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I love 愛, but 愛 don’t love I.

作者: 花浅葱

こんにちは、花浅葱です。

現実恋愛を書きました。

楽しんでくれれば幸いです。

 

 柊琥珀(ひいらぎこはく)柊琥珀(ワタシ)は、愛されている。


 両親に。家族に。クラスメートに。友達に。先生に。地元の人に。同性に。異性に。神に。天使に。悪魔に。

 ワタシは、神から与えられたとしか考えられない天性の愛され体質を持っていた。


 もちろん、人に愛されるということはいいことばかりじゃない。だけど、ワタシはその周りが都合よく動いてくれる体質自身を───要するに、自分自身を愛していた。


 これは、そんな若干自己愛(ナルシズム)の強いワタシと、ワタシに深く心酔している男子───青柳茜(あおやぎあかね)とが紆余曲折を経て付き合い始めるまでのお話である。


 ***


 ───とある秋の日であった。


 夏の暑さを忘れて、冬の寒さにそろそろ備えようかと思い立つ、そんな体にちょうどいい気温の日の放課後。ワタシは、青柳茜(あおやぎあかね)という同じクラスの男子に今は授業では使われていない旧校舎の裏にまで呼び出されていた。


 ワタシの学校には、現在高校1年生から3年生までが使用している新校舎と、職員室がある教員棟。そして、部室だけで埋められたクラブ棟がある。

 もっとも、クラブ棟はグラウンドの外にあるアパートのような2階建ての小さな建物であり、「棟」と名前の付いている職員棟と比べてしまえばかなりショボくなっている。使っているのは、グラウンド及び体育館の近くなるので運動部だけだ。

 ちなみに、教員棟は職員室があるから「教員棟」と呼ばれているだけであり、そこに実験室や家庭科室・音楽室なども含まれている。


 そして、ワタシが呼び出された旧校舎は、授業では使われていないが放課後の自習室や文化部の部室としては使用されている。


「あ、いたいた!ごめん、遅くなって!」

 そこに現れたのは、制服である黒い学ランを着ている黒髪の少年───青柳茜(あおやぎあかね)、ワタシをここに呼び出した張本人だった。それなのに、遅刻なのは何事か。まぁ、いい。

 旧校舎の裏に呼び出されるのも数えられないほどあるが、皆してくるのは同じ告白だ。


 一度、バッサリと断ってしまえば大抵の男子はトボトボと諦めてくれる。ワタシは、ワタシを心の底から愛してくれる人としか付き合わないと決めているのだ。


 ───そう、愛され体質のワタシは「人から愛される」ということは星の数ほどあるが、「人の心の底から愛される」ということはまだ一度も経験したことがないのだ。


 人気のアイドルが俳優がyoutuberが歌手が人気だから、私もその人が好きだ───といった、半ば同調現象のような感じでワタシは愛されていたが、心の底から愛される───オタク用語と言うもので表現するのであれば「ガチ恋」と言うものはまだ感じたことがなかったのであった。


 そんな、中途半端な愛しか知らないワタシは、心の底から愛してくれる人を望んでいた。

 だからこそ、世に蔓延っている漫画や小説・ドラマや映画などにある「ワタシに興味がない人がいて、意地になって振り向かせようとしたら、好きになっていた」みたいな恋愛はしたことがなかったのだ。


 彼も、きっと生半可な覚悟で、中途半端な愛で告白してきた男の一人だろう。そもそも、「心の底から愛してくれる人」の判別方法を決めていないのだが、彼で心を入れ替えて告白を受け入れようと思う気はない。

「そ、それで...話って何かな?」


 ワタシは、あたかも何も知らない純粋無垢なように振る舞う。何度だって同じ場所で似たような文句で告白を受けてきた。ジョセフではないが、次の言葉を当てることだってできる。


