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真夏の雪  作者: つむぎ舞
23/30

日曜日の惨劇①

 今日は日曜日。

 約束通りお昼組のお友達三人が我が家へ押しかけ、いえ、遊びに来る日です。

 朝の十時代の最初のバスに彼女達は乗っている筈なので、私はその時間に合わせて松岡団地口バス停へと三人を迎えに行きました。丁度尾道駅方面からのバスが到着、三人が降りて来ます。

 家の側に畑がある様な環境は相見さんだけで、元宗さんと大福さんは街の子。二人ともバスを降りると背伸びしながら大きく深呼吸をして「ああ、空気が美味い」だなんて言います。


 三人の私服姿を見るのは初めてです。

 皆、結構お洒落して決めて来ています。大福さんの白い帽子がお嬢様ぽくてかわいいな。

「ここが高森さんの縄張りですか、とりあえず藤村の家はどこかな?」

 三人揃って最初に私に聞いてきたのがそれ。私達の立つ位置から通り向かいのバス停にあるお店の裏側にあるのが平美容室。そこから数えて二軒目のお家が藤村良介君のお家です。

 彼女達、私にそれを聞いておきながら藤村邸をチラ見しただけですぐに私の家の話題に話を転化します。楽しみはお昼からに取っておこうって事みたいです。


 三人は私が転校生だから住宅地の方に住んでいると思ったみたいで、信号を渡り松岡団地の方へと行こうとします。私はそれを慌てて止めて、家のある方角である松岡の集落を指差しました。

 国道脇の細い歩道を五十メートルほど北上すると左手に現われる下り道、田んぼと畑の中にあるガードレールもない車一台がやっと通れるぐらいのコンクリート道を進んで行きます。

 その道を歩きながら三人は、道の下の田んぼを覗き込みながら「落ちそう」なんて言いながらも楽しそうです。

 集落の入口にある『イノシシ出没中』の注意看板の横には警備員の人が立っていって「猟友会の人達がいるから山の中には入らないように」と伝えてくれます。

 松岡集落の中の山の方に伸びる坂道を上りきれば我が家が見えてきます。先に走って皆を先導しました。坂の上から手を振る私に、三人とも肩で息をしながらよたよたと坂道を歩いてきます。

 妹の有喜乃も家の庭から私達をお出迎え。


「これが高森家。今流行の古民家ってやつかな」

「私も妹も今風の家に住みたかったのに、お婆ちゃんがここにするって決めちゃったの。だから古風なんですよね」

「お婆ちゃんの趣味なら仕方ないか。でも私はこういうのも良いと思うな」


 母屋の広い縁側に四人で腰掛けて心地よい初夏の風を受けながら目の前に広がる風景を楽しみます。我が家は山の中腹に建つ家なので、国道を走る車や松岡団地口のバス停付近、そして向かいの山にある松岡団地の方までを一望できるのです。


「皆さん、いらっしゃい」

 お母さんがジュースの差し入れを持って来てくれました。庭で砂遊びしている有喜乃の分もあります。

「お姉ちゃん。これ、凍らせて」  

 妹が私にそう言いながらジュースの入ったコップを差し出してきます。その言葉に首を傾げる三人。妹のコップを持って私は一度家の奥の間へと移動、コップのジュースぐらいなら両手で押えて念を込めればシャーベット状には出来るのです。前に妹にそれを見せたら味をしめちゃってね。

 サクサクになったジュース入りのコップを妹に渡すと大喜び、三人は魔法? だなんて言いますが、砕いた氷を入れて掻き回しただけって説明でごまかしておきますね。


「由季子、お昼ご飯はどうするの?」

「お母様、ご心配なく。私達は今日のお昼は『一番屋』でラーメンを頂く事に決めているのです」

 お母さんの質問に元宗さんがそう答えます。『一番屋』というのは松岡団地口のバス停のすぐ近くにあるラーメン屋さん。私が初めて尾道に訪れた日に家族で訪れたお店でもあります。

 三人の中でもラーメン通を自称する相見さんの情報によれば、『尾道ラーメン』が広まるきっかけを作った街の老舗に比べると歴史の浅い店ではあるが、今ではその一角に名を連ねるといってもいい存在のお店なのだそうです。


「お母さん、私もお昼はラーメンがいい」

 妹の有喜乃もそんな事を言い出しました。

「あら、じゃあそうしようかしら。そのお店は出前をやっているのかしら」

 大福さんがすかさずスマホを取り出し早速お店を検索、これですとばかりに店舗情報を見せると、お母さんが電話番号をメモしています。

 

