工房とモデル
「で、なんなのよ!この…この…、まあまあ美人な女は!!!」
「私はド・リュミエール家三女のルルー・ド・リュミエールでございます」
「ふ、ふーん。………」
「ヴァネッサちゃん、自己紹介をしてください」
テコでも動きそうにない彼女に耳打ちする。
「い、言われなくてもするわよ!………ヴァネッサ………よ…」
はぁーーー………初対面から最悪の雰囲気だ…
撮影会のあと屋敷に戻ったのだが、ルルー様がお姉様であるララー様に「お買い物をしに、王都に行きますわ」と言ったのだ。
ここ数年引きこもりだった可愛い妹が外に出ると言ったので、ララー様はじめとするご家族は非常に喜ばれていた。私も喜ばしいことだと思っていたのだが…。
「あの、お買い物ですよね?私は工房に戻りますので…」
「そうですわね…、まだ時間がありますの。なので、ハルカ様がよろしければ、ご一緒してもよろしいかしら?」
と王都に着いた瞬間、馬車の中で言われてしまったのだ。
(ララー様は別の馬車だったため、先に王城に帰られた後だった)
そのため、私たちは王都の外れにあるオリバーさんの工房にお邪魔していた。
オリバーさんの工房に来たということは、我が社の問題児デザイナーがいるということだ…。
「………」
「………」
お貴族様なら雑談スキルを身につけているはずなのだが、ルルー様は木製のスツールに座り無言で工房内を見ていた。問題児デザイナー様も、いつもなら要らないことばっかり話すのだが、その口を閉じたままルルー様をじっと観察していた。
「ああ、その…こんなもんしか出せないんだが、良かったら」
ガッチガチに緊張したオリバーさんが、大小バラバラのマグカップに入った紅茶を机に置いた。
「お気遣いありがとうございます。いただきますわ」
「おっさんもたまには気が利くじゃない!」
「オリバーさん、ありがとうございます」
コバルトブルーの陶磁器マグカップは手にしっくりとくる作りだった。
「あ…オリバーさん、エリオットさんの交渉ってどうなりましたかね…」
「ああ…あれからも毎日顔を見に行ってるんだが、どうにもなあ…
心の傷は、簡単には治らんだろ…」
「そう、ですよね…」
私は最近あったココアちゃんの件を思い出した。
あの子のように、自分の気持ちを押し殺して日常を過ごす子もいれば、そのまま壊れてしまった人もいる。
それぞれの傷の深さや、その傷の捉え方には個人差があるはずだ。
他人が簡単に口を出せる話ではない…。
しかし、どうしたらエリオットさんの心に再び火を着けることができるのだろうか…。
「この工房では、どんなものを作っていらっしゃるのですか?」
木屑や革の切れ端、壁に片付けられた様々な道具の中にいる一輪の花が話した。
「ああ、そうだな。うちはいろんな職人やその卵がいるから基本なんでも作れるぞ。わしの専門は革細工だ。このマグカップなんかを作れる者もいるし、木材の加工が得意な奴もいる。ガラスが得意な奴もいるんだがな…」
「素晴らしいですわね!」
「で、あんたは何しに来たのよ!」
「ヴァネッサちゃん、言葉遣い」
「…あなたは、何をしに、き…いらしたの?」
「そう…ですわね…
あ!社会科見学ですわ!この工房で作業している様子を見学したいのです!
よろしいかしら?」
「おお!もちろんいいぞ!」
「私も、しっかりオリバーさん達の仕事風景を見たことありませんでしたね」
「もちろん、ハルカも見ていけ」
「はーーー???オバ…ハルカお姉さん、まだおっさんの仕事見たことないのーー!?」
「ちゃんとは見たことないね。もっと早く見学させてもらえば良かったね」
「ま、いまからでも遅くはねえさ。
しっかし、そんな綺麗で広がった服じゃあ、なんかあったときに弁償できねえからなあ…」
ルルー様の外出着は床に擦れるほどのクリーム色のロングスカートだった。工房内はおそらくこの部屋より色々な物が散らばっているだろう。
「私は構いませんわよ?」
「ダメよ!!!そんな綺麗なお洋服、着る場所を選ばないと!
私のサンプルの服があるから、それ貸してあげるわ!!」
「なにこの足の長さ。おかしいんじゃない?」
「体の6割が足だね…」
「そうかしら?まあ女性の中では高身長ですけれども」
工房の屋根裏部屋で女子だけのフィッティングタイムとなっていた。
ヴァネッサが見事な手捌きでルルー様の体型に合わせて服を調節していった。本来なら少しだけの間借りる服なのだから、ここまでしなくても良いのだが、デザイナーとしてのプライドに火がついたのだろう。いつもは生意気なクソガキも、この真剣な表情を見るとプロとして最前線で活躍している人物なんだと実感した。
仮縫いしている服は赤みがかったブラウン色の革を使用したタイトなワンピースだった。オフショルダーで手の甲まで隠れる長袖という珍しいデザインだ。ルルー様の美しい鎖骨と肩甲骨が際立っている。このビーナスのためのオーダーメイドのようだった。
「あれ?この生地、もしかして魔物の革!?」
「もう!!!!社長ったら、気付くのが遅すぎよっ!?」
「え…!魔物の革、ですの…?」
「そうよ!!!
社長が狩ってきた『輓獣牛』ってレアな魔物の皮を、おっさんに柔らかく薄くマットになるように加工してもらって、素材の伸縮性が優れてるからタイトなデザインでも充分動きやすいのよ!!!!」
「あー、輓獸牛マジで倒すの大変だったなー…
うちら日本人の中でのあだ名が『生きた戦車』だったからなあ…」
「なにそのセンシャってのは。ダッサイ名前ね。こっちでは『魔王の脚』って呼ばれてるのよ!!!」
私はこの盛り上がった魔物の話の最中、ハッと気付いた。
魔物の革を使った小物ならまだしも、それを知らないうちに身につけていた…。
そんな状況の人物が1人いるではないか…。