Episode005 アクニたそ!
唇と唇が離れたその瞬間に思った。
……ファーストキスってなんて初々しいんだろう、と。
かなり客観的な感想にはなるが、舌を使わなかった故、そう思った。
ぶっちゃけて俺は、キスは1度目とか2度目とかに関係なく、舌を使うという謎すぎる偏見を持っていたのだ。
だから、ちょっと今回の初々しいのはめちゃくちゃドキドキした。
舌を使っていたら、きっとこの気持ちを味わうことはできなかっただろう。
少し息を切らしながら10秒間の口付けを終えた俺たちは、耳まで真っ赤になりながらに見つめ合う。
「……自惚れだと思って言わなかったが、まさか本当にこうなるとはね……」
「なぁんだ。ちゃんと分かってくれてたんじゃん」
照れながらにそう言うアクニは、最高に可愛かった。
俺は本能のままに彼女を抱き締めてしまったが、アクニは嬉しそうにしながら抱き締め返してきた。
ああ、俺はきっと、この瞬間のために生まれてきたのかもしれない……。
そう思えるほどに、今の俺は幸せだった。
なんてことをしていると、賢者タイムとでも言うべきか、急に同時に恥ずかしさが来て、俺とアクニは抱き合うのをやめた。
「ご、ごめん……いきなり抱き着いて」
「あ、あたしこそ、急にキスしてごめんね……」
二人で何故か反省会を始めてしまった俺たちは、そのまま吹き出してしまった。
一緒に笑い合える時間というのは、とても充実したものだと思い知らされる。
ぶっちゃけて、日本にいた頃の俺はもとより、この世界に来てからの2年間、こんな幸せな瞬間が来るとは思いもしなかった。
正直に言えば、魔王を倒してアクニと幸せになろうにも、その前にゼルバたちに殺されていた可能性の方が遥かに大きかったからな。
さて、そんなもう起こりえないクソみたいな未来の話は置いといて。
「えっと……。今から王都行く?」
「……そ、そうだね。国王様に早く知らせた方がいいと思うし……」
俺たちは、自分たちの幸せな生活の為に行動を始めることにした。
国王様にこのことを通達しないべきなのは、あのパーティーメンバーの視界に入る範囲での話である。
それこそ、追跡する魔法やら盗撮に使える魔法やらを使われていた場合、俺はもう殺されていてもおかしくないし、王城に行ったタイミングで死ぬパターンかもしれないが、その辺を心配していてはどうしようもない。
そもそも、そんなことで死ぬのなら、『万物創造』を使った時点で死んだだろうし。
だから、何も恐れることはないのである。
もし今更追手でも放ってきていたのなら、話は別かもしれないけど……。
とりあえず、今の俺が即座にするべきことは、少し考えていてだいたい分かった。
こうしておけば、俺があのクソ魔術師の能力で死ぬことはない。
俺はさっさと『万物創造』を発動させることにした。
能力を発動させると、普通に体が光りはじめ、俺の肉体に浸透していった。
そんな様子をこわごわ見ていたアクニが、何かを期待するような目で見てくる。
……俺はそんな何でもできるスーパーヒーローじゃないんだが。
そんなことを思いながら話を聞く中、俺は思いっきり固まってしまった。
「ねえ! トウリくん、今度は何したの?」
……そう。まさかの『トウリくん』呼びである。
今まではシンプルに『勇者様』だったんだけど、いきなりカノジョ面を……。
そのくらいの方が俺としては好みなので、むしろありがたいばかりだ。
とは言え、急にそんな呼び方をされると思っていなかったこともあり、俺は頬を熱くしながら、ちょっと小声になりつつ、アクニに訊いた。
「……な、なぁ。今、俺のこと、『トウリくん』って呼んでくれたのか?」
「ヘッ!? あ、あー……うん、そう、だけど……。ダメ、だった……?」
俺が自分の髪色を超えたんじゃないかと思うくらいに赤くなる中、陰キャモードに戻ったようなアクニは、俺を上目遣いで見ながらそう言った。
……可愛すぎんだろッ!!
俺はガバッと効果音が付くくらいに勢いよくアクニ……いや。
「いや! 全然! むしろありがとう! アクニたそ!」
「あ、アクニたそ!?」
……アクニたそを抱き締めながらそう叫ぶように言った。
こんなに朝から抱き着きまくってると、将来的にはずっとくっついているんじゃないかと、自分でも少し不安になってくる。
まあ、それはそれでやぶさかではないんだが……。
そう思いつつ、俺は自分で全力でそらしてしまった話を戻すことにした。
「……で、俺が何したかだったっけか、アクニたそ?」
「アクニたそやめて! 恥ずかしい!」
俺はその呼び方でもうアクニたそを呼ぶと決めたので、断じてやめる気はない。
彼女が本気で怒った暁にはやめなくもないが。
とりあえず、これ以上イジるのはやめて、さっさと説明してあげるとしよう。
「俺はさっき、『万物創造』で、『【呪縛】及びそれに準ずるものが効かない肉体』という《《体質を創り出した》》んだよ。これで、もうあのクソ魔術師がかけたヤツは効かないから、それを利用して、今度会ったときには煽ってやる」
「そ、そうなんだ……。『万物』って言っても、そんなこともできるなんて……!」
俺の解説に、目をキラキラ輝かせながらアクニが言った。
……うん、可愛い。
そんな俺の心の内も知らず、アクニたそは俺の手を取って言った。
「じゃあ! あたしの体を、『絶対にトウリくんに幸せにしてもらえる体質』にしてくれないかな……?」
おっとぉ……?
それは、俺の手で幸せにしてほしいって言っているのかなぁ……?
いや、そうじゃなかったら好きなんて言わないし、キスだってしないか。
そりゃそうだ。
それにしても、絶対に俺に幸せにしてもらえる体質、ねぇ……。
ちょっと気障なことを言うが、俺は確約された幸せは嫌いだ。
なんとなく、その辺には無駄に抵抗があるといいますか。
別に、俺以外の男にアクニたそが幸せにされることを良しとしているワケじゃない。
ただ、これは俺の自己満足の問題だ。
そんなことでアクニたそのお願いを無碍にするのは少し心が痛むが、ここは俺が男として頑張る宣言をできるいい場なんじゃないだろうか。
俺は一度軽く深呼吸をすると。
「……なぁ。俺がさ、アクニたそを絶対に幸せにできるように努力するからさ。そうやって能力の効果ナシで、キミを幸せにさせてくれないかな……?」
そう言って、顔が熱くなるのを感じながら、アクニたその顔を見つめた。
見つめられた彼女も顔を赤くしながら、俺を見つめ返してくる。
まだ日が明けて1時間と経過していないのに、今日だけで何度目の赤面だろうか。
俺はもしかすると、数年後とかには、こういうことでは動じなくなっているのかもしれないが、見つめあって顔が赤くならない若夫婦というのは見たくないものである。
それがその2人にとっての愛のカタチであったとしても。
おっと、1人脳内で話が脱線してしまった。
クサいセリフを言ってしまったが、アクニたそはどう思ってるんだろうか……。
と不安になっていると。
「……じゃあ、期待してるからね、旦那様」
急にそう言って、次の瞬間には俺の頬にキスをしていた。
あまりにも急なサプライズ的行動に、俺の中で何かが千切れた。
もしかするとそれは、意識の手綱というよりも、俺の体を引っ張って支えてくれていた糸のようなものだったのかもしれないと、俺は思う。
……そこで俺の意識が途絶たことに関しては、弁明の余地もないです、はい
次回 Episode006 俺の男としての本能がッ……!