 次の言葉は「え、えっと...俺と付き合ってください」だろう。


「───え、えっと...俺と付き合ってください!」

 当たった。一字一句間違えること無く正解できた。別に、青柳茜(あおやぎあかね)のことを詳しく理解している訳では無いが、少し吃るところまでも正解できるとは思わなかった。もしかしたら、相性がいいのかもしれない。


 まぁ、相性がいいのかもしれないが、生半可な愛だろうから付き合うことはしないのだが。


「あ、あはは...告白してくれるのは嬉しいんだけど...ごめんね。付き合うことはできないな...」

「ど、どうして?」

 彼は、少し驚いたような感じで目を見開いた。彼は知らないのだろうか。ワタシに告白して振られた男衆の噂を。告白なんか、成功か失敗の2分の1───所謂、50%なのだからそこまで驚く必要もないだろう。


「えっと...好きな人がいるから...かな?」

「───そんな...」

 青柳茜は、酷く悲しそうな顔をする。今にも、泣き出しそうなそんな表情だった。ワタシに振られて、悔しそうな顔をしてきた人は何人でも見てきたが、こんなにも泣き出しそうになるとは、青天の霹靂だ。


「───その、好きな人を...教えてくれる?」

 青柳茜は、そう言ってくる。でも、もちろん「好きな人がいるから」みたいなのは断るために口から出たでまかせ・完全な方便、適当な嘘、大雑把な戯言だったのでそんな好きな人の名前が出てこない。


「そ、それは無理かなぁ...」

 ワタシは、苦笑を浮かべてやんわりと答える。


「じゃ、じゃあ...その人のどこが好きなの?」

 まるで、インタビューのように問いかけられるワタシ。まるで、尋問されているように問い詰められるワタシ。そんなことを聞き出して、何に使用するのかと思った。

 ここで、答えなかったらまだまだ詰問されそうだったので、ワタシは適当に答えることにした。


「運動ができて、カッコいいところかなぁ...」

 完全な虚言。意味のない作り話。生まれるはずのなかった捏造話。


「───わかった。その人より、運動ができるようになってカッコよくなるから」

 そう言うと、青柳茜はその場から去っていった。ワタシは、その場にポツンとただ一人残されてしまった。なんだか、ワタシが馬鹿みたいだった。


「どうだかねぇ...」

 青柳茜は、いもしない幻想のワタシの好きな人より「運動ができるようになりカッコよくなる」という目標を立てた。彼は、どこまで努力できるのだろうか。

 これまで告白してきた人たちは、一度振ってしまえばもう告白してこないで遠くから嫉妬深くワタシのことを見てきていたばかりであったから、こんなことを言われるのは初めてだった。




 ───ワタシが、青柳茜から告白されて数日が経つ。


「え、嘘...青柳君ってこんなにカッコよかったっけ...」

 クラスで、女子の中での一軍を獲得しているワタシは、周りに集っているクラスメートのそんな声を聞く。ワタシが、その声を聴いて教室の扉の方を見る。そこにいたのは、青柳茜だったがその容貌はワタシに告白した時とは大きく違っていた。


 そう、青柳茜はクラスの女子がザワつくほどに「イケメン」に変わっていたのだ。

 若干ボサッとなっていた髪型を整えて、猫背になっていた背を伸ばし───些細な変化が重なって、かなりのイケメンに進歩していたのであった。


 まぁ、チャラいイケメンにこれまでに何度も告白されてきたが、それを受け入れてきていなかったのでワタシは顔で付き合うかどうかを決める面食いではないのでほとんど抱く思いは変わりないのだが。

 だけど、この変化がワタシの言った「架空の好きな人」に対する対抗心と考えると、ワタシを思っての行動だと考えることができる。


 ワタシを思って、行動してくれることに関してはどこか嬉しかった。ワタシに告白してきた男は、これまでそんなことをしてきてくれなかったからだ。

「ねぇ、琥珀ちゃんもそう思わない?」

「───え、あ、うん。そうだね」

「あ、でも琥珀ちゃん、この前青柳君と告白断ったんだっけ?勿体ないねぇ...」

「そ、そうだねぇ...勿体ない」


 ワタシは、青柳茜のことを「イケメンだ」と褒め称えている皆のヘイトを買わないように適当に賛同しておいた。青柳茜は、ワタシの言葉を聴いていたのかこちらを見てニコリと笑みを浮かべた。ワタシの真意も気付かずに馬鹿馬鹿しいとも思ったが、何も言わなかった。


