「黎明鳥」ソル=アルカ
2人の宣伝対決準備期間が始まった。
それぞれにキャリーケースをいくつか渡し、またその準備にかかった経費は後日精算ということになった。予算は同じ額を用意した。正直、宣伝に使うお金はどのくらいが相場なのか全くわからないのだが、こうやって準備資金が消えていくのだろう…。
そして私は審査員長ということなので、準備には一切関われないということになった。社長なのに関われないのもどうかと思うが、やる気満々の2人に水を差すわけにもいかない。
今の私にできることを着々とこなそう。
私の今の課題。まずルルー様が保証人に確定した場合、商人ギルドに行かなければいけない。そして開業の手続きをして融資を受ける…。ほかに何をすればいいのだろう…。起業までのロードマップが欲しい。…とりあえず、葵さんに会いに行こう。そうしたら色々アドバイスをしてくれるはずだ。
そして、やはりガラス職人のエリオットさんだろう。キャリーケースだけだと、少し不安が残る。ブランドの顔となる香水があれば、旅行用品店ではなくラグジュアリーな体験を販売するブランドとしてのイメージが作りやすいだろう。それに、いつまでもあの冷え切った溶鉱炉の部屋で本を読むだけの生活を送らせるのは、1人の人間としても看過できない。
「オリバーさん!!!1つお願いがあります!!!」
「おっ嬢ちゃん、もう話し合いは終わったのか?」
「はい!なんか思ったのと違う方向に話が進んじゃったんですけど…
あ、それで、お願いなんですけど………」
次の日、私は朝イチでオリバーさんの工房に出向き、準備を整えてからガラス工房に向かった。
大きな縦長の箱を持ち、慎重に歩みを進める。少し春の気配が見え隠れする季節になったが、やはり冷える日は冷える。今日はそんな日だった。
前回来た時は開けっぱなしだった扉は固く閉ざされていた。毎日顔を出すオリバーさんにうんざりしていたのかもしれない。
肺の奥底までの深呼吸を何度か繰り返し、大きな木箱を足元に置いてからドアを強くノックした。
「おはようございます!!ハルカ・コウキです!!」
もちろん返事はない。予想通りだ。
「エリオットさん!お邪魔しますね!!!」
勝手に重い扉を開ける。これも予想通り、溶鉱炉に火は入っていなかった。部屋の奥の方で静かに本を読むエリオットさんがいた。
「おはようございます!!突然すいません!少しお話しよろしいですか?」
「………」
まあ返事は期待していない。これも予想通り。
私は近くにあった木製の広いテーブルの上に箱を勝手に置いた。そして慎重に箱を開ける。中には美しいガラス細工の鳥の置物が入っていた。
この作品のモチーフはソル=アルカ。別名『黎明鳥』で、この世界の始まりと同時に生まれた神話の鳥と言われているらしい。羽はオレンジから黄色にグラデーションし、翼の先だけ黒色という翼を5枚持ち、その羽ばたきによって大地と海に風を送ったと言われている。胴体は魔力や魔素といった、魔法を生み出す際に必要な力が美しく循環する様子が確認できたそうだ。
「この、胸元で輝いている魔素の入ったガラスがな、とんでもなく難しい技なんだ。基本的な技術力の高さと難しい技法を取り込んだこの作品が、エリオットの国費留学の決定打となったんだ。あいつが戦争から帰ってきて、いきなり自分の作品たちを壊しまくってたんだが、こいつだけなんとか死守することができた」
天に向かって羽ばたいているその姿は、希望溢れる未来に向かって飛び立とうとしていたエリオットさん自信なのかもしれない。
「綺麗…本当に綺麗…
魔素の揺らぎが、美しくて永遠に見てられる…
このガラスで匠に表現された羽、一枚一枚に反射する光を朝・昼・晩比べながら鑑賞したいな…」
そして私は目に焼き付け、工房に落ちていたゴーグルとハンマーを拾い、その埃を払った。
「もったいない………ごめんなさい………」
そう呟くと私は渾身の力で、ハンマーを振りかざした。