも同意を得ている」


「じゃあ次は私達から、あの日曜日に中嶋先生の家を訪ねた時に何があったのかを話すね」


 元宗さんの話す内容は、ゆま先生が彼女達に伝えた『ストーカー殺人事件』そのままの内容でした。そしてその話を聞いて一年生も三年生の先輩達も私に同情の意を示してくれました。


「それって高森先輩は完全な被害者じゃないですか。あんなデタラメな噂なんて気にしなくていいですよ」

「そうだよな。中嶋先生と恋仲とか男女の関係があったとか、悪意ある酷いものだよな」


「これで中嶋先生関連の話はここにいる皆にも知って貰えたし、俺も理解した。それでだ、もう一つの方の『高森由季子不良説』の事なんだが…」


 藤村部長、ちょっと言葉に詰まるような感じで何か言いにくそう。

「高森さんが喧嘩が強いっていうのは事実だ。おそらくだが俺や南よりも格段に高森さんの方が強いはずだ」

 藤村部長は私が少林寺拳法の道場に通う高森拳法一家の一員であり、五段のお父さんの元で十年以上は毎日修行している為、それ相応の実力の持ち主なのだと皆に説明します。


「普段はおっとりしている感じで大人しいから『手の付けられない不良』や『スケバン』っていうのとは違うけれど、キレたらおそらくとんでもない」


 そう言われて私は顔が真っ赤になりました。

「そうなんだ」なんてお昼組みの三人も驚いていましたし、先輩達も「へえ」なんて感心していたり、何より一年生の女子二人が目を輝かせて言うのです。


「高森先輩格好いいじゃないですか。私達一年生の中でも結構顔が広い方だから皆に言ってやりますよ。先輩は不良じゃ無いけど強くて優しい人だって。それに私達あの動画見ました。凄かったですね」


 動画、あの私か? 的なタイトルだけつけて投稿された不良との乱闘シーンのやつですか。

「あれは、私じゃなくて…」


 そう言いかけた時に生物教室のドアが勢いよく開きました。

 不機嫌そうな顔で入って来たのは生徒会副会長の小川さんと書記と会計の人だったかな。

「藤村部長、会議中にすまない。ちょっと個人的に言いたいことがあって来たんだがいいかな?」

「ええ、構いませんが」


「じゃあ率直に言う。今、エックスで出回ってる動画があるだろ。不良との乱闘シーンのやつだ。

 あの日、うちの書記が記録した映像なのだが、根津とかいう胡散臭い男に携帯を貸してくれと取り上げられて不本意にも投稿されてしまったらしいのだ。しかもタイトルに『高森由季子?』等と付けてな。

 あそこで大活躍しているのはこの私、小川優奈おがわゆうなだというのに。全く気に入らん。

 そういう訳で今朝から順に一年生、二年生の全クラスを巡って訂正して回っていたらこんな時間になってしまった。これから三年生の教室を回るが、その前に生物部の姿を見かけたんでな。ちょっと挨拶に来た」


「副会長。三年生の教室って、もう放課後ですよ」

「ああ、今日は補習事業があるから三年生の半分ぐらいはまだ残っているはずだ。その前に高森由季子。お前に一言だけ言っておく事がある」


 小川さんは私をビシッと指差して声高に宣言します。


「私より目立つなど許さん。以後は勘違い野郎共に必ず言ってやれ、あの動画で華麗に戦い不良達をコテンパンに叩きのめしているのは高森由季子ではなくこの小川優奈だとな。わかったな」


 唖然とする私達を尻目に生物室を出て行く小川さん達。嵐の様な人が去りました。

「でもこれで『不良高森』の方の噂話は潰れそうですね。藤村と南は保健室へ行ってて見てなかったでしょうけれど、校門の方で不良達を撃退したのセーラー服姿のゆま先生でしたし」


「日吉、それマジか。くそっ見逃したあ」

 日吉副部長の言葉に藤村部長と南君の二人は残念そう。一年生と三年生はこれで退室。三年生の先輩が去り際に私達に声を掛けてくださいました。


「藤村、高森さん。俺達三年はそれ程影響力はないけれど『うちの可愛い後輩に何言ってんだ』ぐらいは言ってやれると思う。がんばれよ」


「ありがとうございます」

 私とお昼組三人、生物部男子三人の七人ともが席を立って先輩方に深く頭を下げました。そしていつもの七人に戻ると、藤村部長がちょっと優しく私に声を掛けてくれます。


「高森さん。こういう時一人で抱え込むのはきついでしょ。特に一番堪えるのは陰口じゃ無くて完全無視ってやつ。あれは本当につらい。

 自分が普段話せてた人に突然そんな態度を取られたらさ、自分の存在そのものが全否定されている様で、『死んでいなくなれ』って無言で言われているとしか思えなくなる。

 大抵『いじめ』で自殺する人っていうのは暴力や恐喝よりも周囲の人間達による完全無視がその原因だと俺は思っている。『いじめ』の名を借りた犯罪行為はそれを罰する法律があるし、陰口は不登校という形での逃げで回避することが出来る。でも、無視され存在を否定されたって気持ちはどこまで逃げても自分の心の中に居座り続けるからね」