 ワタシが出した、ワタシの好きな人 (架空の設定)は「カッコよくて運動ができる」だ。今回ので、カッコよくなったのはまぁ、認めなくもないが運動ができる───というのは、一朝一夕の努力でなんとかなるものじゃないだろう。と、思っていたら───


「すご...あれ、青柳君?」

「青柳君って、あんなに運動できたっけ?」

「やば、カッコよ...」

「待って、好きになっちゃったかも...」

「───」


 ワタシの周りにいる女子が、ザワザワと騒いでいる。今日の体育は、体育館で男女共にバスケ───体育館を真ん中で分断する緑色のネットが天井から吊るされて、それで分けられて体育を行っていたのだが、そこで青柳茜はスリーポイントなどのイケメンプレイを連発したのだ。


 それにより、ワタシのクラスの女子の大半は、もう青柳茜に釘付けになってしまったのである。まるで、青柳茜の中身が変わったかのようであった。

 実際、そう疑われてもおかしくないほどの変化であろう。運動神経は、数日で変わるわけがない。

 だが、青柳茜は実際に変わってみせたのだ。元々運動神経がいいことを隠していたのか、ワタシを振り向かせるために覚醒したのかはわからないし、知る由もないし知ろうとも思わなかった。


「そこまでするなんて...凄いわね...」

 どこか、ワタシの心の中には「嬉しさ」というものがあった。ワタシのために、ここまで成長───というか、変わってくれるのが嬉しかったのだ。

 この変化が、ワタシへの「愛の形」だと思うと、すごく嬉しかった。





 ───と、それからまた数日が経つ。


 どこか、クラスメートからこれまで感じたことのない視線がやってくる。

 画鋲で指を怪我したときのような、そんな小さく鋭い痛みのような視線。ささくれができてしまった時のような、違和感と不快感のミルフィーユのような感覚。

「───皆、ど、どうしたの?」

「───い、いや、別に?」


 どこか、素っ気なさがあるクラスメート。どこか、ちぐはぐな感じがするクラスメート。ワタシは、クラスメートへ対する漠然とした疑念を抱いてしまった。そして、それは向こうもワタシに対して昨日一昨日とは違った感覚を抱いているのが見て取れた。何があったのだろうか。


 ワタシは、彼女達に詮索しても何も有益な情報は得られないだろうと───その違和感は、詮索しても欲しい回答を得られないであろうからワタシは自分の席に着席してスマホを眺める。

 ワタシは、インストグラムを眺めていると他クラスの女子がやって来てワタシにこう教えてくれた。


「ねぇ、知ってる?2組の美玲ちゃんと3組の真帆ちゃん、それとこのクラスに居る梨花ちゃんと葵ちゃんが青柳君に告白して振られたんだって」

「───え、そうなの?」

 ワタシは、つい驚いてしまう。


「それでそれで、なんて言って振られたか知ってる?琥珀ちゃんのことが好きだから付き合えないって言われたんだって!」


 どうやら、青柳茜はそんなことを言って色んな人からの告白を断っていたようだった。ワタシは、その言葉が嬉しかった。青柳茜は、正真正銘ワタシのことが好きなのだ。


 ───青柳茜なら、ワタシのことを心の底から愛してくれるだろう。


 青柳茜に告白した女子は、それなりに可愛い子ばかりなのだ。なのに、それでもワタシを選ぶ姿勢を貫き通してくれているのだから、彼のワタシに対する愛は他者の介在によって揺れ動くことのない不変のもの───ワタシが求めていた「心の底からの愛」なのだ。


