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真夏の雪  作者: つむぎ舞
21/29

球技大会に向けて

 午後の職員室。

 この場所に自分の机を持たない高森雪緒は、手持ち無沙汰を紛らわせるために窓の外を何となく眺めていた。

 その日の掃除時間が終わり、午後からの授業開始を告げるチャイムを着席して静かに待つ先生達の前で、三年生の学年主任である倉田先生が一学期期末テストまで残り二週間の張り紙を職員室内に大きく貼り出します。これは生徒達に伝える為では無く、教師達に試験問題作成の期日が迫っている事を示す通達。

 全校の行事予定を書き記す壁のホワイトボードの六月の蘭には一週間後に迫る球技大会、そして七月の三日間には期末考査と書込まれていきます。

 ボードの八月の蘭にはまだ八月六日の全校登校日のみが記されてそれ以外は空白、二年二組担任の奥田先生は八月一日の蘭に『二年二組特別勉強会』と書込んでいきます。


「特別勉強会ですか」

 そう奥田先生に尋ねたのは他の教育実習生達と共に職員室を訪れていた中嶋先生。彼は今は生物室での実験の授業を主に担当しています。


「最近、うちのクラスの勉強熱が結構いいかんじに上がっていてね。夏休みにクラスで集まっての勉強会を開きたいとクラス委員から提案があったんだよ」


「そうですか、私の時代にはそんなにクラスは団結していなかったなあ」

 奥田先生はちょっと彼に自慢げです。

「では高森先生、そろそろ行きましょうか」

 生物準備室から早々に職員室に来ていた私に奥田先生が声を掛けてきます。五限目のホームルームの授業では球技大会のチーム編成を生徒達に行わせるのが今日の目的。

 中嶋先生はまだホワイトボードを見ていますね。

 球技大会が終われば彼等の教育実習生としての学校生活も終了。彼なりに思う所もあるのでしょう。

 実は教育実習の最終日の夜にはいつも厳しく彼等に接する倉田先生が、彼等の慰労の為に行きつけのバーでのカラオケ大会をサプライズ企画していたりします。

 まだその事は実習生達には内緒なのですけれどね。


          *          *


 午後の残りの授業はあとホームルームだけとはいえ、お昼の満腹感に初夏の陽気も加わり、教室内はぽかぽかを通り越して蒸し暑さでうだっています。

 既に授業の開始前から意識が朦朧として眠そうな生徒達も何人か。こういう日の窓際の私の席は特等席。全開にした窓から吹き込む風に鼻を突きだして少しだけ幸せな気分に浸れます。

 五限目の始業のチャイムと共に教室内に入ってきた奥田先生とゆま先生の二人。

 でも奥田先生は教室前にある自分の机にさっさと腰掛けて何やら忙しそうに作業をし始め、ホームルームの授業は全てゆま先生に一任する気の様です。

 そういえば、学期末のテストがもうそろそろですね。


 高森由季子は先日の不良達による殴り込み事件とここ数日自身に起った変化について振り返っていた。

 つい先日の他校生徒達による殴り込み事件はマスコミに報じられることも無くごく一部の界隈で噂として語られる程度でうやむやな形で終息しました。

 学校側はこれを生徒同士による些細ないざこざという形で終息を図るために、携帯での録画などがあれば削除し、SNS等での公開はしないようにと生徒達にも注意喚起を行いました。

 それを広めたところで我が校の生徒には誰得の案件。生徒達も素直にこれに従い、既に学校内は何事も無かったかの様な平常運転に戻っています。


 でも、私の周囲にはちょっとした変化がありました。

 尾道中央高校に隣接する二つの中学校。栗原第一中学校と長江第二中学校の女子生徒数人が私の追っかけを始めたのです。

 その発端は単純な勘違い。尾道の名だたる番長格の不良達を一人でシメた伝説の女番長高森雪緒、ゆま先生の悪ふざけで始まったあの事件の主が同性の私だと思われたのです。

 最初、この暑い時期にも関わらずロングのスカートに黒のセーラー服に身を包む女子中学生達に囲まれ「不良達を倒したのはあんたか」と尋ねられ、事実二人ほどは私がのしたので迂闊にも「そうです」と答えてしまったのです。

 その時携帯で撮られた私の写真が彼女達の間に瞬く間に広がり、この私が女子中学生達の間では伝説のスケバン高森として知られる様になってしまったのです。


 ゆま先生は面白いからそのまま続けなさいって言うし。ともかく彼女達は朝の登校時に長江中学校前のバス停で私を出待ちし、そこから尾道中央高校の校門前までの僅か五分程度の道のりを送迎するようにゾロゾロと付いて来るのが日課になりつつあります。