「私はまだそこまでされた事は無いです。だからよくは分からないけれど、確かにそんな事をされたら嫌ですね」

「そうか、それは良かったな。俺が昔そんな感じになってたからな」

「藤村君、ごめんね。あの時は…」


 藤村部長と中学校が一緒だった相見さんが申し訳なさそうな口調で言います。小学校からはじまり中学校になってさらにエスカレートした『藤村いじめ』。自分はその時それを傍観していただけだったからと。


「いや、あの時のことはもう気にしなくていい。俺はそういう環境の中で『人間を見る』って事を学んだ。

 状況に左右されずに自分と接し続けてくれた人達は少なからずいた。自分が大切にすべき人達はそういう人達である事に気づけたし、それを見つける事が出来たのは自分にとって大きな収穫になったからね」 


「逆境をバネにですか。藤村部長に比べると今の私の状況って、そんなに大した事では無いように思えてきますね。何か気持ちが楽になりました」


「藤村、こういう噂っていうのは必ず言い出しっぺがいるはずです。それを特定して潰さないと沈静は難しいですね」


 日吉副部長がそう述べると大福さんが手を挙げて言います。

「他のクラスの子だけどさ、塾の外で変な中年男に中嶋先生や高森さんの事を聞かれたって。さっきも副会長達が根津とかいう名前を口にしていたから、きっとそいつかも」


「何だよそれ、元凶はそいつなのか?」

「何かメモとか取ってたっていうし、探偵とか記者かも」


「中嶋先生の事件がテレビや新聞で報道されていないですからね。警察や学校側の隠蔽を疑って調べている奴がいるって事なのかもしれませんね。そいつが外から高森さんの情報を集めるために嘘や悪評を生徒達に吹き込んで、彼女により注目させようと仕向けた可能性もありますね」


「なるほどな。日吉の説が濃厚だとすると、俺達の手で元凶を潰すってのは難しいな。俺達の手は学外には届かない。まずはゆま先生に相談して、それから俺が校長先生に直接訴えてみるとするかな。それぐらいしか今は考えつかないな」


「ねえ、藤村部長はどうしてそこまでしてくれるんですか?」


「仲間だからな。俺は俺に出来る事を精一杯やってみるてだけさ。高森さんはまだ知らないだろうけれど、クラスの中にも高森擁護に動いている連中は結構いるんだぜ。高森さんともっと距離の近い俺達がサボってちゃダメだろう」


 藤村部長。いえ、藤村君のその言葉は私の胸中を隠していた鎧を完全に貫き壊してしまいました。この後はいつもの文化祭向けの作業を皆としたんですが、もう私、体中から火が出そうなぐらい真っ赤になりながら藤村君の事ばかり見ていた様な気がします。

 もう好きになっちゃうでしょ、そんなの。


 クラブ活動の終わっての帰り際に元宗さんから背中を大きく叩かれました。

「妬けるわ。藤村があんなに高森さんの為に頑張るなんてさ、あいつあんたに気があるんじゃない?」

 

 大福さんは藤村君のあんな風に積極的に動く姿なんて初めて見たって言うし、相見さんは『藤村いじめ』が大きくなる前の活発な彼を見る様で久しぶりだなんて言います。

 元宗さんが言う様に、藤村君が私をそんな風に見てくれていたら嬉しいのに…。

 でも彼は私に「自分には好きな人がいる」って教えてくれました。それを告げられるって事は私なんか眼中に無いって事なんですよね。

 今、藤村君は私を『仲間の一人』って事で親身になって動いてくれています。それだけでも十分に嬉しいのだけれど、やっぱり…。


「でもあいつ、そっち方面はダメダメだからな。高森さんがずっと側で『好き好きオーラ』を全開で出してるのに、作業に夢中で全く気付いていないし。あんな鈍感野郎にはビシッと正面から告白しないとダメだよ」


 元宗さん。分かってはいるけど、それはまだ私にはハードルが高い。高すぎるんです。  

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