「へぇ...そうなんだ...」

 クラスメートの視線に違和感を感じたのは、ワタシが振られた理由になって目の敵にされていたからであろう。まさか、振った相手ではなく女子からもその視線を向けられるとは思わなかった。


 まぁ、この状態で青柳茜が再度告白しに来るだろうから、その時に告白を了承すればいいだろう。ワタシは、初めての心の底からの愛を見つけて気分がどこか高揚してしまう。

「なんか琥珀、嬉しそうだね。もしかして、琥珀も青柳君のこと好きなの?」

「え、あ、えっと...まぁ...」

「なんだ、両思いじゃん!」

「ちょ、ちょっと、いるんだからさぁ...」


 ワタシは、そんなことを言っておいた。伝えたいことを伝えたのか、別のクラスの女子は出ていった。彼女の大きな声を聴いて、こちらを見ていたのは青柳茜に振られたらしいクラスメートであった。ただ、遠巻きに見ているだけでワタシに話しかけるといった行動はしてこなかった。



 ───そして、次の日。


「───あ」

 ワタシが、朝のホームルームの5分前に登校すると、下駄箱に一枚の手紙が入っていた。それは、「今日の放課後屋上に来てください」といったものだった。そして、最後には青柳茜という名前も明記されていた。


 どうやら、今日ワタシは再度青柳茜に告白されるようだった。

 ワタシの学校では、屋上に入れる───正確には、鍵が壊れている出口があり、そこから潜入することができるのだ。


 わざわざ、青柳茜はそこを告白場所に選んだようだった。前回の体育館裏から場所を変えたらしい。

 ワタシも、今回の告白では許可を出そうと決めていた。ワタシを心の底から愛してくれるのだ。青柳茜なら、ワタシをしっかりと愛してくれる。


 その日の授業は、これまで手紙で呼び出しを貰ったときよりもどこか浮ついていて、授業も集中できなかった。まぁ、そこのところは後で誰かに教えてもらえばいいだろう。

 そして、ソワソワした数時間が経って放課後がやってくる。ワタシは、授業が終わったと教室から青柳茜が消えたのを確認して若干の早足で屋上にまで移動した。


 教師は気付いていないが、屋上の鍵が壊れているたった一つの出入り口がある。ワタシは、そこを通って屋上にやって来た。が───


「───あれ?」

 屋上には、誰もいない。ワタシより先に教室を出たはずの青柳茜もいなかった。屋上は閑散としており、それはまるでこの世にワタシしかいないかのように感じられた。


「なんで...」

 ワタシは、出入り口から離れて屋上を少し散策する。この学校には、他にも棟はあるが、屋上に来れるのはここ新校舎しかないはずだ。ワタシは、人が来ることが想定されておらず柵すらも用意されていない屋上から、地面を恐る恐る覗き込むようにした。が、そこには放課後になったために帰る者や、部活の準備をしている人物の喧騒があるだけであった。ワタシのことを待ち望んでいて、ワタシも待ち望んでいる青柳茜の姿は、ワタシの目には一切映らなかった。


「どこに───」

「あら、琥珀ちゃん。屋上に一人で、どうしたの?」

 ワタシが入ってきたのと、全く同じ出入り口からやってきたのはワタシのクラスメートであった。


「なんで───」

「なんでかどうか、教えてあげようか?アナタを呼んだのは、青柳君じゃなくて私達なの!」

「んな...」


 昨日の違うクラスの友達からの話を思い出す。確か、同じクラスの梨花ちゃんと葵ちゃんは青柳茜に振られたらしい。そして、今私の目の前にいるクラスメートは、その2人であった。

「ど、どうして、ワタシを屋上に?」


「どうしてもこうしても、わかってるでしょ?そうやって、ぶりっ子ぶって可愛い子ぶってムカつくの!だから、ここに呼んだの!大丈夫、屋上なら誰も来ないよ!先生だって覗きに来ないし、たまたま生徒がやって来ることなんてない!もちろん、青柳君がやってくることだって無いよ!だって、青柳君は校舎裏で待ってるんだから!」

