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真夏の雪  作者: つむぎ舞
25/47

事件の後

 元宗さん、大福さん、相見さんの三人は日曜日のあの事件から二日程学校を休み、今日の水曜日、三日ぶりに登校して来ました。

 彼女達は私に対して引け目を感じている様で、態度がちょっときごちないです。

 お昼のお弁当タイムも机を合わせただけで会話も殆ど無く、放課後に物理研究部の部室で話そうという事だけ告げられました。


 学校では教育実習生の中嶋先生が家庭の事情で実習を休止したと全校集会で告げられただけで、日曜日の事件をまだ二年二組のクラスメイト達は知りません。

 事件そのもの未だテレビのニュースや新聞でも報じられていませんし、ネット上にもそういった記事はありません。

 お婆ちゃんからこの事件は私を狙った中嶋先生の『ストーカー事件』という事で表向きの処理を行うとは告げられていますが、私自身も当日何が起こったのかよくは分かっていないのです。ただ、中嶋先生が中嶋先生じゃ無かった事だけは理解しています。


 そしてお婆ちゃんはお昼組の三人には事件のことをこう説明したと言います。

 私にストーカー行為を繰り返していた犯人が実は中嶋先生だと分かり、警察が出された被害届を考慮して私を警護していて事なきを得たのだと。

 中嶋家の家族の方については、私に乱暴しようとした中嶋先生を止めようとした両親を中嶋先生は殺害し、最後に警察に追い詰められた彼は自ら命を絶ったという事にしたらしいです。

 事件の内容もショッキングで、当時の彼女達は相当のショックを受けたようです。

 そんな説明をしたものだから、彼女達は中嶋家へと私を一人で送り出した事をとても申し訳なく思っているのです。もし皆と四人であの家の中に入っていたら彼女達も被害に遭っていたはずです。そう思うと彼女達の無事が私は嬉しくてたまらないのに。


 放課後の物理研究部の部室に私は顔を出し、元宗さん、大福さん、相見さんの三人とその場に座り込んでしばらく四人とも黙ったままでした。

 三人の顔を見ていると私、彼女達が本当に無事で良かったって涙が出て来ました。でも三人は自分達の態度が私を泣かせてしまったと思ったようで「ごめんなさい」を連呼します。

 皆、そうじゃないんですよ。


「日曜日の事は本当に驚きましたけれど、私も無事でこの通り元気だし、皆さんも無事でした。本当によかったです」


 隣に座っていた大福さんが無言で私に抱きついてきます。元宗さんも涙で溢れそうな目頭を拭いながら口を開きます。

 

「そうだよね。当の本人が元気にしているのに、私達の方が落ち込んでちゃしょうがないよね」

「でも本当によかったなあ」

 元宗さんも相見さんも立ち上がって私に駆け寄り体にしがみついてきます。

 改めて椅子に座り直して一息、すると元宗さんが両肘を付き唇を尖らせながら中嶋先生の愚痴を溢します。彼女、中嶋先生ちょっといいかもなんて思っていたみたいだから、ショックは大きかったみたいですね。


「中嶋先生が殺人鬼で変態ストーカーだったなんてさ、世の中にイイ男ってのはいないのかねえ。今の私には藤村が神に見えるよ。私も藤村の追っかけに加わろうかなあ」

「そんなのダメですよ。今でも競争率高いのに」

「元宗殿、高森さんに向かってその発言は冗談に聞こえないから」

「じゃあ大福殿、私の王子様は一体何処にいるんだろうね」

 

 なんて二人の会話を折って相見さんがあれ言わなきゃって言い出します。何やら私の居ないところで彼女達、何か話し合って決めていた様ですね。

 そして突然立ち上がって私の方に詰め寄って来て…近いです。


「あのさ、生物部で今やってるっていう文化祭の準備だけれど。あれ、私達にも手伝わせて貰えないかな? 今年はうちのクラブは何もやる予定は無いみたいで、時間も余ってるから」


「それは大歓迎ですよ。一年生の子達が逃げちゃって、人手不足で困ってたんですから。それに私もその方が楽しいです」


 そうと決まれば藤村部長に直談判です。四人で生物部の部室に一斉に突入。生物部の男子三人は今日も頑張って作業に集中していました。


「ぞろぞろとどうした? それに改まった顔して。そんなに疎遠な仲じゃないだろ」

 そう問い返す藤村部長に私が代表して要件を伝えます。「文化祭の展示を彼女達にも手伝わせてあげて下さい」ってです。


「じゃあさ、この展示は生物部と物理研究部の合同展示って事にすればいいんじゃないかな」


 そう言って藤村部長はあっさりと承諾。日吉副部長も予算が二クラブ分使えてお得だと賛同します。

 この展示は実の所生物部というよりも『都市伝説調査隊』の方の延長活動の意味合いが強く、『都市伝説調査隊』を子供っぽいと馬鹿にして離れていった元宗さんは生物部の男子達から拒絶されるのではって思っていたみたいで、何というか藤村部長の大らかさにちょっと感激しちゃったみたいです。


