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真夏の雪  作者: つむぎ舞
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フリーライター根津浩介

 双眼鏡を覗く男の手は確かに震えていた。

 大スクープの予感がする。尾道で起きた『ストーカー殺人事件』を取材に来たフリーランスの記者である根津浩介ねずこすうけは口元をニヤリとさせた。


  瀬戸内海の小諸市尾道なんて場所に本来あるはずのない物がその目に映る。この辺り一帯で一番の高台である三美園と呼ばれる地域から対面する山の稜線、地元の子供達が『禿げ山』と呼ぶ人為的に山を削り取って作られた広場の中に擬装網を幾重にも懸けられた自衛隊のヘリコプターが駐機しているのが明らかに見て取れるのだ。

 今の自分の様にそれなりの器材を用いてよくよく注意して見ねばそれに気付くことは無いが、それは確かにそこに存在している。


 自分が尾道へとやって来たのは付き合いのある大手新聞社の支局から連絡を受けたからだ。

 ストーカー行為の犯人が自らの両親を道連れに自殺を遂げたという内容の事件報道を警察が差し止めたという情報だった。

「興味があれば調べてみろ」と告げられ、いつもの様に動いた。

『興味があれば』というのは強要や依頼では無く自分の意思でそれに関わったという体裁を整える為の方便で、それが厄介事と判断された場合には俺を切り捨て当の本人達は知らぬ存ぜぬで逃げおおせる腹づもりだからだ。実際にはもう取材費として一ヶ月近くの滞在費に加えてそれなりの額が自分の口座に振り込まれている。

 特殊な事件の警察による隠蔽? いやいや、どうせ被害者遺族の意向で被害者の名が表に出ないよう事件を隠してくれと言う要望があったのに違いない。実際にそんな理由で報道を差し止められた例はいくつもある。

 そんなつまらない事件でも取材成果を挙げればそれなりの金にはなる。いつもの様に適当に働き浮かせた取材費で遊んでやろうという程度の腹づもりだった。


 昨今の新聞やテレビ報道はクソだ。


「真の報道とはありのままの情報を読者や視聴者に伝え、その記事や事件を知ってその正邪の判断を下すのは我々報道側の人間では無く、それを受け取る側でなくてはならない。

 だからこそ知識の無い人、情報取得手段を他に持っていない人でも正しい判断を下せるように我々報道に関わる者は嘘や虚飾を取り除いて、ただ真実のみを追究して伝えねばならない」


 この世界に飛び込んだ新人の頃の俺を厳しく鍛え上げてくれた先輩達のそれが口癖の様な台詞だった。

 それに比べて今の報道姿勢はどうだ。明らかな民意の誘導ではないのか? 新聞とテレビを使ったマスメディアの目指す誘導方向に都合の悪い事実は報じず、切り抜き映像や発言を加工したミスリードを故意に作り上げている。サクラを使った一般市民の声などというのも今では有名な話だ。

 それに加えて新聞には筆者の私見が記事の大半を占めるようになり「かもしれない」「そうあるべきだ」等という感想文ばかりが目立ち、テレビではワイドショーなる報道番組を作り、肩書きだけの専門家がこれ見よがしの嘘を並べ立て、タレント社員が私見と称して言論誘導を行う。

 読者や視聴者は盲目的にマスメディアの流す情報だけを信じればいい。そういう驕りが見え隠れする姿勢はもう報道では無い。それは空想小説や空想ドラマを信じ込ませるプロパガンダだと言い換えてもいい。


 マスメディアによる有名なねつ造事件はいくつかあるが、自分が印象に残ったものの一つは半島の某国家による『日本人拉致事件』だろう。

 マスメディアはこれを『嘘』や『ねつ造』と否定し、テレビでは専門家を名乗る者達がこぞって「あるはずがない」と笑い飛ばしていた。そこへ緊急速報として流れたテロップで「某国が日本人拉致を認めた」と流れる。