「───ッ!」


 ワタシは、青柳茜が校舎裏で待っているということを聞いて、全てを理解する。


 ───きっと、梨花ちゃんと葵ちゃんが立てて、私をおびき寄せた作戦は以下の通りだろう。


 青柳茜が、ワタシの下駄箱に「旧校舎裏に来てください」という旨を書いた手紙を入れたのを確認した日に、用意しておいた「屋上に来て欲しい」という旨が書かれた手紙と交換しておく。

 青柳茜が旧校舎裏に行っている間、ワタシを屋上に来させて青柳茜の告白を失敗させる───という感じだろう。


 そして、彼女達がそんなことをした動機は、青柳茜に振られた際に言われた「琥珀ちゃんのことが好きだから付き合えない」というものだろう。

 自分は振られたのに、ワタシが青柳茜と交際を始めるのは許せないという、つまらない理由でワタシはここに呼び出されたのだろう。


 また、ワタシを呼び出すのに屋上を選んだ理由は、先程も言っていたようにここに人が来る可能性が低く、告白をする場所としても違和感がないからだろう。


「大丈夫、本性を現してもここには誰も来ないから、問題ないわ!私達だって、誰かに話すようなことはしないしね!」

 ワタシは、何も言う返すこともせずこちらに向けてズケズケと歩いてくる梨花ちゃんから離れようとする。が───


「───逃げられないってわけか」

 ワタシはそう呟いた。ここは屋上。落ちれば、死んでしまう高さだ。もし、一命を取り留めたとしてもしばらくは入院だし、死んだほうがマシな後遺症が残ってしまうだろう。

 そして、ワタシの方へ向かってきているのは梨花ちゃんだけ。葵ちゃんは、出入り口の前で待機をしていた。


 他の棟の屋上に飛び移るなんて神業もできるわけがない。ワタシは、神に愛されているかもしれないがだからといって火事場の馬鹿力でそんな凄いパワーが出るというわけでもないのだ。


「屋上に呼び出して、何をする気なの?」

 ワタシは、2人に問う。2人と言っても、葵ちゃんは出入り口の前で立っているだけなのでこちらの声は聞こえていないだろう。ワタシの声が聞こえているのは、梨花ちゃんだけであろう。


「別に、何もする気はないわよ」

「───アナタだって、ここに誰も来ることはないでしょうから、本性を現していいのよ」

 ワタシはそう答える。


「へぇ...そう。なら、正直に教えてあげるわ。アナタを、ここから突き落とすのよ!」

 梨花ちゃんがワタシを屋上に呼び出した、一番の理由は、ワタシを殺すためなようだった。


 青柳茜に振られた理由が「琥珀ちゃんのことが好きだから」だということは、ワタシを殺せばいい───そう考えたのだろうか。

 青柳茜が、ワタシに付き合うために変わったように、梨花ちゃん達も変えようとしたのだろうか。


 だが、青柳茜の行動と梨花ちゃん達の行動では、大きな違いがある。

 それは、自分が変わるか周りを変えるかの違いであった。


 青柳茜はワタシの「好きな人がいる」という話を聞いて自分を変えようとしたが、梨花ちゃん達は「好きな人がいる」と聞いて、その好きな人を無くそうとした。

 まぁ、ワタシの「好きな人がいる」という発言は嘘なのだけれど。


 ワタシは、本性を現していいと言われたところで、本性を現すつもりはないのでそのまま無垢な少女を演じ続けることにする。

「突き落とすって...そんなことをしたら、ワタシ死んじゃうよ!」

「わかってるわよ、そんなことくらい!アナタを殺すために落とすの、わからないの?」

「え...そんな、どうして!」


「どうしてもこうしてもわかっているでしょう?アナタが原因で青柳君に振られたからよ!アナタがいなくなってくれさえすれば、青柳君と付き合える可能性が出てくるの!」

「い、いいの?ワタシの二番煎じみたいな感じで付き合えることになるのは?」


「───ッ!アナタの、そう言うところが嫌い!そうやって、心の底では自分以外の女はブサイクだとか、どうでもいいとか思っているんでしょ!有象無象だと思っているんでしょ!」

