スケバン高森雪緒
「『中高』をシメさせて頂いております。私、高森雪緒と申します」
腰を落として掌を返し、颯爽と自己紹介を行う高森雪緒。どんな時も、まず挨拶は基本ですからね。本人的にはびしっと決まったと思った登場に、目の前の不良達はドン引き状態。そして巻き起こる大爆笑の渦。
「何じゃあそりゃあ。『中高』の番がスケとか初めて聞いたぜ。いやいや、スケバンなんてこの学校にいたんだな。しかもノーマルの夏服セーラー服って、さすが真面目学校」
「おう姉ちゃん、ちょっとイケてんじゃねえか。スケバンなんてやってないで俺と付き合えや」
「おっ、さっそく『商業』の青山さんが行ったぞ」
取り巻きの不良達がニヤけながらそう口にする。
青山と呼ばれた茶髪がいやらしげな笑みを浮かべ腕を伸ばして雪緒に掴みかかろうとする。高森雪緒はその手を払いのけ、反撃に軽めの右拳で相手の顔面に殴りかかってみせる。
所詮は女の軽いパンチと余裕ぶっこいてそれを掌で受けようとする不良青山。だがその拳は完全なるフェイント。高森雪緒は右前脚を地面に叩き付ける様に力強く踏み込むと同時に、突き出した右腕を折って不良青山の胸に踏み込むスピードと自身の全体重を乗せた強烈な肘打ちを食らわせたのである。
中国北派拳法八極拳の打撃技『猛虎硬爬山』。
その強烈な一撃は不良青山を凄まじい勢いで吹き飛ばし、彼は数メートル先の取り巻き数人を巻き込んで倒れ、そのまま白目を剥いて完全沈黙した。
「『商業』の青山さんが一撃。あの女何者なんだ?」
主に刀剣術を扱う高森雪緒が、はるか昔に中国大陸を旅した時に学んだ体術、密着する程の近接戦闘向けの中国武術である。
そして彼女の放った今の一撃は、その場の不良達の余裕の表情を一瞬で掻き消し、その目の色を変えさせたのである。
そんな所へ彼女の後方からボロボロにやられて逃げてくる数人の不良達の姿が。
『尾道連合』を束ねる栗本がその姿を見て声を上げる。
「お前等どうした。他の連中は?」
「すみません栗本さん全滅です。他の奴らは皆逃げ散りました。こいつらヤバい」
「別働隊が全滅? どうなってんだこの学校は」
(へえ、うちの生徒もなかなかやるじゃないですか。感心感心)
内心、そんな事を思う高森雪緒の目の前に、今度は木刀にチェーンといった武器を携えた凶悪な面構えの二人の不良が出てくる。栗本が指名した『南高』の平川と『島高』の垣内である。
「おらぁ」
問答無用でいきなり木刀で襲いかかってくる不良平川、しかしその太刀筋は完全に高森雪緒に見切られている。当然である。彼女は何百年もの間、銃火と白刃の中を戦い抜いてきた化物。素人ヤンキー程度が勢いに任せて振る木刀など当たるはずもない。
その場から殆ど動かずに上半身だけでひょいひょいと木刀を躱して見せる雪緒。
不良平川が振り下ろした木刀を持つ手を素足でちょんと蹴り上げると彼の木刀が宙を舞い、それを片手で奪い取ると不良平川の頭にゴンって一撃。平川は悶絶しながらその場に蹲った。
「やるじゃん。だが俺は平川や青山とはひと味違うぜ。うらぁ」
長いチェーンを振り回しながら接近してくる不良垣内。
高森雪緒はそのチェーンを木刀で受けてクルクルと巻き取ると遠くへとポイと放り投げてしまう。
「えっ」
呆気にとられて飛んでいったチェーンを見つめる不良垣内に対して、雪緒はその場で跳躍して華麗な飛び回し蹴りをその顔面に決めて見せた。
体を二回転させながら吹き飛ぶ不良垣内、しかし高森雪緒も思わず「あららっ」とばかりに声を上げていた。
四つん這いになって立ち上がろうとしていた不良平川の位置へと不覚にも彼女は着地してしまい、彼の頭が雪緒のスカート中にすっぽりと収まってしまったのである。
しばしの沈黙。
