Prolog
雪は朝から止まずに降っていた。
枝に積もった白が音もなく崩れ落ち、地面に染みるように消えていく。
獣道をゆく彼女の足は、雪で上書きされた足跡にも迷わなかった。
この森で育ち、この森で生きてきた狩人――エルシルは、いつものように積雪の中を歩いていた。
右の背には斧、腰にはナイフ。そして、冷え切った手の中に握るのは愛用の狩猟弓。
まさに、狩に生きる人間の風貌だった。
視線の先にあるのは、ただ変わらない冬だけ。
獲物の気配もなく、風も穏やかで、彼女の呼吸だけが空気を揺らしている。
静かな朝だ。
けれど、その静けさの中で――微かに、何かが動いた。
それは風の音とも違う。
獣の鳴き声でもない。
一度きりの、霞んでいた何か。
エルシルは足を止めた。
耳を澄ます。
何も聞こえない。けれど、確かに何かを感じたのだ。
“存在している”はずなのだ。
少しだけ顔を上げ、ゆっくりと進む。
雪を踏みしめながら、枝を払い、沈黙の森の奥へと歩を進める。
倒木の影に、それはいた。
小さな女の子だった。
薄い服。裸足。体を丸めて、じっと、雪に埋もれるように。
エルシルは立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
それは“子供”としてではなく、あまりにも静かで、あまりにも脆く、
まるで「この世界にいないもの」のように見えたからだ。
そして、
ゆっくりと膝をつき、彼女は手を伸ばす。
指先が触れた肌は冷たかったが、まだ温もりがあった。
「……何してるの」
返事はない。
けれど、まぶたが一度だけ、かすかに動いた。
僅かだけ隙間から見えたのは、息を飲むほどに美しいガーネットの瞳だった。
エルシルは一度、息を吐いた。
無言のまま、そっと抱き上げる。
寒さも、孤独も、傷も――すべてがこの小さな体に降り積もっていた。
何かが壊れてしまう前に。
彼女は、森を背にして歩き出す。
白に染まる景色の中、少しだけ深くなった足跡がそこに刻まれていった。
初めての小説投稿で至らない点もあるとは思いますが、どうかご容赦ください。
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