ようこそ外事六係へ
午前中の会議が終わり、午後からは『外事六係』との接触もようやく許可が下りた。配られた資料は回収されてしまったが、記憶にあるうちにある程度の事は自身の手帳に記しておこうとペンを取ったが、会議室に一人残っていた俺を水原龍子が手招きしながら呼んでいる。
「木崎警部、猫です。猫ちゃんですよ」
「ん、猫がどうしったっていうんだ?」
水原龍子がホテルの一室のドアに手を掛ける。確かそこは『外事六係』の人員が宿泊する部屋の一つだったはずだ。そしてドアが開くと確かにそこに猫がいた。二本の尻尾をフリフリさせながらパソコンのキーボードをポチポチと入力している猫の姿だった。
水原龍子が手に持つ『妖怪百科事典』を開いてとあるページを指差しながら俺に見せる。そこには猫の姿をした妖怪『猫又』の姿が。
「いやぁーん。可愛すぎるっすよ警部」
女子の様な黄色い声を上げて体をくねらせる水原。わくわくしながら次の部屋を空けようとする彼女を自分は引き止めた。これ以上変なものを見ると本当に頭がおかしくなってしまいそうだったからだ。
六係が全部あんな連中って事は無いだろう。どうせならこの案件についてまともな思考で語れる人間味のある同僚が欲しい。
ホテル内の『外事六係』のテリトリーの廊下を歩いていると、厳しく部下を叱る女性の声が聞こえてくる。第二会議室と書かれた場所からだった。
ここだ。そう思い定めて扉を開いた。
広い室内にはスーツ姿の中年女性一人に制服姿の若い女性が三人。自分と水原巡査部長の姿を認めると、三人の婦警が敬礼する。
この三人とも、受付嬢かモデルでも通用するほどの美人揃い。三人の巡査はそれぞれ橋元京子、長壁姫路、覚純子と名乗った。
早速、水原龍子が『妖怪百科事典』をめくって自分にこれですって彼女達三人に対応するであろう妖怪達、『橋姫』『長壁姫』『覚』のページを見せてくる。
「ようこそ『外事六係』へ。木崎警部、水原巡査部長」
ショートカットの中年女性は一橋姫美子と名乗る。階級は自分と同じ警部だ。そしてこの場の四人が後方支援を担当する一橋班の面々という事らしい。
「驚かれたでしょう。『警察庁警備局外事情報部外事課六係』は人間と通称『人外』と呼ばれる怪異達との和平協定維持の為に人間と『人外』とで混成された特別チームです。その主任務は国内の『人外』の監視と保護であり、海外からの『渡来種』からの侵略にも目を光らせています。
現状では情報収集を得意とする者が多く所属している為、荒事に向かない者が多く、今回は東京から皆さんをお呼びした次第です」
「我々を選んで頂いて光栄です一橋警部。ですがもっと早くにこの様な情報は開示して欲しかった」
「いらぬ混乱を招かぬ為、とだけ今は申し上げておきましょう」
彼女の言う通りだ。実際冷静さを保っているつもりでも、自分の頭の中は今も混乱しているのだから。
「一橋警部、例の資料が送られて来ました」
「そう、では高森さんを呼んできてくれるかな」
資料について問うと、会議でも説明があった『外務大臣』と『防衛大臣』が利用していた架空会社の取引記録だということだ。ここから更に某国のスパイ活動拠点を除外し、退役自衛官が所属する会社や法人などを絞り込んでいくらしいのだ。
スパイ拠点も放置するという訳では無く、その情報は公安警察に送り『大きな貸し』を作る予定であり、そして、なぜスパイ拠点を除外するのかというと、某国と『ぬっぺらぼう』が協力関係にあるという仮定は考慮しなくていいからだという。
理由は「『ぬっぺらぼう』が半島人や大陸人を日本人以上にお嫌いだから」。そんな事でいいのかとも思うが、それがどうやら『ぬっぺらぼう』というものらしい。
大陸人や半島人は過去に『ぬっぺらぼう』達に一体何をしでかしたんだ? と考え、不覚にもちょっと笑ってしまった。
