救済
『人体実験』
現代社会でいきなり人体実験は有り得ないはずだ。しかし、ここは異世界だ…。法律や倫理観など全てが違うのだ。
「今回の実験には国王の御許可が必要ですね…。私が取ってきましょう」
程なくしてリリウス所長が戻り、早急に治験の準備が進められた。被験者は自ら志願した密猟者達だ。もちろん報酬が出るから、という理由もあるとは思うが、もしかしたらこの中から更生する人物も出てくるかもしれない。まあ希望的観測だが。
「え…ニャアさん…でしたっけ」
「久しぶりだよね…もしかして彼女が薬を…?」
魔研から派遣されている治癒師たちがコソコソと噂話をしていた。
私でさえ聞き取れるのだから、ニャアには自分の目の前で言われているも同然だろう。
そうして、すぐに人体実験が開始された。
被験者の症状は第1から第3までの合計20名だ。
まずニャアが患者の体から発せられるムスクスフィアの香りや進行度合いなどから使用量を指示する。
それを治癒師が事細かに記録し、適切な量を体重などから計算できるようにする。
『ニャアのスペシャルブレンド特効薬』の効果はすぐに現れた。
患者はみるみると回復し、第3段階の結晶化した部位には(この気持ち悪い)特効薬を直接を塗布すると元の体に戻っていった。
「素晴らしいですね…!」
所長や魔研の職員は皆、歓喜した。あのコソコソ話をしていた治癒師たちも、素直に喜んでいた。
当然、ニャアも口には出さないが尻尾が全ての感情を物語っていた。
消臭剤の効果も証明され、特効薬とともに量産体制に入った。
そうして私とリリウス所長は1番気になっている患者達の所に赴いた。
コンコンッ
「ハルカです。失礼します」
「…はい。どうぞ」
重厚な扉を押し、室内に入る。
患者2名に対して、治癒師3名という特別体制だ。
それも当然だろう。
ここで眠っているのは姫君と勇者なのだから。
3週間前までは私のマジックボックスにいらっしゃったが、リリウス所長がこの部屋全体にマジックボックスと同じような時間経過が緩やかになる魔法を施したのだ。
ララー様は3週間ここに篭りっきりだったそうだ。
幸い、第3段階に進んでしまっていたマーガレット様の病状はあれから進行しておらず、童話に出てきそうな寝顔でお休みになっていた。
隣で眠っているココアちゃんも、第2段階で止まっているようだった。
「ハルカ様、リリウス所長。お久しぶりでございますわ…」
「ララー様、お久しぶりです。
こちら、先ほど認可が下りました特効薬と消臭剤です」
「…!!!それは本当ですの!?」
ララー様はマーガレット様を握っていた手を優しく置いてから、私の手をギュッと握った。
その手は非常に冷たかったが、握力は力強かった。
「ハルカちゃん!本当なの?」
「本当ですか!」
側で控えていた葵さんとメアリーさんも表情が希望的なものに変化した。
「はい!そうです!今から、2人に処置を施します。
所長、よろしくお願いします」
「失礼いたします」
所長は手際よく2人に特効薬を吸引させ、マーガレット様の結晶化した末端には直接塗布していた。
そうしてほぼ同時に2人は目を覚ました。
「マーガレット!!!」
「…?お母様?
あれ…ここは…」
「ココア!!!」
「………葵、ちゃん?…私…」
2人の母は愛娘をギュッと抱きしめた。
目覚めたばかりの2人はまだ朧げなようだった。
「よかった…!よかった!ココア?私たち、とても心配したのよ?」
「…」
「マギー、私のマギー…!もうどこも痛かったりしない?」
「…はい!お母様!まだちょっと眠たいけど、どこも痛くないよ!」
「………」
ココアちゃんを抱きしめていた葵さんが腕を伸ばし、話さない彼女の顔を覗き込んだ。
「ココア?大丈夫?まだどっか変な感じする?」
喜びに満ち溢れているララー様やマーガレット様方も、ココアちゃんの異質な様子にお気づきになられ、ここの空間が静寂に包まれた。
「私、お家に帰れたんじゃないの?」