最強の文化部
「ちょっと南、手を貸してくれ」
藤村君が二階にいる南君にさすがに助けを求めました。
その声に答えて南君も「あいよっ」とばかりに二階からさっそうと飛び降りてきます。それでもこちらはたったの二人です。
藤村君と南君も互いに顔を見合わせながら「こりゃ中々に大変だ」って感じでアイコンタクト。そんな二人を狙って不意打ちで金属バットが投げ込まれ、藤村君と南君はそれを間一髪で躱しました。
ガッシャーンって大きな音がして文化部部室棟一階の端っこにある他の部室とは少し造りの違うドアに金属バットは直撃して、ドアのガラス部分を酷く割ってしまいます。
確かあそこは生徒会執行部の部屋。
音に驚き文化部の各部室のドアが一斉に開くと、各文化部の部員達がぞろぞろと顔を覗かせます。全部で四十人ぐらいの生徒が一度に出て来たので、数を頼みにしていた不良達がちょっと怯んで後退しました。
「おい、お前等その部屋はヤバいぞ」
藤村君が少し焦り気味の表情で不良達に向けて言います。南君の顔も心なしか青ざめているような。
一呼吸遅れてドアを開けて生徒会室から出て来たのは二人の男女。
眼鏡の方の男子が藤村君に尋ねます。
「藤村、これは何事ですか?」
「土屋生徒会長、これは殴り込みというやつじゃないですかね」
「殴り込み? はあ、予算編成で忙しい時期にまったく…。でも、そういう事なら対処しないといけませんね」
眼鏡を指で押し上げながら冷静に語る生徒会長の土屋君。その横に立っている目つきの鋭い女子が副会長の小川さんかな? 名前は知っていたけれど、顔を見たのは初めてかも知れません。
「あの、会長。これって暴力沙汰で運動部に迷惑かかったりしませんかね?」
「副会長、もう事は起きてしまっているのですよ。我々生徒は自衛権を発動してこれに対処。不祥事が大嫌いな先生達に事の隠蔽は任せましょう」
「御意のままに」
「その言い方、止めて下さいね。私が悪の親玉みたいに見えますから」
副会長、ニヤリって意味深な笑いを。
そして生徒会長はその場の皆にテキパキと指示を出し始めます。
「柔道部はすぐに体育館の新格技場に移動、この件には一切関わらないこと。この喧嘩は生徒会と文化部とで買います」
生徒会長に礼をして沖浜主将以下の柔道部員達が駆け足で体育館を目指して移動を開始。その間に土屋生徒会長は味方の戦力を見渡しました。そして他のクラブへ増援要請。
「現状は少林寺拳法の藤村、空手の南ですか。物理研究部の松井、斉藤の二人、参加をお願いします。残りの文化部部員は部活を再開」
生徒会長の号令に従い文化部の各部室がドアを閉めて部員達の姿が見えなくなると、文化部部室棟の前には藤村君と南君に加わった四人の六人だけが残って三十人近い不良達と対峙します。
松井君は眼鏡をかけた巨人、斉藤君はちょっとぽっちゃり系の角刈り君。
「副会長、君は参加しない方がいいと思うんですけれど」
「嫌ですよ。こんな滅多にない面白そうなイベント」
生徒会長と副会長の脳天気な夫婦漫才のようなやり取りに業を煮やしたのか、不良達が声を上げます。
「お前等、この人数見て少しはビビれや」
そう一人が叫ぶと全員で額に皺を寄せてガンっていうのをいっぱい藤村君達に飛ばして来ます。
そんな中へ土屋副会長が胸前で両腕をぐるぐる回転させながらスキップするような軽快なステップで彼等に近づき、そして不良達のど真ん中にいたリーゼント君にいきなりの跳び膝蹴り攻撃、顎に膝がクリーンヒットしたと同時に右肘の打ち下ろしをフサフサリーゼントの頭頂に決めます。
今のはムエタイでしょうか? その上下からの一撃でリーゼント君は完全沈黙。
そして、それを皮切りに藤村君、南君、松井君と斉藤君の四人が突撃し、それを迎え撃つように不良達も一斉に動き出します。乱闘の第二幕の開演です。
どっしりと四股立ちで構える南君に殴りかかる者は一撃必殺の正拳突きを喰らって吹き飛び、組み付こうとする者は肘打ちで押しつぶされていきます。松井君はウェスタンラリアットでしょうか、それともアックスボンバー? 私にはその区別がよく分かりませんが、勢いを付けた太い腕で一度に三人を地面に薙ぎ倒しました。
