ガラス工房
「あいつは…エリオットは、10代にして友好国の芸術大学のガラス学科に国費留学の予定だったんだ。国費留学なんて、めったにそんなチャンスは舞い込まないし、この若さでだ。
なんてったってガラス職人ってのは、才能もいるが経験がものを言う世界だ。
こいつはセンスがあるんだよ。
工芸の、芸術の、ガラスの。
しかし魔王軍との戦争がはじまっちまって、その話が延期になった。それであいつも腕が良いからポーション瓶の作成要員として徴兵されちまってよ…。戦争の長期化で、留学の話自体がポシャッしまったわけだ。
戦争が終結してしばらくしてから戻ってきたと思ったら…。
…まあ顔見たらわかるさ」
オリバーさんの工房から少し離れた場所にボロボロな建物があった。開けっぱなしになっている大きな鉄の扉から、彼はズカズカと入って行った。
「おーい、エリオットー!邪魔するぞー!」
工房内に響き渡るオリバーの低音ボイス。私も工房に足を踏み入れるとそこは灼熱の戦場…かと思ったが冬の厳しい寒さそのものだった。
そんな凍えそうな空間の奥に1人の青年がいた。まだらになった金色っぽい髪や髭は伸び切っており、その長髪の間から、正気の無い、暗い赤色の瞳が本の文字の羅列をただ左から右へ流していた。
「よお、エリオット!最近顔出してねーじゃねえか。元気にしてたか?」
「………」
青年はチラッと一瞬オリバーさんを見てから、本にまた視線を落とした。
「はーー…おめえさん、ろくに飯食ってねーだろ…。身なりも…あんま言いたかねーけどよ、浮浪者みたいだぞ」
「………」
たしかにこの青年はある意味で世捨て人の職人のようにも見えるが、浮浪者という言葉のほうがしっくりくるように思える。職人魂のような覇気を彼からは感じないのだ。
「…あの、はじめまして!私、ハルカ コウキと申します。オリバーさんに魔物の皮を使ったカバンを作ってもらっている者なんですけど…」
「………」
「オリバーさんから腕のいいガラス細工職人さんだとご紹介いただきました」
「………」
エリオットは相変わらず本から目を離さず、こちらの話を流していた。
がんばるんだ、遥…!ここで諦めてたまるものか…!
私はエリオットと本の間にヴァネッサのデザイン画を差し込み、少し大きめの声で明瞭に話した。
「これ、ヴァネッサちゃんが書いてくれた、私が立ち上げるブランドの香水瓶です。
シンプルだけど、良いデザインだと思うんです。
これを作っていただけないかと思いまして」
エリオットは一瞬目を細め、私の不躾な態度に不満を表した。
そして右手で炉を指した。
「…?その、今はまだ作れない、ということでしょうか?」
「………」
「あ!私に何かお手伝いできることはありますか?雑用でも、なんでもやりますよ!」
「………」
「お前を薪にするぞ…ということですか?」
「ブッ…ックク…」
離れた位置から見守ってくれていたオリバーさんが吹き出していた。
エリオットの髪の間から覗く瞳が私を強烈に睨んでいた。その瞳は怒りに満ちていたが、不思議と温度を感じなかった。
「あ!そういえば、ポーション瓶を作成されてたんですよね?
私、戦争時は後方支援系雑用係だったので結構ポーションとは触れ合ってて…」
それを言った瞬間、私の体が地面から少し浮いた位置にいた。
一瞬なにが起こったのかわからなかったが、エリオットが私の襟を掴んで持ち上げていたらしい。
「戦争…?ポーション…だと?」
カスカスの彼の声は、長らく誰とも会話していなかった事がすぐにわかるほどだった。
「は、はい…負傷者の治療に使ったり、戦闘で使ったり…」
私の体はそのままストンと地面に降ろされた。
「出て行け」
「…その、もう少しだけお話しできませ…」
「いいから出てけつってんだろ!!!!!」
「ハルカ、今日はこのくらいにしておこう」
私はオリバーさんに優しく背中を押されながら冷たい工房を後にした。