 専門家を名乗り笑い声を上げていた者達がそれ以降お通夜状態だったのには手を叩いて大笑いしたものだ。

 そして昨今では『新型コロナウィルス感染症』という流行病の報道が世間を賑わせ、連日『コロナ過去最多感染者数を更新』のニュースが毎日の様に飛び交った。

『新型コロナウィルス感染症』等という病名は日本だけの独自の呼び方であり、本来は『COVID19ウィルス感染症』または『SARS COV2ウィルス感染症』と呼ぶのが普通である。

 そしてここにマスメディアによるミスリードが生まれる。

 風邪やインフルエンザは別名『コロナウィルス感染症』とも呼ばれており、『COVID19』とその初期症状が類似していることから、『新型』と題打つ事でその両者を混同させてしまおうという目論見がそこに透けて見えるではないか。

 実際、風邪とインフルエンザと『COVID19』を全て混ぜ合わせた『コロナ』なる造語が生まれてマスメディアは頻繁に『コロナ感染者が過去最多』と報じて国民の不安を煽り、ワクチンの接種を呼びかける。

 毎年猛威を振るうはずのインフルエンザ患者がその年だけスズメの涙程の発症数であった事を鑑みればそれは一目瞭然であり、当初は『高齢者の重傷リスクを抑える効果しかない為、若者達のワクチン接種は不要』とされていた報道も、いつのまにか『ワクチンには予防効果がある』にすり替わり、とにかく誰でも彼でもワクチンは打てという風潮を作り上げたのもマスメディアであった。 


 そんなマスメディアの報道姿勢の変化に自分が染まるのが嫌でフリーライターの道へと逸れた。

 しかし自分の取材記事を買ってくれる新聞社の意向に沿った記事を書かなければ結局の所飯を食ってはいけないのが現実でもあった。



 今回の依頼、単なる小遣い稼ぎのつもりで始めた取材だったが、いきなり本星にぶち当たった。

 自殺と聞いた中嶋義人の実家で事件当日何台もの救急車が行き来し、何人もの人間が搬送されていくのを目撃した近隣住民の証言。更には数十発に及ぶ銃声らしき音を近隣住民の全てが聞いていた。

 つまりストーカー中嶋義人は自殺では無い。

 警察関係者との壮絶な死闘がその現場で行われた可能性が高いという事だ。現在も中嶋家は厳重に封鎖されて家屋に侵入しての調査は極めて難しそうだった。

 仕方なく取材のターゲットをストーカー被害女性の方へと向けたが、単なるストーカー犯の自殺事件では無い以上、その関係者に直接接触するのは早計と捉え、もっと確信を得る証拠を揃えてからだと自重した。

 まずは最寄りの飲食店やスーパーを巡り主婦や近隣で流れる噂話を拾い上げて被害女性の正体を探った。『若い女性』から『女子高校生』、バス通学している『女子高校生』と次第にその姿が見え、その本人を通行人を装い直接視認、通学する高校も特定した。

 尾道中央高等学校。ここの生徒が多数通う学習塾に当たりを付けて被害女性と中嶋義人についての聞き込みを続けると、この二人は教育実習生の先生と生徒という関係であった事を掴んだ。

 その取材では痴情のもつれなのかストーカー事件なのかは判別出来なかったが、その結果中嶋一家全員が死に至ったのは事実。

 警察が事件の隠蔽に動いたのは中嶋義人確保時の失敗による十数発の拳銃発砲による射殺の事実を隠すためであったと自分の中では結論づけた。


 然るにその結論を改めざるを得ない物が今、自分の目に映り込んでしまったのだ。

 被害女性高森由季子の実家周辺に停まる自衛隊のヘリコプター、そして全く作業などせず監視の任にしか就いていないと思われる二人一組の百姓姿の男達、『害獣駆除』の名目で設けられた封鎖線など、見ようによっては高森家がものものしい程の警備によって守られている様にも見えるではないか。