斉藤君は何でしょう。弓歩で構えながら両腕で球を操るような円の手の動き、これはもしや太極拳。
「何だこいつら、強えぞ」
人数で勝る不良達ですが、生徒会長以下の激しい抵抗にそう声を上げると、その問いに答えるように生徒会長が口を開きました。
「進学校なんて呼ばれる当校はバカ真面目な奴が多くてね。生徒は塾通いだけで無く手習いも小さな時からやらされているんです。武道や格闘技もその一つであり、勉強以外のそれもまたバカ真面目に学ぶのですよ」
なるほどです。だから夜遅くまで活動する運動部よりも文化部の方が武を修練する者が多いのですね。松井君のプロレスは趣味でしょうがそれでも皆、私の目から見てもかなりの使い手達です。
いつのまにか私の横には女子生徒が二人並んでいます。箒とちり取りで武装しているのが生徒会会計の人、スマホで乱闘の様子を録画しているのが生徒会書記の人かな、彼女達はどちらも戦闘タイプではないみたい。
乱闘の外れで一人立っている副会長の小川さんに不良の一人がつっかかって行きます。それを見た土屋生徒会長、藤村君、南君、松井君、斉藤君の五人が一斉に声を上げます。「それに触るな」って、
彼女に掴みかかろうとした途端にその不良は小川さんの回し蹴りで木の葉の様に吹っ飛んでいきました。
私の横で録画している書記の方が教えてくれます。
「副会長って昔はもっと太ましい方だったんですけれど、失恋のショックと勉強のストレス発散で道場に通い始めて今はフルコンタクト空手とテコンドーに沼ってるみたいです」
そこからスイッチが入ったのか副会長の小川さんは乱闘の中に走り込み、飛び込みからの四連回し蹴り、そして旋風脚へと技を繋げます。彼女の重い蹴りが舞う度に不良達が木の葉の様に吹き飛びますが、小川さんの回転はまだまだ止まりません。突き出される拳をトリッキング的な華麗な空中回転で避けながら乱闘の中を縦横無尽に動き回っては獲物を狩り尽くしていきます。
なにが凄いって、あれだけ暴れているのに体の捻りを使っての空中での回転速度が速すぎて、スカートの中が見えそうなのに全く見えない所ですよ。とても参考になります。
その場に立っている不良達が一人もいなくなり、尾道中央高校の圧勝。って訳でもないですね。
無傷で立っているのは生徒会副会長の小川さんだけで、生徒会長も藤村君達もいいのを何発か貰ったみたいで顔を腫らしているし、制服のズボンも足型で白く汚れて上着のシャツもあちこち破れているみたい。
隠れていた生徒会の二人の女子が彼等に手を貸している間に、不良達も仲間と連れだってスゴスゴと退散していきます。
「またやろう。待ってるぞ」
スッキリした満面の笑顔でそう彼等に言う小川さんだけが元気な様です。でも結局、三十人近くをたったの六人で撃退しちゃいましたね。
向かいの第一校舎一階の視聴覚教室から乱闘を見ていた教育実習生の先生達から私達に拍手が送られてきます。その後ろで倉田先生の怒鳴り声がすると、視聴覚教室の窓が全部ぴしゃりと閉りました。
『中高』の生徒達の乱闘なんて初めて見たとざわめく視聴覚教室内。
「うちの学校の生徒達もやるなあ」
なんて声が教育実習生達からあがる中で一人、教育実習生の中嶋義人だけが無表情なままで教材に目を通している。
「お前達も中嶋を見習え」
そう倉田先生が皆に注意を促し他の者達を席に着かせます。着席した教育実習生の一人が隣の同僚に話しかける。
「ねえ、中嶋君ってあんな感じだったっけ?」
* *
文化部部室棟前での騒乱が藤村達の働きで終息した頃、尾道中央高校の正門では一触触発の臨戦態勢。
由季子達が相対した便乗組の格下不良達の集団とは異なり、こちら側に集まっている連中は十数人と数は少ないが『尾道連合』と題した招集に名を連ねた各校の番を張る猛者達とその取り巻き。
発起人である栗本、通称『南高』の平川、『島高』の垣内、『瀬戸高』の柏原、『商業』の青山。尾道中の不良ならば一度はその名を耳にする様な連中である。
そしてこれに対するのは白の夏服セーラー服に身を包み、黒のブラが服からちょっと透け気味の長い黒髪に裸足姿の女子高校生ただ一人。彼女の名前は高森雪緒、なんちゃって女子高校生。