 彼女達とも少しお話ししてみました。

 皆、不良というスタイルへの憧れであったり、家庭の事情からの反発など、様々な事情によって普通の生徒達とは違う道を歩く様になったと言います。

 そんな彼女達が私の通うこの高校入学を目指して「勉強頑張ります」なんて言うんです。県内でもそこそこ名前の知れた進学校である当校、受験勉強もそれなりに大変なはずです。小学校の九九から勉強し直しているなんて言う子もいました。

 しばらくの間は、伝説のスケバン役を演じてみるのも悪くないかもしれませんね。

 知っていますか? スケバンっていうのはただの不良女子を指すのではなくて『弱気を助け強気を挫く、姐御肌の面倒見の良いまとめ役』として不良女子達からの憧れの存在なんですよ。 


「高森由季子。ボーっとしていないで早く窓を閉めなさい」

 ゆま先生の言葉に我に返りました。私も眠かった。ゆま先生の指示で教室の窓が全部閉められていきます。「この暑い中マジで」なんてブーイングが教室内に巻き起こります。

 窓が閉るとゆま先生、今度は教室中の全員に目を閉じるように言います。奥田先生を含む全員がその場で目を閉じ瞑想状態に。


「心頭滅却すれば火もまた涼し」

 時代劇みたいな台詞を口にしながらゆま先生は、そのままの状態で息を大きく吸って吐けと指示します。そういえばだんだん教室の熱気が無くなり涼しくなっているような。そして身震いする程の寒さに。

 これはゆま先生、こっそり空気中の熱を吸い込んでは冷やして吐き出していますね。

 さすがは雪女。私にはまだそんな芸当は出来ません。


「何これ、寒くない?」

「ほら見ろ、やれば出来るじゃないか」

 ゆま先生のそんな言葉に生徒達は半信半疑ですが、教室内が涼しくなったのは確か。一番感化されたのは奥田先生みたいです。目を閉じてもう一度大きく深呼吸すると、満足げな表情で作業にもどります。


「さて、では改めてホームルームの時間を始めます。今日の議題は『球技大会のチーム編成』です。昨日渡したチーム編成用紙を今から提出してください」


 ゆま先生の元に八枚の用紙がすぐに集まります。球技大会はバレーボール。男子と女子の名前がそれぞれ四チームにづつに分かれて名前が書かれています。

 ゆま先生はそれに一通り目を通してから一言、「失格です。やりなおし」と声に出します。

 いきなりのダメ出し。そして出席番号一番の胡本君に球技大会の目的を質問します。

「確か、仲間との結びつきを高め、心と体を鍛え…後はわかりません」

「まあ、君たちの理解度はそんな所ですね」

 ゆま先生は黒板に球技大会の目的と題して五つの項目を書き出します。


1.『心と体の健全なる発達と維持』

2.『同じ目的に向かう協調性を育む』

3.『集団行動を学ぶ』

4.『責任感や連帯感を育む』

5.『リーダーシップの育成』


「ではこの八枚の用紙に書かれたチーム作りを行うのに、この五つを少しでも考慮していたと思う者は挙手」

 手は挙がらない様です。そもそも知らない間にいつの間にかチームは出来上がっていて、私自身どこの何チームに所属しているのかをまだ知りません。

 そしてゆま先生、二枚の用紙を掲げながら言います。


「私が失格と告げた理由は主にこの二枚の用紙が原因です。おそらくこの二枚に書かれた六人で構成された男女のチームがそれぞれ『クラス最強チーム』とかいうものなのでしょう」


 そこには運動部に所属する六名の名前が男女それぞれ記入されていて、他の用紙には運動部だけで構成されているチームは一つも無いみたいです。


「クラス委員の水田。この最強チームなるものはクラスの総意によって選ばれた者達か?」

「いえ、その様な話し合いは行っておりません」

「つまり、この最強チームとやらは運動部所属の仲良し組によって作られているという事だな」


 ゆま先生はそれ以外のチームについても自身の見解を述べます。

 残り六つの内三つが普段の仲良し組だけで構成されたチームで残りはそれ以外を適当に寄せ集めて出来たチームではないかと。そしてこれらを作り上げたのは最強チーム周辺の者達だけによる独断。

 どうやら図星の様です。女子の方は黙っていたけれど、最強チームに名を連ねていた木曽君、熊野君、大本君、佐藤君、高橋君、光元君の六人がそう白状しました。

 ゆま先生は「競技である以上、より多く勝ち抜く事を前提にチームは作られるべきではある」と前置きした上で最強チームに名が挙がっている男女十二人に少し厳しめな口調で言います。