「会議での話が本当なら、日本政府がその資料を提出して来たって事っすよね警部。『人外』っていうのは日本政府より強い存在って事っすか?」
水原龍子の疑問には一橋警部が答えてくれた。
「それは少し違いますね。『人外』が和平協定を結んだのは日本政府ではなく日本国そのもの。つまり日本の統治者である『天皇』とです。『人外』の倫理観では日本国民は全て皇室の下に平等の存在として認識されています。政治家であろうが金持ちであろうが、その全てがです。
故に政治的権力や金の力といったものを一切考慮せず行動するのです。そして『人外』に関わった者は例外なく日本国憲法の庇護を外れ『人外』の倫理観によって裁かれる事になる」
「政治権力も金の力も通じず日本国憲法の庇護からも外されるんじゃ、日本政府も形なしって事っすね。総理をはじめとする閣僚達も、そりゃ恐れるわけか」
「ひみこちゃん呼んだ?」
現われた高森雪緒の拍子抜けする様な声。一橋警部に対しても自分と同じ『ちゃん付け呼び』に木崎正文は渋い顔をして見せる。
俺達の目の前で高森雪緒は説明を受けると、自身も着席して三人の巡査達に加わりノートパソコンを広げて送られて来たデータの検索をしはじめる。
「六係って言ってもこういう捜査は地道なんすね」
企業や法人データに目を通す高森雪緒達を見ながら水原が言う。捜査とはそういうものだ。当然の事だろうと自分は思う。
一橋警部も仕事に戻りますと自分達に告げて第二会議室の奥へと歩いて行く。そこには室内の三分の一の壁一面を埋め尽くすように配置された大量のテレビモニターが置かれており、その中央にある椅子に彼女が腰掛けると全てのモニターが一斉に画像を写し、その映像が次々と別な風景や人物へと切り替わっていく。監視カメラの映像だろうか?
「木崎ちゃん。ひみこちゃんはね、戸籍を辿って『橋姫』に連なる一族って事は判明しているんだけれどその能力が特殊なのよ。
電波を介してテレビやスマホの画面に写る対象を覗き見ることが出来て、そこへ瞬時に移動することだって出来ちゃうんだな。
確か、ホラー映画に出てくる『貞子』みたいな力だってうちの学校の生徒達が言ってたっけ。TVが普及し始めた近代になって初めてその能力が判明した新興の人型『人外』だねえ」
「おいタツ子。『貞子』って何だ?」
「知らないんすか警部。結構有名ですよ『貞子』。この百科事典には載って無いっすけど」
そうこうしている間に三人の巡査達は当たりを付けた企業や法人に連絡を取ると『自衛隊人事部』を名乗り、退役自衛官の再就職のお願いという内容で話を進め、過去の採用実績の情報の引き出しにかかっている。
高森雪緒が怪訝な表情を浮かべながら一つの零細企業に注目する。
「某国のスパイ組織の隠れ蓑とは違うっぽいリサイクル企業なんだけれど、そのホームページに載ってる代表者三名の名字が何か引っかかるんだよなあ。思い出せないんだけれど」
高森雪緒の依頼を受けて橋元巡査がホームページに記載されている連絡先に電話するも、既にその番号は使われていないとのアナウンス。
家電や放置自転車の回収とリサイクルを行う小さな会社であり、政治献金とは無縁とも思える存在だった。住所は大阪市内の貸しビルになっていたが、実態のない幽霊会社の可能性もある。
現地確認と代表者三名の調査については大阪府警に依頼し、その件は報告待ちとなった。
居場所に困り木崎正文と水原龍子の二人は第二会議室を後にする。
「タツ子。お前、腹減らないか? 俺も尾道警察署の近くに美味いラーメンを出す中華屋を見つけたんだがな。ダイエットとかしてなかったよな」
「いいっすねえ。お供しますよ警部」
水原龍子は早速スマホを取り出し店の情報を引き出しにかかる。
今日の収穫は大きかった。それに本件に関わる我々の状況や立場も理解出来た。
俺達は俺達の成すべき職務を全うすれば良いだけだ。
