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真夏の雪  作者: つむぎ舞
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日曜日の惨劇②

 対象に貼り付けない警護。高森由季子の周囲に近づく者達には細心の注意を払っていた。

 高森由季子とその友人の三人は、ただこの辺りを散策しているだけの様だった。

 彼女達が立ち止まったのは尾道中央高校の教育実習生の一人、中嶋義人の実家。

 六月に新しく学校を訪れた部外者である教育実習生達については支援要員が既に調査済み。生徒四人が教育実習生の先生の家を訪れたというだけのはずだった。

 しかし家の中に招かれたのは四人の中で高森由季子唯一人だけ、残された女友達三人の不安げな表情に違和感を感じた時には自身の対応の遅れを悟った。


 高森由季子の友人三人には二人の警戒員を付けて保護し、四人を家の周囲に配置すると水原龍子巡査部長は残りの警戒員二名を率いて中嶋邸の玄関ドアを強引に蹴り開けて内部へと突入した。


「動くな」

 自動拳銃を構えてその場にいる男女二人に警告を発する。階段に腰掛けている若い男は写真で顔を認識している。彼が中嶋義人で廊下の突き当たりで高森由季子を壁に押さえつけている中年女は母親か?

 警護対象を保護しようと二人の警戒員が中年女に向かうが、女の首だけがぐるりと百八十度回ってこちらを向くと左腕を一振り。二人共が吹き飛び壁に叩きつけられる。

 人で無い『もの』の存在を感じた。水原龍子は起き上がり体勢を立て直す二人に男の方を頼むと告げて自ら中年女に躍りかかった。

 怪力で振り回す女の腕を受け流すと壁に腕がめり込む。女の膝裏を蹴り体勢を崩そうと試みるが蹴り足がゴムのような硬い弾力に弾き返されてしまう。


「これならどうだ」

 水原龍子は女の脹ら脛に自動拳銃を二発発砲。僅かに女が体勢を崩したた所に体当たりを加えて押しのけ、高森由季子を解放した。

「外に逃げて」そう彼女に伝えた。中年女の攻撃を何とか凌ぎながら横目で彼女の姿を追う。

 玄関ドアを目指す高森由季子の足が止まる。警戒員二人を倒してドアを塞いで両手を広げて立つ中嶋義人の姿。高森由季子は走って階段を上り二階へと逃れた。


 凄まじい力で吹き飛ばされ、ガラスの格子戸を突き破る。転がった先は台所。水原龍子はそこで噴き出した異臭に見舞われた。吐き気を覚える程の死臭、床に転がる干からびた遺体が三つそこにあった。

 もう射殺を迷わず中年女の胸に今度は三発の銃弾を撃ち込んだ。

 ケラケラケラと不気味な笑い声を上げて女は平然と突進してくる。こいつ、死なないのか。背筋が冷たくなる感覚を無理矢理振り払って女の攻撃を左腕で受け止めると同時に右回し蹴りを中年女の顔面に放つ。


「くそっ」

 女の強力な打撃で体が浮き、放った蹴りは擦る程度しか女に触れなかったばかりか、自分はキッチンに激突してかなりのダメージを負ってしまった。左腕は完全に折れ、息が詰まってすぐには動けない。

 追撃がない? 見上げると中年女が顔面を両手で押えて苦しんでいる。蹴りは鼻先を軽く掠めたぐらいでダメージは殆ど入っていないはずなのに。

 こいつの弱点は顔か。


「水原巡査部長」

 周囲に配した四名が銃声を聞きつけ一階の裏口ドアや窓を破って室内に突入して来た。拳銃を構えた警戒員四名に包囲された中年女の顔がグニグニと変形を繰り返して崩れていく。そして目も鼻も口も無い真っ白な顔が現われた。


「早く撃て」

 水原の声に反応して四人全員が発砲する。三八スペシャル弾が中年女、いや化物の体に穴を開ける。水原龍子は倒れたままの姿勢から自動拳銃を持つ右手を伸ばして化物の顎下から頭部を撃ち抜いた。

 力なく崩れ落ちる化物。その体から水分が抜けてそれは急速に萎んでいく。水原龍子は対象の死を理解した。

「もう一人いる。二階へ急げ」

 水原の声に四人の警戒員が階段を駆け上がっていく。それに遅れて体を引きずりながら水原龍子も階段を上った。

 対象の力を理解していない四人。上で大きな音が何度かすると静かになった。僅かに聞こえるのは警戒員達の呻き声だけ、既に全員が倒され気を失っている。

 水原龍子は力なく垂れた左腕をそのままに、自動拳銃を持つ右手を突き出しながら部屋を検索する。彼女の持つSIGP二三〇自動拳銃は装弾数八発。残りの残弾は二発である。

 通りに面した二階の一室、大きな窓のそばで彼女は敵である中嶋義人と相対した。


 意識無くぐったりとした高森由季子の体を抱え、その片手は彼女の首を掴んでいる。その怪力なら首をひねり潰す事ぐらい造作も無いとでも言うのだろう。

 この化物の弱点の頭部を撃ち抜くのは容易い。しかし頭部を撃った反射で化物が彼女の首をひねりつぶしてしまう事もありえる。どうする?