雪緒の方も、もっこりと膨らんだスカートを見下ろし、しばし固まったままだった。ようやくスカートから顔を覗かせる不良平川。
「黒のスケスケぱんつ…」
言い終えて彼は、その場で鼻血を噴いて卒倒。
「ちょっとガキには刺激が強すぎましたか…あはははは」
「おい、『島高』の狂犬垣内が回し蹴り一発。『南高』の平川も何か分かんねえけどやられちまったぞ。あの女、只者じゃねえ」
名前の知れた不良三人が立て続けに敗れた事で不良達の集団に負けムードが漂い始める。高森雪緒もそんな彼等の空気を感じ取ってより挑発的な行為、ブルース・リーの如く彼等の一人一人を順番に指差して、来い来いとばかりに片手で手招きして見せたのである。
彼女の余裕の表情に尻込みする不良達。形勢不利と見た栗本はこのままでは不味いとその場の全員に檄を飛ばした。
「ええい、全員で掛かれ。あの女を袋にしてやれ」
一斉に拳を振り上げ向かって来る『瀬戸高』の柏原以下十数人の取り巻きの不良達。その場は一気に乱戦へと突入する。
「今だ日吉、やれ」
不良達の攻撃を華麗に捌きつつ高森雪緒が声を上げると、第一校舎科学棟の陰に待機させていた生物部副部長の日吉考二が姿を現し行動を開始。
乱戦から少し離れた位置から植栽への水撒き用の散水栓につないであったゴムホースを構えて勢いよく水流を射出。その水が地面を伝って雪緒の立つアスファルトの路面へと流れ込んできたのだった。
一通り地面を薄い水溜まりが出来る程に水浸しにしたのを確認すると、日吉副部長は高森雪緒に小さく敬礼してその場を退散。
雪緒は親指立てて彼のその仕事ぶりにエールを贈ったのだった。
そしてここからは、いや、ここからも高森雪緒の独壇場は続く。高森雪緒が路面の水溜まりに手を当てるとそれが一瞬にして凍り付き、不良達は全員足を滑らせて転倒し立ち上がることもままならなくなる。
「あはははは」
高森雪緒が大きく高笑いし、氷上を転げ回る不良達にふぅと氷の息を吹きかけていく。
「何だ、動かな…うううう」
パリパリパリっと真っ白く固まっていく不良達。氷上で何度も転んで濡れた彼等の学ランはカッチカチに凍り付き、その顔や髪には薄い霜が降りたような姿へと変貌する。
そんな状態の彼等を高森雪緒がひと睨みすると、彼等の凍っていた学ランがパンと砕け散って粉々になっていく。その場にあられもないパンツ一枚の姿で転がる不良達。
「何だこりゃあ、何んだ」
驚き混乱する彼等を更に恐慌させたのは第一校舎の三階と四階の三年生の教室からこの騒動を見物していた女子生徒達の黄色い悲鳴だった。やり場の無い羞恥心に襲われた不良達は四つん這いになって手足を動かしながら何とか凍った路面から脱出すると、そのまま校門の外へと一旦避難し、門の陰から顔を覗かせてこちらを震えながら見ている。
あと校内に残る不良は金髪頭に派手なジャンパー姿の『尾道連合』発起人の栗本唯一人。
高森雪緒が片手に持ったままの木刀で凍った路面をドンと叩くと、それが一瞬にして砕け散って高く周囲に舞い上がり、午後の日の光を浴びてキラキラと彼女の元へとゆっくりと降り注いでくる。
「あとはお前だけだぞ。逃げないのか」
「俺はもうあいつらの前では二度と負けられねえんだよ」
「そうか。一つ聞いておきたいのだが、お前本当に高校生か?」
その言葉に栗本はカッとなったのか拳を握りしめていきなり殴りかかってきた。
「ダブりで悪いかよ」
栗本の突きや蹴りの動きは明らかにある程度武道をかじったことのある者の動き。雪緒は相手の力量を量るかのようにそれを丁寧に捌いて受け止めて見せてから、止めとばかりに木刀で反撃の一撃を彼の頭に叩き込んだ。
ミシっという音を立てて折れる木刀。
栗本が構えた上段左受け、彼の肘が雪緒の木刀を真っ二つにへし折ったのである。
(これ、修学旅行土産の安物の木刀ですね)
