ローンチパーティー
夕方。
私たちは高級住宅や上流階級向けのオートクチュールのお店が並ぶエリアに来ていた。
「さあ、お2人とも。ここが私の宣伝場所ですわ」
「わっ…!!素敵…!」
そこは周りの建物と調和の取れた、レンガ造りの一軒家だった。築年数は長そうだが、この国は天災が少ないので問題ないだろう。玄関ポーチに美しい花々で飾り付けられ、一瞬で心が躍る。ガラス窓から柔らかい光が溢れてきて、暖かい気持ちになる。
「…っまあ、中を見てみないとわからないわよ!!!」
相変わらずのヴァネッサだった。落ち込んだ状態から、すぐに切り替えられるのは彼女の良いところだろう。
…まあ少しは反省してほしいが……。
「ご案内いたしますわ」
家の中にいた、おそらくルルー様のお屋敷のメイドさんがドアを開けてくれた。中に入るとメイドが複数人おり、前回お世話になったメリーさんもいた。
室内も白を中心とした花が至る所に飾られており、カーペットや照明や家具といったもの全て新品のようだった。
「急拵えだったので、満足のいく仕上がりではありませんが、私の理想のブランドローンチパーティーですわ」
メインのお部屋に入ると綺麗にキャリーバックがディスプレイされていた。積み重ねられたキャリーにいい感じに照明が当てられ雰囲気もバッチリだ。
「すごい…!!!本当にすごいです!!!キャリーがさらに魅力的に見えます!」
「ふ…ふん!まあまあね!」
「今回は少数のゲストをお迎えした立食パーティーです。軽食やお飲み物もバッチリですわ。お2人には後ほどスピーチをしていただきますわ」
「スピーチ?!任せなさい!得意分野よ!!」
まずい、また問題児デザイナーが暴走する…!!!
「ちょっと待ってヴァネッサ。今から台本練るから。絶対アドリブしないで…!!!」
「なんで?台本なんていらないわよ!」
いつもより大人しめだが、ちょっとだけむくれている。
「ダメです!!!…これは社長命令です」
ヴァネッサはいつもの勢いが少しだけ弱まり「はい…」と呟いた。また暴走されては困るのだ…!
空が暗くなり始めた頃、続々とゲストがいらっしゃった。基本はルルー様のお知り合いとのことで、まず彼女がゲスト1人1人に挨拶をしてから私とヴァネッサを紹介してくれた。私はヴァネッサが作ってくれていた輓獣牛の赤みがかったブラウンのドレスを着用して、ヘアもアップスタイルにした。ヴァネッサも、深紫色の輓獣牛のドレスを身につけていた。しかしミニスカートに腰からマントが伸びているデザインなのだ。夜に開催されるパーティーに相応しいかと言われると疑問だが…。まあしかし、本人の破天荒さを最大限に表現しているし、なにより似合っているので良しとした。しかも、私のドレスを縫う前に練習として作っていたものだそうだ。「べ、べつに社長のドレスをベストな状態で縫うためとかじゃないから!私の為だからっ!!!」だそうだ。
そして私達のパーティー用のドレスも工房から持ってきてくれていたルルー様の隙のなさにも感服した。
…しかし、ルルー様が完璧に着こなしたこの服を着こなせているのか、とても不安だ…。
「ハルカちゃん!」
「ココアちゃん!どうしてここにいるの?」
いつもの制服姿もかわいいのだが、ドレスに着替えたココアちゃんは妖精のようだった。妖精は私に抱きつくと上目遣いでニコッと笑った。天使と妖精のハイブリッドに心射抜かれた。
「ココア!挨拶が先でしょ?」
「はーい!」
「葵さん!それにララー様、マーガレット様も…!」
皆、きちんとおめかした姿で現れた。身内もいる中でのローンチパーティーというのは、少し緊張するが心強さも感じる。ルルー様にはできれば、事前に何をするか教えてほしかったという気持ちも正直あるが…。
「ララー公妃、マーガレット姫、葵様、ココア様。ようこそおいでくださいました」
さすがルルー様は貴族然とした態度で挨拶をした。
「ルルー、お招きありがとう。今日のパーティーを楽しみにしていましたのよ?」
「…はい、お姉様」
気のせいか少しだけルルー様のお顔が引き攣っているようだった。
「ララー様が招待状を送れって圧をかけたみたいで…」葵さんが私に耳打ちした。
「ああ…なるほど…」
ゲストが揃い、ルルー様が挨拶を始めた。
「親愛なる皆様。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。
こうして私の家族や親しい友人の皆様に、新しいブランドのお披露目ができることをとても嬉しく思いますわ。
ではまず、当ブランドの代表取締役社長であるハルカ・コウキから皆様にご挨拶させていただきますわ」
私は緊張しながら、ステージに立った。上流階級の方々のお顔がこちらを向いている光景に、心臓の鼓動がピークを迎えた。
「ご紹介に預かりました、代表取締役社長のハルカ・コウキと申します。
本日はお忙しい中、当ブランド『HARUMOTTO』のお披露目パーティーにお越しくださりありがとうございます」
私は、急拵えで作成した原稿を取り出した。本来なら暗記したほうが良いのだろうが、間違えないことを優先させたのだ。声がうわずらないよう、震えないように焦らずに話すことも意識した。マイクがないので大きな声で話すことも忘れずに。
「このブランドの理念は『もったいない精神』で社会に新たな価値観を生み出すというものです。『もったいない』とは、私が召喚される前の国の言葉で、今までは捨ててしまっていた物も活用しよう、という意味です。
新しい価値観をこの世界に浸透させるためには、まず影響力のある皆様にブランドの魅力を知っていただくのが最適と考えました。
今夜は皆様と素敵な時間を過ごしたいと思っております。
本日はよろしくお願いいたします」
私は優雅に見えるようゆっくりとお辞儀をした。会場から拍手が聞こえ、少しだけホッとした。
「では続きまして、メインデザイナーのヴァネッサ・ロッシュからもご挨拶申し上げますわ」
ヴァネッサは体全身で「私こそカリスマデザイナーよ!!!」とアピールしていた。まあ、台本をきちんと読んでくれれば問題はない…はずだ…。
「皆様、こんばんわ!私は長いこと話さないわ!
だって、このキャリーバックに全て詰まってるもの!
じゃあ、グラスをご用意しなさいっ!
乾杯!!!!」
私達が真剣に練った台本はどこへやら…。
まあしかし、この短いスピーチの方が彼女らしいし簡潔で良かったかもしれない…。
そうしてブランドのローンチパーティーが開幕した。