「───」


 梨花ちゃんの言う言葉に、思い当たる節はあった。ワタシは、話しかけてくれた時に大抵は名前ではなく「クラスメート」だとか「別のクラスの女子」などと名前で読んでいなかったはずだ。梨花ちゃんの言う言葉に、間違いはなかった。


 ワタシは、色々な人に愛されていたから───いや、愛されているから少し調子に乗っていたのだ。


「で、でもワタシがここで死んだら2人は殺人犯になっちゃうよ!」

「大丈夫、自殺だってことにして遺書を用意してあるもの。これを見せれば、警察だって自殺だって思うでしょう?」

「───そんな...」


 随分と用意周到なようだった。いや、人を殺すとなればそのくらい準備はするだろうか。誰だって、自己保身はするだろう。ワタシだって、いつも猫を被っているから何も言い返すことができない。

「さぁ、死になさい!ワタシが青柳君と付き合うために!」


 そう言うと、ワタシは柵のない屋上から突き飛ばされる。因果応報だろうか。


 いや、ワタシは悪いことをしていない。塞翁が馬。完全に、勝手に恨まれて突き飛ばされたのだ。ワタシは悪くない。


 ワタシは、屋上の床に指を合わせるようにして、落下を免れる。その指を、靴でギチギチと踏んでくるのは梨花ちゃんだった。痛い、今にも手を離したくなる。でも、そんなことをしたら落下してしまう。

 だから、離すことはできなかった。


「早く落ちなさいよ!」

 きっと、梨花ちゃんが本性を現したのはワタシが死んで本性を知る人がいなくなるからだろう。


「ね、ねぇ!梨花ちゃん!早くここから逃げようよ!」

 そう、声をかける葵ちゃん。梨花ちゃんは、その声を聞くとワタシの手から足をどかしてどこかに戻って言ってしまった。


「マズイ...落ちる...」

 ワタシが、ぶら下がっている方は、グラウンドの方から見えない後ろ側だった。だけど、こっちにはほとんど建造物はない。旧校舎は、新校舎の横にあるような状態だから、旧校舎からワタシが見えることはないだろう。


「───う...ぐ...」

 ワタシは、自分の体を持ち上げようとしても上手く力が入らない。懸垂のようにして、自分を持ち上げたいが、ワタシは今、両腕の指の第一関節だけでどうにか耐えている状況だった。自分の体を持ち上げるほどの力は入らない。偶然やって来た、誰かに助けてもらわなければならないだろう。


 だが、その「偶然やって来た誰か」が無いのが現実というものである。ワタシは、落とされてから体感で数分ほど耐えてきたが、誰かが助けてくる気配はない。そもそも、校舎裏なんて誰も通らないのだ。しかも、ワタシがぶら下がっていれば下から何かしら声はするだろう。


 誰かが助けに来てくれるというのであれば、ここに掴まっていられるが、それもないとかなり耐えるのは辛い。もう、指が千切れそうなほど痛いのだ。そりゃあ、何分も自分の体を指だけで支えていれば、そんな事になるだろう。


「もう、無理...」

 ワタシは、最後の抵抗で指に極限まで力を入れて体を持ち上げようとする。これが失敗すれば、脱力した際に落下してしまうだろう。せめて、壁にどこか突起でもあればそこに足でも乗っけられた。だけど、そんなものは見当たらなかった。ワタシは、力を入れても屋上に再臨することはできず、そのまま腕を伸ばした万歳のような状態で地面へ落下していく───