 大福さんが立ち上がり、珍しいからって我が家をスマホのカメラで撮影していきます。茅葺きの母屋に牛小屋の跡。

「これはい草を畳の材料に加工する機械みたいですね」

 作業場にある埃まみれの機械についての私の説明を聞きながら、大福さんは興味深げにそれも撮影。

 そして最後にお母さんに何とかスマホのカメラ機能を教え込んで、私と妹を加えた五人での記念撮影を完了。

「よっし、それじゃあラーメンだ。探検だあ」

 元宗さんが声を上げて張り切っています。お昼からは藤村邸の偵察と教育実習生の中嶋先生のお家を捜索する事になっています。私もお腹がすいてきました。



 松岡団地口バス停そばの信号を渡ると私の行きつけの小さな書店があります。その裏手にあるのが『一番屋』です。私は二度目の来店になりますが、三人にとっては初めてのお店。

 店舗横の換気口から吹き出す湯気が店内の活気を物語っています。赤いのれんをかき分けていざ突入。一番奥の座敷席に私達は陣取りました。

 テーブル席の方には見知った顔が、「こんにちは」って挨拶すると彼女はラーメンを啜りながら片手をちょっと挙げて応えてくれました。


「誰、知り合い?」

「朝夕のバスでいつも一緒になる女の人です」

 名前は知らないけれど私の警備を担当してくれている人。三人にはゆま先生の知り合いって答えると、彼女達の興味も失せたようでメニューに集中し始めます。

「このお店はたっぷり野菜に生卵が乗った『ちゃんぽん』が有名なんだよ」

 私は生卵が苦手なので醤油ラーメンを注文。他の三人は『ちゃんぽん』で決まりみたい。ラーメンが到着する間は、しばし尾道のラーメン店談議を開催。

 元宗さんは本通り商店街近くに住んでいるのでやっぱり老舗の『つやふじ』だって言うのに対して相見さんは川上口バス停そばの『豚珍亭』のスタミナラーメンがお気に入りだと力説します。『つやふじ』が王道の尾道ラーメンなのに対して『豚珍亭』は老舗でありながら少し異色な存在らしく、最近では変わり種のハンバーグラーメン等もあるそうな。面白そうなお店ですね。

 大福さんの住む新浜にも警察署のそばに『一番』を号するお店があるそうで、そこはラーメン専門店では無く中華が食べられるお店なのだそうですが、そのお店のラーメンが彼女はお気に入りだと言います。

