写真
「………」
「………」
気まずい…。
湖で水分補給している馬達のほうがよっぽど意思疎通してそうだった。
湖畔から冷たい風が吹きつけた。はやくこの季節が過ぎさってくれないかとマイナスな気持ちになった。
その時、ルルー様のルーズにまとめられていた三つ編みが解け、髪が美しく靡いた。
「…!!!」
「やっぱり冷えるわね…。はやく家に戻りましょうか…」
「あ、あの!!!ちょっとだけお待ちいただけませんか?その、写真を撮ってもいいですか?」
「…?シャシンとはなんですの?あまり時間がかからないのなら良いですけど…」
「大丈夫です!全然時間かかりませんから!」
私は急いでマジックボックスから葵さんのタブレットを取り出し、カメラをルルー様に向けた。
「?なんですのその板」
令嬢が首を傾げる。その姿すらお美しい。
パシャパシャパシャ
私は何度もシャッターを切り、どれも最高なのだが1番の写りをお見せした。
「これが写真というものです!すぐに仕上がる絵画のようなものでしょうか」
風に合わせて美しく揺れる髪、もはやこの写真を撮るために生み出された神からの息吹のようだった。
「これは、素晴らしい技術ですわね!これは勇者様のお力なのですか?」
「いえ。私が元居た世界の技術の結晶です」
私がスワイプして他に撮った写真をお見せした。
「素晴らしいですわね!絵画で少し昔の私の姿を見ることはありますが、一瞬で私の“今”を見られるだなんて!素敵ですわ!」
ルルー様が私の見様見真似でスワイプされる。そこらへんの高校生だった私が撮った写真でも被写体が良いので、どれも個展が開けそうな作品に思えた。
しかし、一枚の写真で手が止まった。
ルルー様が半目になられていた写真だった。
「あー…慣れてないと、瞬きをしてしまってこのような写真が撮れてしまう時がありますね…」
「………許せませんわ」
「で、でも、私の技術不足のせいでも…」
「ド・リュミエール侯爵令嬢として、このような醜態をさらしたこと、許せませんわ!!!ハルカ様!!もう一度私を写真してくださいませ!!!」
「は、はい!!」
令嬢はタブレットから目を離さず、真っ直ぐ立っていた。瞬きを極限まで我慢されているその姿や無表情さもお美しいのだが、通販の3・4枚目の商品写真のようだった。
「ルルー様。右足重心にして、右手を腰に当ててみましょうか」
「…?こうかしら」
注文通りのポーズを取ったルルー様はもう雑誌の1ページそのものに激変した。
そして何枚か撮影した後、一緒に写真を確認した。
「こういったポーズは、あまり令嬢としてふさわしくありませんわね…」
「そうかもしれませんね…でもかっこいいですよ!」
「…かっこいい、初めて言われましたわね」
綺麗なモデルは照れを隠すように画面を覗き込む。
「…私の顔が全て一緒ですわね…」
「そうですね…こういった撮影では、カメラのシャッターに合わせて表情やポーズを素早く変えていくのがプロですかね」
「シャッター…ポーズ…プロ…」
「あとは、この黒い丸で撮影しているので、ここを見てもらえるとより良い写真になると思います!」
「ここで写真しているのですわね…」
カメラを近距離からじっと見つめるルルー様。自然とこちらまでニヤけてしまう。
「ハルカ様、もう一度お願いいたしますわ」
「はい!!!」
ルルー様がピクニックをしていた大木と、湖を背景に真っ直ぐ立った。そのまましばらく目を閉じて動かれなかったので、私はタブレットから目を離しリアルな彼女を見た。
「表情とポーズを変える…この背景の美しさに負けないくらいに…」
目を閉じたまま深呼吸した彼女が次に目を開くと、そこには道を見失っていた少女の姿はなかった。
自然な体の動きに合わせ、微笑む、アンニュイなど表情もコロコロ変えていた。
今までの侯爵家の三女という雰囲気から一気に女性としての大人な魅力が溢れ出した。
彼女の身につけている乗馬用のお洋服はもちろん最高級品なのだが、彼女が舞うと、こちらに微笑みかけると、その価値が何倍にも跳ね上がって見える。
これは…
彼女を、このまま嫁げなかった令嬢として引きこもらせていてはいけない。
彼女の美しいという才能。
瞬時にモデルとして求められていることを察知できる頭の回転の良さ。
そして期待以上のクオリティを発揮する能力。
私のブランドのミューズを見つけたのだ。