2人の眠り姫
ここ数日の私の日課はララー様とメアリーさんにマジックボックス内に数回入れて差し上げて、マーガレット様の看病を見守ることだ。豪華で細かい装飾で飾られたベットの周りには、マーガレット様のお好きなぬいぐるみやお花で飾られていた。眠り姫そのものだ。時間が止まっているその眠りは、夢のような美しさもあり、精巧に彫られた彫刻のような不気味さも同時に持ち合わせていた。
「マーガレット…」
ララー様は彼女のベットに腰掛け、愛娘の頬を指背で優しくなぞる。その光景はまるで宗教画のような神聖さがあった。
メアリーさんはその間に届いたお花やお見舞いの品を丁寧に並べていた。王国第2王子の長女、王位継承権第4位の人物の為、要人や各国の代表から届いているのだ。
「ういっス!ハルカちゃん!お久しぶりっス!」
「アンちゃん!!!」
いつもなら何も荷物を持たない彼女が、風呂敷に包まれた箱を片手に持ちながらいつも通りの笑顔で歩いてきた。数日ぶりに見た友人の変わらない顔に、私は少しだけ涙が出そうになってしまった。
「ちょっと!ちょっと!大丈夫っスか?!話聞かせてくださいっス!」
私はムスクスフィアの調査団として派遣されてから一連の流れを説明した。かなり長い話だったし、彼女の情報網なら知っている情報もあるだろうが、アンちゃんは真剣に最後まで遮らずに聞いてくれた。こういう気遣いのできるところもアンちゃんの尊敬すべき点だと私は思う。
「大変だったっスね……」
「そうなの…それで気になったから、さっき魔研に顔を出したんだけど…」
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「研究が…全然進まない…進まないのじゃあ〜〜〜!!!!」
暇を持て余している私は、魔研で手伝いができないかと思い顔を出した。しかし、修羅場にのうのうと入り込んだ決断をすぐに後悔した…。
かわいらしいリリウス所長はオフィスで発狂していた…。徹夜続きで、しかもずっとお風呂に入ってないようだった。クマがひどく、髪もボサボサになり、少し実年齢に近づいているような見た目だった。
「しょ、所長…ちょっとは休んだほうがいいんじゃないですか…?そのほうが頭も冴えそうですし…」
彼はまたまた私に近づき、台に登り「無理じゃ!!!!ワシは魔法と研究するしか能がないんじゃ!!!!」と怒鳴った後、魔法で部屋から追い出された。
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「あー…それはマズイっスね。ハルカちゃんは妙に首を突っ込みたくなる性分っスから…
まあ仕方ないっスよ!」
「あー、己の性格を呪うよー」
「で、問題は眠り姫達をどう目覚めさせるかっスよね…」
「そうなの…なにかいい考えないかな…」
私は無限の人脈を持つその人をチラッと見た。
「うーん…魔法が使えるってわけじゃないっスけど、別の分野で研究している人なら知ってるっスよ!」
「え!!!本当!?」
「…だけど…うーん…魔研が絡んでるとなると…どうっスかね…」
「今はそんなこと言ってられないよ!アンちゃん、ぜひ私に紹介してくれない?」
「うーん…まあ、大丈夫っスよね……いいっスよ!」
「ねえ、王都内って都会じゃないの…?」
「王都も広いっスから、こういった場所もあるんスよ!」
私たちは王都の外れにある森…というよりもはやジャングルの中を歩いていた。いつも住んでいる場所などの反対側になるので、土地勘の無い場所だが…本当に王都内なのか?
「たしかここらへんにお家があるっスよ!」
木々の向こう側に開けた場所が見えた。久しぶりに広々とした場所を拝める…と思ったのも束の間。
「お前ら止まるんだニャーーー!!!!!!」
その大声とともに、大量の泡が押し寄せた。
全く状況が理解できず、その泡を掻き分けなんとか前に出ようとするが濃密な泡が背の高さよりあるせいで身動きが取れなかった。息もできない中、私はここでこのまま泡まみれで死ぬのか…と考えてしまった。
ジャッバーーーーー
今度は泡を洗い流す大量の冷たい水がかけられた。この冬に近づいている気温なのに、だ。冷たい外気に晒された濡れた洋服が身体中にピッタリと張り付き、ガタガタと全身が震え、歯もガチガチと今までに聞いたことがないくらい高速で顎が上下した。
「ちょっとちょっと、ニャオちゃん!アンっスよ!酷いっス!!!」
「そんなのわかってるニャ!だから清潔にしたんだニャ!!臭いんだニャ!!!!!」
変わった形の建物の前で消防士なみのホースを持ち、ヘルメットタイプのガスマスクをつけている人物が叫んでいる。そのヘルメットの頭の上には三角形が2つ乗っていた。
「も…もう、なんでもいいから…暖を取らせてください…!!!」
私はガチガチと鳴る歯の間から声を振り絞った。