「ふんっ!」


 ───ことは、免れた。


「───え、青柳君?」

 ワタシの腕を掴んでいるのは、青柳茜であった。彼は、旧校舎の裏にいたはず。


 ───あ。

 ワタシが掴まっていたところは、旧校舎の裏からの見ることができる。旧校舎の教室からは見えなくても、裏からならば見えることが可能だ。

 青柳茜は、ワタシが落ちそうなところを確認して走ってここまで駆けつけてくれたのであった。


「青柳君...」

 青柳茜は、上半身を乗り出して、ワタシの両腕を掴んでいる。落下しそうになったワタシを掴もうと、これまで身を乗り出しいた。これだと、ワタシを持ち上げることはできない。


 だけど、この状態で耐えることはできそうだった。駆けつけた青柳茜を見て、また誰かが駆けつけてくれることを願うしかないだろう。そう思ったときだった。


「───ッ!」

 青柳茜の体が、だるま落としのように何者かによって弾き飛ばされる。落下していく最中に、こちらに見えたのは梨花ちゃんだった。彼女は、青柳茜ごとワタシを飛ばしたのであった。


 このまま、落下して死んでしまえば本末転倒だと言うのに。彼女は、青柳茜を蹴り飛ばし、ワタシと青柳茜の2人は宙を一直線に落ちていく。


「琥珀ちゃん、好き───ッ!」

 青柳茜は、庇うようにワタシを抱きしめた後に地面に頭から激突する。青柳茜に、ハグをされるようにして守られたワタシは、その落下を無傷で耐えきった。が───


「青柳君!」

 ワタシは、ワタシを助けてくれた青柳茜の名前を呼ぶ。ワタシを守るために落下の緩衝材に、クッションになってくれた青柳茜の名前を呼ぶ。

 だが、青柳茜から返事は返ってこない。


「どうして、青柳君!青柳君!」

 ワタシは、青柳茜を揺さぶる。額からは、ダラリと血が流れてきていた。青柳茜は、目を瞑ってグッタリとその場に横たわっていた。


「青柳君、好き!ワタシも好きよ!だから、付き合って!付き合ってあげるから、どうにか目を覚まして!青柳君!」

 奇跡なんて起こらない。それは、わかっていた。


 だってワタシは、何者からにでも愛されているのだから。

 愛されているのは、神だけじゃない。神に愛される分、悪魔にだって愛されているのだ。


 ワタシが生きているだけ、不幸中の幸いだと言えるだろう。それなのに、ワタシは高望みし過ぎだった。

「好き、大好き!だから、生き返って!生き返って!」


 ワタシのためを思って、行動してくれた青柳茜のことが好きだった。ワタシを思ってくれた青柳茜が好きだった。初めて見つけた、愛する人。それなのに、どうしてこんなことにならなきゃならないのだろうか。


 ───あぁ、ワタシは愛にだけは愛されていなかったようだ。





 その後の話をしよう。

 ワタシは、落下した後すぐに先生のもとに駆けつけて事情を話した。すぐに警察がやって来て、事情聴取が行われた。


 もちろん、ワタシは包み隠さず全てを話した。そして、それにより梨花ちゃんは殺人の容疑て逮捕されることとなった。これこそ、因果応報だろう。


 ワタシは、逆恨みされただけの被害者だったし、法的にも問題はなかった。そして、その数日後青柳茜の葬式が行われることになり、ワタシもそれに出席したのであった。


「茜君、好き。大好きだよ」

 ワタシは、今日も亡くなった彼に話しかける。彼からもらった何かはないが、ワタシの生命の灯火は灯ったまま保たれることになった。




 ワタシは、最愛の相手に話しかける。今日も、ワタシは愛をささやく。

 皆から貰った手持ち無沙汰の愛を、全部最愛の相手に───彼に受け渡す。


 ワタシは、骨壷に入れる時に盗んだどこのパーツだかわからない骨に、今日も愛をぶつけるのであった。

 これが、ワタシの愛だった。これが、ワタシなりの愛だった。


 ワタシの恋人。名は青柳茜(あおやぎあかね)

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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