「まず、拳銃を捨ててもらおうか」

 従うしかない。腰をゆっくりと落としながら自動拳銃を床に置き化物の方へと滑らせた。奴がそれを拾おうとした時に首に置いた手が離れるはず。それが唯一のチャンスだ。レッグホルスターに隠し持つ予備のもう一丁の小型拳銃、二五オートで奴を倒す。

 自分の表情から何かあると感づかれたか、化物は高森由季子を自分に投げつけてきた。彼女を受け止める拍子に体が回り、後頭部を強く強打された。

 崩れながら水原龍子は意識を繋ぎ止めようと化物の足を強く掴んだ。奴は自分を見下ろして笑っていた。

「ケラケラケラ、残念だったな。今度はお前の顔と記憶を貰ってYと共にここから去れば良いだけだ」


 窓ガラスが小さく割れる音、ぼやける視界の中で化物が棒の様になって宙に浮き、そして自分の目の前に倒れ込んだ。頭部を撃ち抜かれた化物の体が急速に萎んでいく。これ、狙撃だ。

 高森由季子の無事を確認しようと起き上がろうとしたが倒れ、水原龍子巡査部長はその場で力尽きて意識を失った。



 事件のあった中嶋邸から直線で約四百メートル離れた通称『禿げ山』の稜線の森の中、擬装のギリスーツを着用した自衛隊特殊作戦群の狙撃要員はM二四対人狙撃銃のスコープを見つめたまま静かに銃の廃莢を完了させる。

 すぐ隣の観測要因がマイク無線で指揮所に報告した。

「バンカー〇三、敵対目標の排除を完了。警護対象周囲の警戒を継続す」


          *          *


 学校が休日という事で尾道ホテルで待機中だった木崎正文警部は連絡を受けて車を飛ばした。途中、遅れて連絡を受けた高森雪緒を拾い、二人で一路事件現場を目指す。

「急いで、木崎ちゃん」

 助手席でやきもきするこの無礼な女にいつものように文句は言えなかった。スーツ姿の彼女の襟に付けられた階級章は藤堂参事官と同級の警視長、こんな若造が警視長だと?

 警護対象高森由季子が襲われSPの水原龍子巡査部長と八人の警戒員の内、接敵した七人全てが重軽傷を負う事態に陥り拳銃の複数の発砲も確認されている。

 報告では犯人二名は射殺、しかし他に三人の遺体が発見されてもいるという。一体何が起こったのかをこの目で確認しなければならない。


 二十分をかけずに現着すると一帯は全てすでに封鎖されていたが、先程到着したばかりらしい六係が今回は慌ただしく動いている。鑑識は? 鑑識の姿がない。なぜだ。

 高森雪緒はすぐに保護した女子高校生四人の元へと足早に向かう。その中の一人が高森由季子、対象が無事ならば皆、職務を果たしたという事だ。

 救急車が到着してくると、台車に乗せられ運ばれる水原龍子が自分の目の前を通る。

「おい、タツ子大丈夫か?」

 自分の声を聞き、閉じた目を開いて水原巡査部長は声を発した。

「危なかったですよ木崎警部。一体何なんですかね、あれは」

 あれと言われても分からない。とにかく彼女の無事が確認出来て安堵した。

「しばらく入院だな。見舞いには行ってやるよ」


「じゃあ見舞いの品にあれをお願いするっす。長江三丁目バス停横の小道を入った所にある『茶房カモン』のバターワッフルが食べたいっす」


「用意しよう」

 彼女は動く右手でよっしと拳を握り、自分の目の前にピースサインを繰り出してくる。

「どうした。そんなに嬉しいのか?」

「二個お願いしまっす」

 苦笑いしていた。高森雪緒といいこいつといい、自分に対する厚かましい態度は良い勝負だ。二人を直接会わせてみると面白いだろうと考え、恐ろしいことを想像した自分に肩を竦めた。


 鑑識が来るまで現場保存が鉄則だが、六係の連中はお構いなしに家の中を行き来している。

 ならばと木崎正文も家の中に足を踏み入れた。

 死臭、ハンカチで鼻と口を覆った。運び出されていくのはこの家の住人だった者達の三つの遺体。その姿を確認すると干からびたミイラの様な姿をしている。これはどういうことだ?

