ブランドポリシーとは…
「それで?社長!!!
ブランドの名前は?コンセプトは?オープンの時のアイテムはキャリーバックだけ?お店の立地は?どうするの???」
天才デザイナーは次から次へと質問を浴びせる。
「あ…いやー…そのー…」
「はあ?何にも決まってないの??本当にやる気あるの???」
「嬢ちゃん、そんな何でもいきなり決められるもんじゃないだろ。ちょっとは落ち着かんかい」
「わかってるわよ!!でも、こっちだって何にも教えてもらえないんじゃ、デザインのしようもないわよ!」
それは大変ごもっともだ。
葵さんのタブレット書庫所蔵の本にもターゲット層を明確に決めるべきと書いてあった。
ヴァネッサは一度お店を開いているわけだし、そこらへんの知識は豊富なのだろう。
「ヴァネッサちゃんの言う通りだね…購買層は、貴族などの上流階級ってのは決まってる。
旅行に行く時に使える、軽くて丈夫でお洒落なキャリーバック」
「なるほどね…わりと決まってるじゃない。それじゃあ派手で豪華な物を作らないとね!」
「派手で豪華…うーん…」
「なに?何か変?」
「いや…今って貴族の間ではどんなファッションが流行ってるんですか?」
「それはもう、唯一無二のオリジナリティーのあるお洋服よ!他人と差別化を図った、派手で凝ったデザインよ!」
そうか…いつも接している公貴なご身分の方はララー様ばかりだった。
ララー様はシンプルで素材の良いものを好まれてお召しになっている。
装飾もあまりゴテゴテしておらず、ララー様ご本人の気品があるからこそ王族としての威厳が感じられるのだ。
そのため他の貴族にもそういったシンプルさが好まれているのかと思っていた。
「帽子だって、羽をつけるけど珍しい動物や魔物をつけるほど威厳が増すのよ!」
「あれ?魔物ってそんなところでは使われてるの?」
「あったりまえじゃない!美しいものは魔物だって利用するわ!」
なんだろう…タコは気持ち悪いから食べない、でもウニは食べる…みたいな?
もうどう例え話をしたらいいかもわかんない…
価値観が違うってたいへんなんだなぁ…
「それじゃあ、魔物の活用が全く受け入れられないってわけじゃなさそうだね!良いこと聞いた!」
「じゃあ豪華な感じでいくのね?」
「うーん…それはどうなのかな…」
「はあ?はっきりしないわね!」
「いや、このアイディアの出発点って魔物を倒したらそのまま捨てていくことが『もったいない』って思ったことなんだ。だから『もったいない』ってのと『豪華絢爛』ってのが合わない気がするんだよね…」
「なにその『もったいない』って。意味わかんないんだけど」
私はイライラを募らせるデザイナー様と寡黙な職人に『もったいない』の概念を説明した。
「もーーー!それがブランドの根幹じゃない!!!なんで先に言わないのよ!!!」
「嬢ちゃんは商売が初めてなんだから、そう上手くなんでもこなせるわけじゃねーんだ。ちょっとは先輩らしくしたらどうだ?」
「え…『先輩』?」
ヴァネッサは急に上機嫌になり、腕組みしていた手を腰に当て、いつもより威張ったポーズをとった。
「ふふんっ♪私はビジネスの『先輩』だから、なんでも聞くといいわっ!」
うわーなんともまあ、単純な性格だ。
まあ扱いやすくて助かるが…
「ヴァネッサ先輩!もったいない精神がブランドポリシーなんです!だから、キャリーバックも全部魔物の素材で作りたいんです!」
「その方針、気に入ったわ!じゃあ、キャスターとか、持ち手部分にも魔物の強い素材が必要ね!」
「そっか…本体だけじゃなくて、そのほかの部品の材料も考えなくちゃいけないんだよね…オークの牙とか骨って使えないですかね?」
「ええ!!それはキモすぎる!!私は無理!!!」
「そうじゃな…たしかに耐久性には優れておる…加工が大変そうだが、やってみるか…」
「ありがとうございます!」
「ちょっとおっさん!!!!私は絶対、ぜーーーーーったいに無理だからね???嫌よそんなの!!!!!」
「おおっ!かっこいい…!」
数日後、工房を訪れるとキャスターと取手のサンプルが出来上がっていた。
キャスターは骨でできており、軽くて丈夫という魔物素材ならではの一品だった。
真っ白だが汚れにも強く、水でサッと泥汚れなども落ちるそうだ。
持ち手部分は牙を削って作ったそうだ。
さらにオマケとして彫刻も彫ってくれた。
オリバーさんの工房は腕のいい職人ばかりで本当に頼りになる。
「かっこいいっスね!こんな細部にもこだわれるなんて、オリバーさん流石っス!!」
オリバーさんは普段の表情はあまりないが、アンちゃんの言葉には照れを隠しきれずにいた。
同じ言葉を発しているつもりでも、アンちゃんが言うと何かが変わるんだよな…。
見習いたいものだ。
「うわ…なんでアンがいんのよ…」
「ヴァネッサちゃん!呼び捨てはひどいっス!」
「じゃあ、アンおばさん」
「ダメっスよ!……ちゃんと呼ばないと…どうなるかわかってるっスよね?」
笑顔なのだが、圧と重さのある言葉だ。
「じゃ、じゃあ…アンさん………」
「うん!よくできましたっス!」
「おっさんがすーぐ作っちゃって、仕方なく“仕方なく”よ?見てあげたんだけど。
まあ、おっさんが作ったから?なんかいい感じに見えたから、まあ?デザインに取り入れてあげようかなって思っただけよ!
絶対、アンタらの思惑に乗ったわけじゃないからね!!」
「それじゃあ、私のデザインを見なさい!!!」