雪緒が折れた木刀をその場に捨て、栗本が受けと同時に腰を落とした構えから予測した彼が繰り出す次の攻撃は空手の右中段正拳突き。
雪緒は左手で身構えて防御の姿勢を取るも、栗本の攻撃は雪緒の目の前を弧を描くように通り過ぎていく。
「くっ不覚。慢心したか」
雪緒の左腕が焼けるような痛みに襲われ、左腕の手首の裏から肘にかけてまで大きくスッパリと斬られ、赤い血液がチョロチョロと流れ出ている。
(まさか血が流れるとはね。由季子と同じ錠剤を飲んどいて正解だったね。雪女の青い血に色素を加えて赤く見せる薬を)
「栗本さん。それはヤバいよ」
校門の陰から二人の戦いを見ていた不良達がさすがに声を上げる。喧嘩でナイフは御法度。なぜなら彼等にとっての喧嘩は自分自身の存在を示す為の唯一の不器用な手段だからである。
ナイフ片手に目をギラつかせる栗本を涼しい目で見つめながら、高森雪緒は彼に問う。
「それがお前の強さというやつか」
「もう負けられねえ。勝てばいいんだよ」
そう答える栗本のナイフを持つ手は心なし震えている。
(彼がここまでして勝ちにこだわるには何か理由があるのかもしれませんね)
「どうだ。ビビったか」
「ビビってるのはあなた自身でしょうに」
高森雪緒は傷つき血を流す腕を一度栗本に見せてから、長い舌を伸ばして腕の傷を一文字にべろりと舐めて見せる。それで彼女の腕の傷は再生されて完全に消滅し、傷一つ無い腕を再び彼に見せる。
それを見て栗本の顔色が変わる。高森雪緒が一歩進む度に彼は一歩後退していくも、ついには尻餅をついて彼女を見上げる。
高森雪緒は栗本の持つナイフを蹴り飛ばし、彼に一発だけ強烈な平手を食らわせた。それでこの喧嘩はお仕舞いとばかりに彼女は栗本に手を差しのばす。
「お前、一体何なんだよ」
「覚えときな。『中高』の番はナイフやピストルにミサイルでも倒せない。そんな道具に頼った上っ面の強さじゃ絶対に私には勝てないんだよ。私を越えたきゃもっと男を磨いて出直して来な」
「男気って、何だよそりゃ」
「負けない心、強き意志。仲間を思いやる心。勇気。それを持つ人間達に私は何度も追い詰められた。それを持つ人間を打ち負かすのはこの私の力を持ってしても難しい」
「わっかんねえよ。クソが」
悪態をつきながら雪緒の差し出した手に掴まり立ち上がる栗本。彼は自らこの喧嘩の負けを認め、そして一人で校門から歩いて出ていく。その後に続くパンツ一枚の姿の不良達。
この日、尾道中央高校は尾道の伝説となった。
第一校舎の正面玄関。
凱旋する高森雪緒を出迎えたのは主に教室に残ってこの騒ぎを見ていた三年生の生徒達であった。
「高森先生、記念に一枚いいですか?」
いつの間にかそこにいた教育実習生の中嶋義人がスマホのカメラ機能を彼女に向けた。高森雪緒も調子に乗って周囲の生徒達と一緒に並んでポーズを取る。
「ゆま先生、今はこれだよ」
生徒達が親指と人差し指とで小さくハートを作って見せるその方法を学んで、彼女は再度ポーズを決め直した。
生徒達と別れた高森雪緒は警備員達の詰める事務室へと入室。そこで呆れ顔で待つ木崎正文警部に自身の意見を述べる。
「木崎ちゃん。今日のこの騒動には意図的な何かを感じます。地元の不良がこれほどの数集まって暴れるなど何十年ぶりの出来事だそうですよ」
「それよりもだ。さっきの喧嘩の方が俺は気になっているんだがな。あんた超能力者か何かなのか? それにナイフで斬られてなかったか」
「ナイフ? 何のことだか。木崎ちゃんの見間違えじゃないかな。木崎ちゃん歳だから」
「その木崎ちゃんっていうの、何とかならないのか。気に入らん」
四十過ぎの木崎警部は高森雪緒のその呼び方に不満顔、だが彼女はそんな彼の反応を楽しむようにその呼び方を変える気は無かった。