「君たちのチームだけはそれなりに勝ち抜くことが出来るかも知れない。ではそれ以外のチームはどうだ。一回戦敗退が濃厚なものなかりになっていないか? もしそうなら、それはつまり一部の限られた者達の手によってそれ以外の者は見捨てられたという事になるのではないか。

 二年二組の勝利をどうしても得たいと望み、他を切り捨てたと強弁するならば、最強チームとやらが敗退した場合、君たちは自分達が見捨てた他の者達に『申し訳なかった』と詫びる気持ちはあっただろうか?」


「いえ、俺達はそこまで考えていなかったしそんな気持ちもありませんだ。ただ自分達だけが楽しめればそれでいいという思いでチームを作りました。他のクラスメイトのことは適当にしか考えていませんでした」

 

 そう木曽君が言います。

「球技大会は小中学校でも普通に学校行事としてあったけれど、特に先生達から何かうるさく言われた事なんてないよ」

「先生、たかが球技大会でそんな堅苦しい事を言わなくてもいいじゃないですか」

 そんな否定的な声もあります。


「たかが球技大会がなぜ学校行事という形で設けられているのか。それが、ただスポーツをして生徒達に楽しめという学校側からのサプライズだと本当に思っているのですか?

 これは球技大会というクラスの枠を越えて行う体育指導の一つの科目であり、生徒達をどう指導し何を学ばせるかというのを考えるのは本来教師達の仕事なのです。ですが、それが成されていないのは明確な担当が決められていないこと、球技大会が『受験』とは無縁の科目であるからと教師達が軽視しているからです。

 ですから本来、君たち生徒が言わなければならないのは『堅苦しい事を言うな』ではなく『球技大会という授業も真面目にやってください』と教師達に要求することなんだ」


 こんな具合にゆま先生は、私達のこれまでの学校生活で何となく慣例的になっていた意識をまた一つ壊していったのです。


「さあ、考えてみよう」

 ゆま先生の掛け声で二年二組が動き始めます。

 まずはクラス委員の水田君司会により、どういう手順でチームを決めるべきかが話し合われます。結果、賛成多数で可決したのは最強チームに名を連ねていた十二名の内の八人を八チームそれぞれのリーダーとして指名し、一人づつ順番にチームメンバーを選んでいくという方式。

 チームメンバーが増えていくと、次に誰を選んで取るかが自然とチーム内で話し合われます。その過程で今まで知らなかった生徒達の情報や人となりを色々と知ることが出来ました。割れる意見をまとめるのにチームリーダになった人もチームにとっての最善を選ぶ決断を強いられ苦労していました。

 最初は「面倒くさい」なんて言っていた人達も気付けばチーム作りに白熱していて、結果、ホームルームの時間だけでは足りずに、残りのメンバー獲得は放課後、そして翌日まで持ち越されました。


 この球技大会のチームづくりで私は新たに親しく話せる大川さんと藤原さんというお友達が出来ました。お昼組の三人もこの事には素直に喜んでくれています。

「高森さんは転校生なんだから、もっといろいろな人とも話してみた方がいいよ」


 元宗さんはこの調子でもっとクラスの人と触れあえって私の背中を押してくれます。

 最初は何気ない会話から始まる関係でも、その繰り返しでその人達一人一人にとって私が側にいる事が普通に感じられるようになればそれは友達や仲間の一歩手前、そして今度は私自身を介して他の人達が繋がる様になれればいいね。とです。


 翌日の昼休みにもそんな話で盛り上がりました。

「高森さんはこのお昼組の浮島から、ついにクラスの大海へと旅立とうとしているのですよ」

 相見さんが遠くを見つめながら言います。大福さんは私の腕をしっかりと掴んで放しません。

「行かないで高森さん。高森さんは私達だけのものだよ」

 そんな大福さんを元宗さんと相見さんの二人でスパンと叩いて一言、

「お前も旅立てよ大福」

 二人のつっこみに大福さんも白い歯を出して笑っています。うん、いつ見ても言い笑顔ですね。


 そうそう、驚きだったのがクラス一の秀才の二つ名を持つ普段無口な黒瀬君が自分から私に話しかけてきたこと。彼は私に勉強の分からない所は女子の池田さんだけでなく自分の方にも聞きに来て欲しいと言ってきたのです。

 彼もクラスの女子達と話してはみたいと思ってはいる様なのですが、これまでの自分の素っ気ない振る舞いから彼女達から敬遠されている様に感じているらしく、そういうイメージを私が黒瀬君に近づくことで払拭したいのだとか。ええ、勿論私は快諾しましたよ。


「へえ、あの黒瀬がねえ」

 私のそんな話を聞いてお昼三人組の視線が黒瀬君の方へ。

 でも当の黒瀬君、相変わらず問題集を広げて他を寄せ付けないオーラを全開に体から出しているんですよね。

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