中央噴水広場
ガラスの原材料が、溶鉱炉で溶ける温度は1500〜1600度。そこまで一気に温度を上げることは地球でもこちらの世界でも同じく難しいらしい。1週間という時間をかけてジワジワと高温に持っていくらしい。その為、エリオットさんに「1週間後に来てくれ」と言われた。
その間にヴァネッサとルルー様の宣伝対決の日となった。
私は社長のはずなのに、何も聞かされていないので前日の夜からずっとソワソワしていた。不安だ…。
集合場所のオリバーさんの工房には、ルルー様とオリバーさんしかおらずトップバッターのヴァネッサの姿がなかった。
「私の準備はバッチリですわ!夜が楽しみですわね」
「あー…嬢ちゃんは、王都の中央噴水広場に来てって言ってたぞ」と少しばつの悪そうにオリバーさんが言う。嫌な予感しかしない…。
私達は急いでルルー様の馬車で広場に向かった。あと少しで着くと言う時に馬車は止まってしまった。
「どうしたの?渋滞しているの?」
「ルルーお嬢様、申し訳ございません。人だかりで、もう前に進めません」
御者が言った通り、確かに外は騒がしかった。いつも以上に人が集まっているようだった。
「仕方ありませんわね。ここから歩きますわ」
「承知いたしました」
人の波をかき分けるように私達は進んだ。途中で何人かがルルー様に気付いて「うわ…美人…」とか「ド・リュミエール様のご息女じゃなくて?」など話していたが、やはりルルー様は慣れっこのようだった。
だんだんと人の中心に近づくにつれ、聞き慣れた声が響いてきた。
「みんな!見て!この最先端の旅行用カバン!美しいでしょう!!!」
中央噴水広場に装飾で煌びやかな舞台を作り、その真ん中でヴァネッサが演説のような宣伝を行っていた。
「この天才デザイナーのヴァネッサ・ロッシュ様が新たにデザインした、今世界で1番クールなカバンよ!」
「お前、前に自分のブランド潰したばっかりじゃねーかー!」
「っるさいわね!!!」
「今回もまたすぐに潰れるんじゃないの?」
「もーーー!皆んなしてうるさいわよ!!!…ほら、そこのあなた、ちょっとこのカバン持ってみてよ!」
「わ、わたしですか…!?」1番先頭で見学していた普通の10代の女の子に声をかけ、舞台に上げた。
「これ、魔石が贅沢に散りばめられたカバンよ!どう?軽いでしょう?」
ヴァネッサは持ち手を伸ばしていない状態のカバンを手渡した。すると、戸惑っていた表情の子が一瞬で驚きの表情へと変わった。
「…!!すごっい軽いです!今までのカバンの中で1番だと思います…!」
「そうでしょ?そうでしょ?」
ヴァネッサは大変満足そうだ。訝しげだった観衆も「ちょっと持たせてくれ…!」とサンプルを次々に持ち、感嘆していた。
「しかもね…それだけじゃないのよ…」
シャッキーーーン!!!
ヴァネッサは意気揚々とキャリーを持ち、持ち手を伸ばして見せた。
「「「おお!!!」」」
「こうやって転がして運ぶこともできるのよ!これなら長旅でも疲れないわよ!!!」
観衆はサンプルの持ち手を見よう見まねで伸ばし、コロコロと転がした。
「日用品の買い物なんかも楽になりそうね!」
「おもしれー!!!!これ、普段の仕事道具入れてもいいんじゃねーか!?」
「いやいや、リアカーの方が使い慣れてるし便利だって!」
「まあでも、旅行なんて私たちにはあまり時間がないからね…」
「…俺は絶対にいらないぞ!!」
…まあ評価というのはこのようなものだろう。初めから全ての人に高評価を貰えるとは思ってはいない。
それにしても、スーパーの試食コーナーか真夜中の通販のレポーターみたいな吸引力のある宣伝だな…。ハイブランドらしくはないが…。
「あ!社長じゃない!ほら来て!!みんなー!これがこのブランドの社長よーー!!!」
ヴァネッサが強引に私の腕を引っ張り、舞台にあげようとした。
「えー!ちょっと、ヴァネッサちゃん…」
「君たち!!!これは許可を得ているのか?」
黒の制服に身を包み、恐ろしい顔をした男性3人組が大声で尋問してきた。王都の治安を維持する警邏隊員だった。
「あ、やば…」
「ヴァネッサ・ロッシュ。またお前か!!!」
最年長らしい中年のお腹がポッコリ出ている男性が呆れた顔で舞台上のヴァネッサを見上げた。
「皆さん、出し物はこれでおしまいです!さあ帰った帰った!」
その間に別の若い男性が観客を解散させていた。無駄のない連携の取れた動きだと思った。
それより…。
「…ヴァネッサちゃん、ちゃんと広場を使う許可とか取ったんでしょうね?」
私は血の気を失っていく感覚を、なんとか根性で耐えている状態だった。彼女はちょっと焦った表情のまま、口角を上げた。
「…社長……逃げるわよ!!!!」
一目散に走っていった彼女だったがすぐに捕まり、片方の腕につき1人の若手警邏隊員に持ちあげられTの字になっていた。
「おーーーろーーーしーーーてーーー!!!!」
なんとか足をバタバタさせていたが、それほどの体力はなかったようだ。
「ヴァネッサ・ロッシュ、3度目だぞ!!!!」
「先輩、この子が例の暴走デザイナーですか?」
「そうだ。お前らも顔、覚えておけ」
「おーーーうーーーぼーーーうーーー!!!!」
私はおでこに手のひらを当ててしまった…。何?暴走デザイナーって。異世界の警察組織に、ヤバい認知されてるってヤバすぎだろ…。ヤバい…もう、頭がまわらない…。
下ろされたヴァネッサはその後、真っ赤な紙を渡され、真っ青になっていた。
「…ねえ、社長?…これって宣伝の経費に…」
「え…それは………」
「ル、ルルーお姉様…?」
お姉様なんて呼んでなかったじゃん。
「貸してあげてもいいですけど、罰金用なら利子は高いですわよ」
「うっ……口座空っぽなのに…」
珍しくクソガキデザイナーが涙目になっていた。