「藤村、あんた最高だよ」

 いきなり元宗さんは藤村君の胸に顔を埋めるように抱きつきます。突然の事に慌てて手を伸ばす大福さんと相見さん。私は、元宗さん見て「いいな」ってただその場で立ち尽くしていました。


「おっ藤村にも春が来たか」

 南君、何を言い出すんですか。

「おいおい、お前大丈夫か?」

 藤村君も突然の事に驚きながら元宗さんの両肩を掴んで慌てて彼女を突き放します。

 元宗さんの方も今自分が何をしたのか冷静になったみたいで真っ赤な顔して俯いちゃった。

 元宗さんに嫉妬心は起きませんでした。今の感情に素直に行動できる彼女を凄く羨ましいと思いました。私も数歩進んで藤村君の目の前、元宗さんの隣に立って俯きます。

「元宗さん両肩しっかり掴まれているのいいな。それ私にもして」って言えないままです。

「何だよ二人して、変だよお前ら」

 私、何してるんだろ。


 一通り騒ぎも落ち着いてから全員で改めての話し合い。さすがに七人も部屋に入ると部室の中は窮屈ですね。

「では、新たなメンバーが加わったという事で、作業の流れをもう一度お復習いするぞ」

 藤村部長は展示内容と大まかな作業スケジュールを説明。そして全員の作業分担を振り分けます。この人数での部室での作業はさすがに無理があるので、明日からは第一校舎科学棟二階の生物教室が私達の活動の場となります。


「気合い入れていくぞ」

「おう」

「頑張るぞ」

 

 全員で文化祭での展示成功を目指して檄が飛びます。七人の拳が一斉に空に向けて突き出されました。


          *          *


 奈良県十津川村での事件から約三ヶ月、そして先日の日曜日の化物の事件からもう一週間も過ぎているのにまだ具体的な敵の特定が出来ていないとは一体どういう事なんだ。

 しかも今日になってようやく化物に関する情報開示も行われるという。そんなもどかしさに木崎正文警部は会議室の机を強く叩いた。

 早期退院してきた水原龍子巡査部長は未だ左腕はギプスで固定されてはいるが、それ以外は回復したようだった。


 会議が始まると藤堂参事官が現在までの状況を説明する。

 奈良県十津川村で死亡した元自衛隊員二名が使用していた銃器から、それが在日米軍経由の横流し貧であったという事が割れ、逮捕された米軍兵士への資金の流れからある都内某所のビルが特定された。

 複数企業が名を連ねるビジネスビルではあるが、そこに登録してある実態の無いペーパーカンパニーまで辿り着いた所で捜査は行き詰まっていた。

 なぜならそのペーパーカンパニーは日本の政治家達のマネーロンダリングによる裏金製造機として利用されていた架空会社だったからだ。つまりは政治的ブラックボックスというやつだ。

 これを暴かれ情報が流出すれば政治的大スキャンダルが巻き起こり、名のある幾人もの政治家達が政界から姿を消すことになる。そういった政治的圧力により、その架空会社に捜査のメスを入れる事が出来ないでいたのだ。


 それが動いた。

 その経緯については高森雪緒が集まった皆に説明する。

 我々が担当する今回の案件に関わる敵として『人外』の存在が確認された事がその大きな要因となった。『人外』による事件には『人外』が対処する。これは日本国内に於ける暗黙の了解事項。

 人間の世界だけの話ならば有力政治家達の『政治的圧力』とやらでこれまで同様に有耶無耶にしてもみ消すことが出来たかも知れない。

 だが、この日本国に協力する国内の『人外』はいわゆる超法規的存在であり、日本国の法に殆ど縛られず独自の倫理観によって行動する為、政治家如きが振るう政治権力など全く通用しないのだという。

 それら『人外』が今回の案件に対して強権を発動して動き出すと知り天地をひっくり返す程に慌てふためいたのは日本政府であった。

 急ぎ彼等は自らがブラックボックス化してきた架空会社を独自に捜査し、そして二人の人物を特定。その情報を我々に提供するという事で架空会社にそれ以上の捜査メスを入れるのを止めて欲しいと要求してきたというのだ。


 ここまで聞いて、自分もそうだが隣に座る水原巡査部長も日本政府の腐敗っぷりに呆れ返っている。

 生け贄を差し出すから我々の裏金づくりは以降もお目こぼしをお願いするというのだ。図々しいと言うか何というか。

「そういえば仕事の忙しさにかまけて選挙に行ってなかったっす」

 水原なんてそんな愚痴まで言い出す始末だ。まあ、自分も彼女と同じなので何か偉そうに言えるわけではないのだが。

 そんな事より今は事件の究明の方が先だ。木崎正文警部は手を挙げて高森雪緒に質問する。


「それで、日本政府が生け贄として差し出して来た二人というのは?」

「現役の『防衛大臣』と『外務大臣』の二人だよ」


 調査した日本政府側の見解では、裏金づくり用にその架空会社は存在している為に政治家への入金記録だけがあるのが普通なのだそうだが、その二人については入金だけでなく架空会社を通じての複数の出金記録が存在するのだという。

