科学者ニャア・ニャーニャ・ニャオニャオ・ニャー(ニャア・ニャーミャ・ミャオミャオ・ミャー)
日本の建築基準法なら間違いなくアウトな、建物の斜め上に部屋がいくつも張り付いているお宅の中になんとか入れてもらえた。まず玄関ドアが二重で、一つ目の扉をくぐると生暖かい風でお出迎えされ、やっと二つ目の扉を開き母屋(?)に入れていただけた。そしてすぐにふわふわの真っ白なバスタオルと香り高いハーブティーを貰い、暖炉の前で震える体を温める。
「ニャアちゃん…酷いっス…ここまでしなくてもいいじゃないっすか…」
「だって臭いんだニャ」
「そ、そんなに私たち匂いますか?昨日の夜、お風呂入ったんですけど…」
「だって、仕方ないニャ…」
彼女は頭の上に三角が二つ乗っているガスマスクを外した。
「だって、人間より鼻が良いんだから仕方ないニャ」
語尾といい、マスクの形状といい、やはり猫獣人族だった。ふわふわなグレーのボブヘアーで、耳の中の色がライムグリーンで異世界感MAXの可愛い子だ。瞳の色もライムグリーンで、髪色とお揃いのバッサバサのまつ毛がなんとも羨ましい。話す口元から八重歯が覗いていて、容姿はほとんど人間に近いのだが、ポイントポイントはやはり猫の要素がある。しっぽも、服の中に隠していたのをここで出した。この容姿からは、見ず知らずの人間にいきなり放水するような人(猫)格には思えない…。
“かわいい”はある意味罪だな…。
「うちに来るのに、一昨日ネギ類の入った料理食べたニャ?本当に迷惑だニャ!!」
「…たしかに、一昨日の晩御飯に玉ねぎ入ってた…!でも、あの距離で、ムスクスフィアの香りの方が強そうだし…しかも昨日今日じゃないのに、よくわかりましたね…!」
「人間種は鼻が悪いから仕方ないニャ」
この異世界の人間の他人種や他種族を簡単に小馬鹿にする癖は国民性なのだろうか…。
「それで、アンちゃんはなんの用かニャ?」
「そうだったっス!今日はニャアちゃんにお願いがあって来たっス!このハルカちゃんから説明するっス!ハルカちゃんこちらは、ニャアちゃんっス!」
私は縮こまっていた背筋を伸ばし、可愛い猫さんのほうを向いた。
「初めまして。ハルカ コウキと申します」
「………」
彼女は私にそっぽを向いたまま、アンに近づき甘え出した。
「あ、あの…」
「アンちゃん、最近全然遊びに来てくれなかったけど、ニャにしてたの?」
喉をゴロゴロ鳴らしながら、頭をアンのタオルに擦り付けている。そして私は完全に無視だ。
「最近はアルバイトとかしてたっス!お弁当を詰めるだけなんっスけど…これが意外と重労働なんっス!」
「へー!!すごいニャ!アンちゃんは何しても偉いニャ!」
「あ、あの…その…」
私が話に割り込もうとすると彼女はチラッと私を一瞥してから、またすぐにアンに甘え出した。
彼女はアンをジッと見つめ、無言の圧力で撫でてくれとアピールする。アンが頭を撫でてあげるとまた嬉しそうに喉を鳴らすのだ。人間の言葉を話せるのに、かわいい甘え方を熟知しているのだ。そして私は完全に無視だ…。
「ニャアちゃん、そろそろハルカちゃんの話聞いてくれるっスか?」
「えーーーー!!!なんでアンちゃんとラブラブしてるのに、他のよくわかんニャい人間の話聞かニャきゃいけないの!!!」
ラブラブってお前らは恋人か!!
なんだか段々、親友だと思っているアンちゃんを取られている感覚になってきた…。
あ!!!そういえば!!!
私は急に思い出し、マジックボックスからあるものを取り出した。
「クンクン…この香りは!!!」
そっぽを向いていた猫さんは鼻をヒクヒクさせながら、やっとこちらに関心を寄せてくれた。
「そうです!『勇者庵』という料理屋から貰ってきた鰹節です!!!」
「ああ〜!いい匂いだニャー…!!」
彼女は嬉しそうにしっぽを左右にフリフリする。ようやくこっちの話を聞いてくれそうだった。
「こちら、あなたにプレゼントです!どうぞ!!!」
私が手渡すと同時に彼女は目にも止まらぬ速さで包みを破り、一枚一枚嬉しそうに鰹節を頬張った。食べている姿が本当に可愛らしい…。
猫ってなんでこんなにかわいいんだ…。
「あの、それで…ご相談があるんですけど…あ、まずお名前聞いてもいいですか?」
「…ん、そうだったニャ。まだ名乗ってなかったニャ」
「ニャアはニャア・ニャーミャ・ミャオミャオ・ミャーだニャ」
「ニャア・ニャーニャ・ニャオニャオ・ニャーさん…?」
「違うニャ!!!ニャア・ニャーミャ・ミャオミャオ・ミャーだニャ!!」
「ニャーア・ミャー…すいません…全部同じに聞こえます…」
「シャアーーーーー!!!!これだから人間種の耳の悪さにはうんざりするニャ!人の名前の発音がちゃんとできないなんて、獣人族の中では失礼にあたるニャ!」
彼女はしっぽをブンブン勢いよく振り、怒りの感情を表しているようだ。
「まあまあ。ウチもちゃんと発音できてないけど、許してくれてるじゃないっスか!ハルカちゃんのことも大目に見てほしいっス!」
「それは、アンちゃんが特別だからニャ」
たしかにアンちゃんは【対人スキル】カンストガールだが、やはりニャアさんは異常に彼女を慕っているような感じがする。…ちょっと羨ましいな。
「で、要件ってマーガレット公女かニャ?」
彼女の瞳の瞳孔は縦長になっていて、こちらの動向を全て察している…とでも良いたげなものだった。でもずっと鰹節の匂いを嗅いでいるので、少し緊張感が緩んでしまう。
「そうです。マーガレット様が、おそらくムスクスフィアのせいでお身体の一部が結晶化し、昏睡状態となっています。国を挙げてこの症状の研究をしています。それでニャア?さんが魔法だけに頼らない科学的な研究をしていると、このアンから聞きまして…お願いしに伺った次第です」
鰹節でテンションの上がっていたニャアさんは、私が話し終えると同時にしっぽをピタッと止めた。
「絶対に嫌だニャ」