立ち止まっていた自分を急かす水原の声が廊下に響く。
* *
高森雪緒に呼び出されたのはそれから三日後。尾道中央高校の駐車場内に停めた車の中での口頭報告を彼女から受けた。
彼女が目星を付けた企業は『有限会社ライト』。
一つ目の理由は資金の流れ、そしてもう一つが代表者三名の名字が記憶にあったからだという。
『有限会社ライト』の事業は中古家電と中古自転車の海外輸出で、それを細々と行う零細企業。大阪府警による所在地の捜査では貸しビル内の事務所は整理されてもぬけの空で、そこからの情報は何も得られなかったという。
分かっているのは架空会社を使用した『防衛大臣』の複数の取引記録から合計で二十億円近い支出が『有限会社ライト』へと転がり込んでいること。
一回あたりの取引は他の企業や法人へと送られた金額と大差は無いのだが、その合計金額が群を抜いており、特に昨年末にはまとまった金が一気に動いている。
この事から『防衛大臣』自身の手持ちの資金では無く、大臣自身は右から左へと金を流しただけという疑いまで出て来た。それはつまり、我が国の『防衛大臣』にそうするよう指示した存在があるという事だと。
「それってスパイによる技術窃盗を繰り返す某国が、今度は『人外』を狙ったという事じゃないのか?」
「いいえ。前にも聞いたと思うけれど『ぬっぺらぼう』は絶対に某国人とは手を組まない。だからそれは考えなくていい」
「『ぬっぺらぼう』って某国人に何されたんだよ?」
「話を続けるわよ」
ライトの共同代表三名の名前は秋山義之、高橋泰典、勝田信二。秋山と高橋は退役自衛官であるが、勝田は一般人であった。しかしこの三人には意外な共通点があった。
三人共が自衛隊に入隊した子息を持っており、その息子三人が青森県での同じ訓練に参加、事故により殉職しているのだ。そしてその事故の二年後に『有限会社ライト』を起業している。
「なるほど。不自然な金の流れに退役自衛官の存在。確かに怪しいな」
「木崎ちゃんは八甲田山雪中行軍遭難事件って知っているかな?」
確か子供の頃にテレビでその事件を扱った映画を見たことがあったと記憶している。
「あれは遭難事件ではなく旧日本軍による高森一族の討伐作戦だったんだよ。つまり『雪女』である私が日本軍と戦いそれを打ち破った。それが人間と『人外』との最後の戦いでした。
日本国は対外戦争に注視する為に我々『人外』の出した和平案に同意し協定書に調印した。それ以降日本国は外国との戦争に明け暮れ、そして敗戦を迎え日本の社会構造は一度完全に崩壊した。
戦後の社会復興の中で主に人型の『人外』は人間社会に深く入り込み、人との共存関係を強固にする為に尽力して今があるんだよ」
「それがライトとどう関係するというんだ?」
「私は旧日本軍の将校として、時に自衛隊幹部として青森県で実施される雪中行軍の訓練を補助的な立場で見守ってきた。不慮の事故を避けるためにね。
でもあの夏、八甲田の地で行われたレンジャー訓練中に事故は起きた。訓練教官の誘導ミスで二十三人の隊員中十二人が窪地に発生したガス中毒で倒れ、内三人が死亡したの。夏場の訓練であった為に私はその時そこには居なかった」
「その時の殉職者の遺族がライトの共同代表の三人という事か。しかしその死をあんたのせいだと考えるのは逆恨みってやつじゃないのか?」
「表向きそう発表され処理されたって事、でも事実はかなり異なる。
殉職した三名の隊員は宿舎から姿が消え、その日の訓練には参加していないの。そして事故の後で三人とも訓練地の別々の場所で遺体で発見された。訓練の過酷さに耐えきれずに脱走を図った末の遭難死と判断され同地で起きた事故の犠牲者として処理されたのよ。その訓練教官もそれから数日後に東京の自宅でミイラ化した遺体が発見された。『ぬっぺらぼう』にDNA情報と記憶を奪われた遺体に非常に酷似した死に方でね。