 そして、その金額の一つが在日米軍横流しに関わった兵士が受け取った報酬額とも一致する事から黒と断定されたらしい。


「複数の出金記録?」

「ああ、政府御用達のブラックボックスである事を利用して、NPO法人や中小企業、小さいものは街の中華屋にまでそれは及んでいる」

「それって…やはりあれか。しかしあからさますぎないか?」


「外国の、特に某国のスパイ活動拠点への資金提供の中継地としての協力をその架空会社を用いて行っていたと考えるべきだね。つまり二人の大臣は某国のスパイ活動の協力者でもある」


 高森雪緒は言う。

 権力の座に就く者の多くは自身の力に溺れ、幼稚とも思える程の杜撰な行動を取る事が多い。それは悪事が発覚しても力でもみ消せると過信しているのがその最大の理由なのだと。

 彼女はその例えとして閣僚や官僚の国会答弁を挙げ、まるで小学校の反省会レベルの言い訳を並べ、議員達からの質問を躱した気になっているのを見れば一目瞭然と断じて見せる。

 そして今回は『絶対に捜査のメスが入らない安全な隠れ蓑』としてその架空会社を安易に利用し続けていたというのだ。頭の回る者ならもっと他の方法を考えただろうにとも付け加えた。


「それで、その二人の大臣は逮捕されるのか?」

「彼等は今、例によって某国への外遊中だよ。戻ったらすぐに捜査が入る事になると思う。でもそれは私達の仕事じゃ無い」


 その通りだ。ここに集った我々の仕事は『敵』の正体を明確にする事。

 まずは在日米軍から横流しされた多数の武器弾薬がどこに流れたのかを突き止めねばならない。

 そしておそらく、現役大臣二名のその出金記録に名の挙がっている取引先のどれかがそれに相当する可能性が高い。

 これについては捜査継続という事で話は締め括られ、次に自分の欲しかった『人外』とかいう化物の情報公開がなされた。

 先の資料は回収され、新たに配られたたった二ページ程の資料を見て、「これだけか」とそう木崎正文は不満の声を漏らす。


 開示されたのは『雪女』と『ぬっぺらぼう』の二つだけ。しかも大まかな概要しか書かれていない。そして『雪女』の資料の方には高森雪緒がピースサインして笑う写真が貼られている。

 今でも信じられない。俺の目の前で笑っているあの若造が齢数百歳の化物ババアだと? 全く頭がおかしくなりそうだ。

 そもそも『雪女』なんていうものは雪国の雪の中に現われるものだろう。こんなホテルの会議室に堂々と居る方がおかしいんじゃないのか?


 高森雪緒の説明によると『人外』一種族の現存個体数は一か二であるのに対して、『ぬっぺらぼう』ってやつはその昆虫の様な生態から数百を超える個体数を持つ一大勢力で、各地に群れて生活する巣を持っているのだという。

 彼等は日本国内の人間と『人外』との和平協定に反発して離脱した存在であり、かつて彼等を迫害し狩り続けた日本人に対する強い憎しみを抱き続けている。

 国内の『ぬっぺらぼう』の巣は既にその殆どを掃討した筈だったが、海外に逃れた個体が復讐の為に戻って来た可能性もあるという。

 当然、彼等が望むのは日本人への復讐であり、人間と『人外』とが再び相争う昔の様な敵対関係に戻る事であろうと高森雪緒は自身の見解を付け加えた。


 加えて日曜日に起った事件についても彼女は考察する。

 最重要警護対象人物である高森由季子はまだ完全体の『雪女』ではなく人間から『人外』への変質過程にある混血の状態にあるという。

『ぬっぺらぼう』の狙いは高森由季子の殺害ではなく拉致だった事から、この変質過程という状態にこの事件の鍵があるのかもしれないのだと。


 ふと横の水原龍子に目をやると、彼女は書店で購入してきたらしき『日本の妖怪大百科』なる子供向けの本に目を通している。

 現在の状況を鑑みて、そんな彼女の行為を遊んでいるとは言い難いが、つい口に出してしまう。


「タツ子、何だその本は。会議中だぞ」


「いやあ、実際この目で見ちゃいましたからねえ。弱点ぐらいは研究しておかないと。資料にも少しありましたけれど、国内の不審死や孤独死で処理された案件の殆どが『ぬっぺら』とかいう奴の仕業だったんすね」


「ほらそこ、私語を慎みなさい」

 まるで教師の様な口調で俺達を叱る高森雪緒。水原がそれに質問で返す。


「あの~、『ぬっぺらぼう』って人間そっくりに化けちゃうんすよね。それに記憶まで奪って自分のものにしてしまう。どうすればそいつらが化けてるって見破れるんですか?」


 高森雪緒がしばし考えてから口を開く。

「奴らは化けた人間の顔の部分が本体で弱点になる。だから鼻を摘まんで捻るとかかな?」  

「それは簡単そうで難しいっすね。とても勇気のいる行為ですよ」


 会議室に笑い声が起きる。着席した水原龍子に名を呼ばれた。何だと横を向いた俺の鼻を彼女が摘まんで捻る。痛えよ。

「木崎警部は本物っすね」 

外事六係との顔会わせのとこまで書きたかったけれど、文章量がかなりオーバーしたので次話に持ち越します。

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