 自衛隊が出張る程の事件に彼女が関係していたとすれば? 何かある。そう感じずにはいられなかった。

 それで揺さぶりを仕掛ける為のいくつかの手を打った。それで事態がどう動くのかしばらく見てみようと思う。


          *          *


 尾道中央高等学校の球技大会が終わったのはあの中嶋先生の事件から十日後。

 我が二年二組はチーム作りに時間をかけたので本格的な練習は三日間ぐらいでしたが、それは私達にとってとても印象深い数日となりました。

 今まで話した事も無かったクラスメイト達との交流、そしてクラスの応援では男子も女子も入り交じって声を上げました。

 チームの強さを平均化した事で一回戦を我がクラスの全てのチームが勝ち抜くという快挙、そして幸運にも他クラスの最強チーム一つを撃破して見せたのです。

 トーナメント方式なので勝ち残るほどに他クラスの最強チームと当たる確率も増えて我がクラスは次々と敗退、結果として三位入賞チームが一つという成果となりましたが、その結果に不満の声を漏らす人は一人もいませんでした。

 それは単に大会が終わったから興味が無くなったという事では無く、チームが出来ていく過程がとても興味深い経験であったと男子達は語ります。女子にはそういう子はいなかったけれど、チームリーダーを務めた男子は今でも元チームメイトに積極的に声を掛けて会話を盛り上げたりしています。

 転校当初に感じたクラスの閉鎖的な仲良し組だけの小島で噂話に陰口だけが行き交う様な雰囲気は嘘みたいに消えて無くなり、今はクラスの何処かで笑い声が聞こえて来ます。

 私も普通に笑えています。私も今のこのクラスが大好きになりました。


 でも窓際の席で過ごす私の平穏な学校生活はそう長くは続きませんでした。

 悪夢の期末テストが始まってしまったからではありません。

 テレビや新聞で報道されなかったあの中嶋先生の事件が学校内で大きく噂される様になったのです。

 中嶋先生も私も当校の関係者、二人には良からぬ男女の関係があり学校側がそれをもみ消したという内容で、「本当は何があったんだろう?」ってそれを詮索する様な会話があちこちでなされている様なのです。

 噂の広がりは中嶋先生の自宅周辺からとも言われていますが定かではありません。

 中嶋一家三人が亡くなった大事件なのにテレビや新聞で報道されないのはおかしいと不審に思った近隣住民の誰かが声を上げたのかもしれません。

 学校側の対応も教育実習生の中嶋先生が姿を消した事を「一身上の都合」としか説明しなかった事も事件の想像を膨らませる要因になった様で、関係者である私の姿を見かけると、他学年の生徒達は『私と中嶋先生の男女の関係』についてひそひそ話を始め、私の姿が見えている間はわざとそういう仕草をして見せるのです。

 朝の登校時にガラの悪い中学生達を連れて歩いているというのもその話の中に出て来ていて、その内容が決して良いものでは無いのも明らかです。

 

 同学年である二年生の生徒達にはそういう態度を取る方は少ないのですが、明らかに私と距離を取っているのは感じます。他学年の方より私に対する対応が少しばかりマシなのはクラスの皆が私を庇う発言を彼等の友人知人達にしてくれているからだと思われますが、それでもやはり悪い風評がどんどん大きくなるにつれて、それは二年二組のクラスメイト達をも不安にさせるのか、クラス内でも私と距離を置く人が出て来ているのも確かです。

 話しかけても早々に会話を打ち切られたり、同情的な視線というのを直に感じるのです。

 お昼組の三人、元宗さん、大福さん、相見さんの三人も事件のことについて聞かれるようになったみたいですが、今の所三人ともその件については黙秘を続けてくれている様ですね。


 この噂話は日に日にあらぬ方向へと変化していき、今では私は素行の悪い不良娘で中嶋一家殺害事件の加害者の一人というレッテル貼りまでされる始末。周囲の目は更に厳しくなって学校内での居心地はすこぶる悪いです。

 SNSに投稿された謎の映像もそれに拍車をかけています。尾道中央高校の生徒による不良グループとの乱闘シーンが「高森由季子?」と題打って投稿されたのです。

 伝説の不良、スケバン高森の噂は瞬く間に校内に広がり、これが事実であれば中嶋一家関連の方の噂もやはり事実ではないかと囁かれ始めています。

 ゆま先生もこの事には頭を痛めている様子で、私に「何とかするから」なんて言ってくれましたが、登下校で乗るバスの乗客達の視線も何か私を責めているようにも見えて来ます。

 せっかく慣れてきた学校生活。新しい友達も出来てきたばかりなのに、私は一体どうなるんだろう。

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