我々の見解では『ぬっぺらぼう』による自衛隊精鋭部隊の訓練妨害。殺された三人はおそらく訓練教官に化けた『ぬっぺらぼう』の正体に気づき逃げたけれど殺され、その後『ぬっっぺらぼう』は誘導ミスをわざと誘発してレンジャー隊員達を事故に遭遇させた」
高森雪緒は言う。
秋山、高橋、勝田の三人はそれぞれ独自に自身の息子達の死の真相を探る仮定で出会い、そしてその地に時代を超え何度も姿を現していた私の存在に気付いたのでは無いかと。
それで『雪女』又は『人外』という存在と戦う為の武装組織を作ろうと志したのかもしれないとである。
「『有限会社ライト』ってのが怪しいところまでは納得だが、それ以降の話は全部あんたの唱える仮定の話だよな。ちょっと飛躍しすぎじゃないか?」
「そうね。でも六係は『有限会社ライト』を黒として兵庫県警と協力する形で捜査活動に入ったわよ。それが決定的になったのがこいつの存在」
「西洋人の男性?」
「傭兵リチャード。その世界では伝説的な男よ」
『有限会社ライト』は神戸港に会社規模とは不釣り合いな程巨大な商品保管用の倉庫を所持しており、『外事六係』からの要請を受けた兵庫県警は倉庫の内定を開始。この三日間の人の出入りを撮影した一枚の画像データにそのリチャードとかいう奴が映り込んでいたという。
「彼が初めて世に現われたのが朝鮮戦争末期。その後ベトナム戦争、アフリカローデシア。その後もあらゆる紛争地に現われては数々の逸話を残している。私達『人外』も彼とは何度か矛を交えているの。
直接戦った私が言うから間違いない。奴は人間じゃない。それに過去、彼の調査に赴いた『青鬼兄弟』と『カラス天狗』は消息不明になった。おそらくは返り討ちにあったのね」
「そのリチャードって奴も何らかの力を持つ『人外』って訳か。それであんたはどうなった。勝ったのか?」
「いいえ、奴は現代には存在しない様な兵器を使うの。あの時は体半分吹っ飛ばされてボロ負けだったわ。私で無かったら間違いなく死んでいたわね」
高森雪緒はその傭兵リチャードを西洋の『人外』を指す『渡来種』とは呼ばず、彼女達の先祖の代から戦い続けている『太古からの敵』では無いかと認識しているという。
「最近国内で私が潰した『渡来種』である『狼男』の巣の様な形で、この日本国への『渡来種』による侵略は進められている。
彼等は言葉巧みに人々に接触して国内での拠点やそのシンパを増やそうと活動しているの。その大本締めが『太古からの敵』。
某国のスパイ活動に協力しているとされる『防衛大臣』と『外務大臣』もそのシンパ。そして『ぬっぺらぼう』も彼等の指令によって動いているとすれば辻褄があう。
ただ、『有限会社ライト』という存在がそれとどうして繋がったのかは分からないけれど、外遊中の二人の大臣を後で締め上げれば全貌は見えてくると思うわ」
突然入り込んできた多くの情報。木崎正文は頭を抱えて叫び出したい気持ちになり、その場で身もだえる。
しかもそこには『狼男』だの『渡来種』だの『太古からの敵』などにわかには信じられない様なものばかりが登場してくる。それを全部受け入れて納得しろというのか。
ふと、木崎正文警部は車の横を通り過ぎて行く女子高校生達の視線が気になった。
口を押えてあからさまに自分達を怪しみながら通りすぎていく彼女達。学校事務員の四十男が見た目二十歳そこそこで生徒達から人気の高森先生と車内で二人きりで真剣に会話する風景。
傍目に見ればそれはこの俺がこの女を口説いている様にも見えるではないか。
急に体が熱を帯びてくるのを感じた。生徒達に見せつける様にわざとやっているのか、高森雪緒が「どうしたの?」と両手で俺の頬に手を伸ばしてくる。
車外から「わあ」って上がる女子高校生達の黄色い声。木崎正文警部は高森雪緒の手を払いのけて、慌てて車外へと逃げ出した。