 みんな、それぞれ拘りのお店があるんですね。


 ラーメンが到着、しばらく三人でその味に舌鼓を打ちます。お腹が膨れてくると口元も緩みます。


「高森さん。最近藤村とはどうなのよ」

「どうって、何もありませんよ」

「毎日生物部で会ってるんでしょ。絶対に何かあるって睨んでるんだけどな」

「生物部は今、文化祭に向けての準備で大忙しなんですよ。だから」

「むむむ。だから毎日藤村を独り占めってか」

「そんな訳無いじゃないですか。他の部員達も一緒にいるんですよ」

「南に日吉か、あいつら気が利かないな」

「だから、そんなんじゃ」

「無いなんて本当に言い切れるのかな?」


 そう言って三人が私に詰め寄って来ます。鋭いです。

「無意識なんだろうけれど、教室で藤村の姿を目で追ってるのを何度も見ちゃってるからねえ。バレバレなんですよ」

 大福さんの一言にそうそうって元宗さんも相見さんも頷きます。あわわわ。


「でも藤村君には好きな女の子がいて、彼女の学校帰りの姿を歩道橋の上からずっと見てるんです。その子凄く綺麗で、とても私勝てそうにないし」 


「何それ、初耳だぞ。これはちょっと捨て置けないな」

 声を上げる元宗さんに対して相見さんは誰だろうと、小中学時代の女子生徒を頭の中で検索。大福さんは細く閉じた怖い目で私に言います。

「それってまだ付き合って無いってわけだよね。だったら先に奪っちゃえばいいんだよ」

「藤村君、今はまだ誰とも付き合わないってクラスで宣言してたし」


「だからさ、友達以上恋人未満の関係になればいいわけ。藤村にそういう関係の女子はまだいないから、その座を狙いなさい」


「どうすればいいんですか?」

「やっぱり学校外でのイベントで親しくなるのが早いんじゃないかなあ。学校とは違う自分をアピールするのよ」

 大福さんと私の話に元宗さんが乗っかってきます。

「『尾道みなと祭り』はもう終わっちゃったから次は『住吉の花火祭り』かな。尾道の夏のビッグイベントの花火祭りに藤村を誘うんだよ」


「そうだね。夜のイベントですからちょっと大人の雰囲気で親密度もアップ。浴衣姿の高森さんに藤村もメロメロって寸法で完璧」


「デートってやつですな元宗殿」

「ふふふ、デートってやつですよ大福殿」

 二人とも話し方が変ですよ。悪い顔になっています。


 実は花火祭りに藤村君を誘いたいっていうのは、私も心の中では考えていた事でした。うん、友達同士で花火を見に行くなんて普通ですよね。でも二人っきりというのはちょっと無理かな、私は三人にお願いしました。


「藤村君を花火祭りに誘って了承を得たらですけど、皆さんも一緒に花火祭りに来て欲しいんです。二人でなんて言ったら断られるかもしれないし。お願いします」


「そうだね、あいつ結構堅物だから。そうなったら私達も協力するよ」

「ありがとうございます。頑張ってみます」

「そうそう、その意気だよ」


 おしゃべりに夢中になっている間にあの女の人は消えていました。

『一番屋』ラーメンを出て少し歩くと藤村君の家はすぐそこ。我が家の女子行きつけの平美容室の建物の陰から藤村君宅をこっそり偵察。

 大きな車や重機がすっぽりと収まる巨大な駐車場の閉じたシャッターには『藤村工業』の文字。建築関係のお仕事をしている家でしょうか。その車庫の上に建つ大きな二階建ての家が藤村君のお家ですね。

 しばらくその周囲をぐるぐると回って散策、まさに怪しげな四人組と化しています。

 でも今日の目的はここではありません。本命は教育実習生の中嶋先生のお家の探索。

 元宗さんは他の実習生の方から昔の名簿を借りてきて中嶋先生の住所をちゃっかりと調べていたのです。住所検索は大福さんのスマホを使い、表示された地図の通りに歩いて行きます。

 藤村邸の前の坂道道路を上って行くとすぐ道は金田病院の所でくの字に曲がり、しばらく歩いて次の十字路を右に曲がると地図で竹屋団地と記された地域に入ります。この団地にある公園の向かいが中嶋先生の家。表札も確認しました。


「ここが中嶋先生の自宅かあ」

「でも何か変だよ。花壇の花とか植木とか全部枯れちゃってるし。人が住んでるのかな?」


 相見さんがそう感じるのも無理はありません。玄関前は枯れた植物の葉が散ったまま掃除もされていませんし、何か他の家と比べても全体的に生気を感じないというか。

 でも元宗さんはそんな事では怯みません。彼女は中嶋先生にちょっと入れ込んでいるみたいで「せっかくだし挨拶して行こう」なんて言い出します。

 迷惑になるかもって私と相見さんが尻込みするのも何のその、元宗さんと大福さんの二人は門の呼び鈴を鳴らします。

 二階の窓から顔を覗かせたのは中嶋先生御本人。思わず四人で先生に向けてお辞儀です。

 中嶋先生は私達に軽く手を振ると部屋の中へと戻りました。しばらくして玄関のドアが開いて中嶋先生のお母さんらしき人が私一人を中へと招きます。


「また高森さんだけ? 何かズルい」

「呼ばれてるみたいだし。行っておいでよ」


 何で私だけが呼ばれるんだろう? 不思議に思いながらも皆の言葉を背に受けて言われるままに先生の 家の中へと入りました。

 玄関で靴を脱ごうとしていると背を後ろからドンと突き飛ばされて体ごと廊下へ転びます。そして先生のお母さんがドアの扉をロックしてしまいました。

 二階から下りてくる足音。


「こんなに簡単にYが手に入るとはね。警備をどうするか悩んでいたのが馬鹿みたいだよ」


 中嶋先生が訳の分からない事を私言います。そして二人ともケラケラって聞いた事も無い声で笑い出します。この二人一体何なの? 怖くなって二人を押しのけドアから外へと出ようと試みましたがダメでした。私は中嶋先生のお母さんに捕まり廊下の奥へと放り投げられてドンと壁に激突。

 声を上げようとした口を塞がれ、体も強く押さえつけられてしまいました。

 凄い力、声も出せないし振りほどけもしない。


 誰か助けて。

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