応接室
束の間の暖かさを迎えた冬の15時。
豪華な侯爵邸の応接室の天井には魔石の装飾が施されたシャンデリアが輝いていた。美しい三姉妹が集合した絵画やご先祖様と思われる方々の肖像画などが壁の至る所に飾られていた。毛の長さによって模様を表現している真っ白なカーペットの上には、屋根と同じコバルトブルーのソファが配置されていた。こんな豪華な内装は王城以外で初めてだ。
そして金縁の素敵なティーカップとソーサー、3段のケーキスタンドに乗せられた軽食で上品なティータイム。
ご一緒しているのは『ド・リュミエール侯爵家の美人三姉妹』の次女。
彼女と共にティータイムなんて、全国民が羨ましがるシチュエーションなのは間違いない。
「申し訳ございません!お姉様!!!もう、お許しくださいませ…!」
「私は許しませんわ!!!
たとえリリーやフィリップ、メイド達があなたの怠惰で終わっている生活に目を瞑っていたとしても!!
私は!!!
許しませんわ!!!!!」
…この叫び声が屋敷中にずっと響いていることを除くと。
せっかくのお紅茶やらスコーンの味が全くわからない…。
ただでさえマナーや礼儀作法なんかで頭がいっぱいなのに…。
「今年の冬はまた一段と冷えますわね」
気を遣っていただいたのか、貴族としての会話術なのか、リリー様が当たり障りのない話題を提供して下さった。
「さ、寒いですよね。私がもといた国も、雪の降る冬の季節がありましたね」
「あら。そうなのね!そちらの冬はどう過ごすのが一般的なんですの?」
「そうですね…元気な人はウィンタースポーツを楽しんだりしますけど、こたつでミカンっていう家庭が一般的じゃないですかね」
「『コタツ』『ミカン』?」
リリー様もこの異世界ワードにお姉様のように目を輝かせた。
「お二人とも、お待たせいたしました」
あの叫び声をあげていたとは思えないほど落ち着いたララー様がいらっしゃった。
そのすぐ後ろから、少しだけ泣き腫らした目をしたルルー様がいらっしゃった。寝起きのお姿とはうって変わって、髪はハーフアップスタイルになり、その髪色とよく似合う薄いピンクのドレスを着用されていた。
そして彼女の身長にも驚いた。170cm後半くらいはあるだろう。手足も長く、地球だったらバレリーナでも目指せそうな体格だった。
私はその全ての美しさから目が離せなくなった。しかしルルー様はそんな視線には慣れきっているのか、私とは目を合わせようとせず、次女の元へ駆け寄った。
「リリーお姉様、お助けくださいまし…!はやくあの魔物、ララー公妃を宮殿にお返しください!」
「いいえ!私は、あなたの性根を叩き直すまで帰りませんわ!!!」
「ルルー?私達の敬愛すべきお姉様を魔物なんて言ってはいけませんわ」
「そうですわ!…って、リリー?あなたにも後でお話がありますからね?」
「……はい、お姉様…」
この三姉妹の会話にはできるだけ入らないようにしなければ…。
メアリーさんもいつもより影を潜めているような気がする…。
「そういえば!ここに来たのはルルーにお話があるからなのを、すっかり忘れていましたわ」
いつも通りの女神に戻ったララー様が改めて紹介してくれた。
「ハルカ様!こちらが私の妹、三女のルルー・ド・リュミエールですわ」
私は次こそ間違えないようにと、ゆっくりカーテシーを行った。
(すこし膝が痛くなったのはここだけの話だ…)
「ルルー?こちら私の友人で、日本から召喚された勇者、ハルカ・コウキ様ですわ」
リリー様にベッタリだった態度からすぐに真っ直ぐ立ち、少し顎を引いた。
「それで、ララーお姉様。次はなに?また縁談のお話でも持ってきたんですの?」
「いいえ、今回は違いますわ。まずはハルカ様からご説明を」
「はい!まずはこちらをご覧ください!」
私はマジックボックスから魔石がはめ込まれたタイプのキャリーケースを取り出した。
「私はこの旅行用カバンを富裕層向けに販売するビジネスを立ち上げたいと思っております」
ルルー様もリリー様も、そばで控えている屋敷のメイド達も皆興味津々だった。
つかみは上々かな…。
「それで、これを買ってくださいってことかしら」
三女様は冷たい視線で私を見つめた。このような貴族のお買い物では、商人がお気に召しそうな商品を持ち、直接邸宅に伺うのが普通だろう。私もそのような商人だと思われているに違いない。
冷たい視線でも、国宝級のお顔に見つめられるだけで初恋のように心臓がドクンと高鳴る。
しかし、そんな浮ついたままではいけない。
私は椅子に浅く座り直し、まっすぐに美しい彼女の瞳を見た。
「ブランド立ち上げ資金融資の為の、保証人になってはいただけませんか?」