 六係の連中はその遺体には興味がないらしく、奥の方で何やら形容し難い物体を念入りに調べている。人間の顔の大きさぐらいのクラゲみたいなもの。昆虫の足の様なものが生えているのが遠目からでも見て取れる。そして彼等の話す単語の中に『ぬっぺら』という語句が頻繁に登場する。

 もしかして、あんなものが水原と護衛の警察官達をあんな目に遭わせたというのか。信じられん。


「あれは『ぬっぺらぼう』だよ。木崎ちゃん」

「『のっぺらぼう』ですか」


「呼び名はどちらでもいいけれど、こいつらは殺した人間のDNA情報と記憶を奪い取り、そっくりな人間に化けてしまう。本体が頭部で体は造り物のゴム人形みたいな連中だよ。死ぬとこんな不気味な元の姿に戻るってわけさ」


 そして倒した敵と遺体の数が合わないことから、もう一匹人間に化けた『ぬっぺらぼう』がまだ尾道に潜伏しているはずだと彼女は言う。

 にわかには信じ難いが、それが事実だとしたなら。そんな得体の知れないものの存在を隠して自分達に警護を命じていたという事になる。そんな奴らに怒りを覚えた。当然、その矛先は警視長の階級章を付けた目の前の女、高森雪緒に向いた。


「あんたも六係も皆こいつの事を知っていたのに俺達に情報を渡さなかった。対象を守り抜く為には殉職も辞さないのが俺達の仕事だが、それは俺達個人の使命感に託されている。お前達がやった行為はそんな俺達に何も知らせずただ死ねと言っているのと同じ様なものだろう」


「違う。こいつらが関わってるとは私達も知らなかったんだよ」

「六係がこいつら専門の部署だって事ぐらいは今の俺でも察しがつく。六係がこんな地方へ派遣された理由もそれで説明出来るじゃないか。お前達は嘘つきだ」

「そうじゃない。木崎ちゃん」


 怒りに任せてそう叫ぶ自分と高森雪緒のやりとりは六係の連中の目を引いた。構うものか、こいつらのおかげで部下が同僚が酷い目に遭ったのだから。

 高森雪緒が突然キッチンの蛇口を捻って水を流すとそれを手で掴み、瞬時に凍らせた棒状になった氷を自分の目の前に差し出す。今、彼女は何をした?

 無言のままの自分に彼女は吸い込んだ息を吹きかける。スーツが凍る。いや、髪の毛がまつ毛が凍る。パキパキと音を立てて自分自身が凍りつこうとしているのか。


「止めて下さい。高森さん」

「これが私、『雪女』高森雪緒の力の一端」

 六係の誰かが声に出し彼女を制止する。自分をじっと見上げる高森雪緒がそう自分に言った。『雪女』と言ったかこの女。しかし今は冗談を言い合える状況ではない。


「私自身があんたらの言う化物ってやつさ。正式には『人外』と呼ばれている。『雪女』の一族高森一家が関わっているから六係はこの地方都市へと送られたのさ。それが私達がここにいる理由なんだよ。『ぬっぺらぼう』の事は今初めて知った。それでいいかい木崎正文警部」


「納得はしていませんよ。でも今はその説明で引きましょう」

「この件に『人外』が関わってきたとなれば、木崎ちゃん達にも情報は開示されるはずさ」


 自分にはまだ高森雪緒が自分を化物だと言った言葉を信じられなかった。

 超能力とかそういう特異体質な人間の話は聞いたことがある。その類いだろうとしか考えられない。

 事件の事情聴取のために女子高校生高森由季子には本部のある尾道ホテルへと同行を願い、二人の警戒員と共に四人で車に乗って移動する。

 高森雪緒は彼女の教え子でもある他の女子高校生三人をそれぞれの自宅へと送り届けた後に尾道ホテルで合流する手筈となっている。

  後部座席に座る高森由季子は少し緊張気味だ。それでも彼女の方から質問してきた。


「警察のおじさん。私を護ってくれた女の人は無事ですか?」

「ああ、水原龍子巡査部長も他の者も怪我はしたが無事だよ」

「そうですか、よかったです」


 この高森由季子も普通の女子高校生にしか見えない。彼女もその『人外』とかいう化物ってやつなのか?

「私は戦おうとしたんですけれど全然かなわなくて。ごめんなさい」

「君は気にしなくていい。それがおじさん達の仕事だからな」


 尾道警察署警備部門の警戒員二人も彼女の物言いに少し笑っている。良い子だ。少なくとも自分は高森由季子にそのような印象を持った。

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