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5.真夜中の異変

「あれは、どういう意味だったの……?」


その日の深夜。

私は案内された客室で、ダルク様の言葉を思い返していた。

ヴィオルの部屋で問われた蓄音機の正体。

あの時の彼はあまりに異様だった。

今までの優し気な笑みと違い、何かが外れたような言動。

下手に答えると、身の危険すら感じてしまいそうな気迫すらあった。

でも少しの間の後、彼は首を振って――。


(いや、私の気のせいだな。すまない)

(急ぐ必要はない。この屋敷で一泊していくと良い。私や従者を含めても、使い切れない位には広いからな)

(明日は屋敷の外、薔薇庭園を案内しよう。社交界の紅薔薇には劣るだろうが、素敵な彩が見られる筈だ)


結局ダルク様は自ら問いを打ち切って、再び笑みを見せるだけだった。

それ以降、蓄音機の事は一切口にしなかったわ。

そのせいで、私もヴィオルの件を問えないまま夜になってしまった。

幸いまだ明日があるけれど、こんな状態で聞き出せるかどうか。


兎に角、分からないわね。

私は用意された客室のソファーに座り込み、持って来た蓄音機を見つめる。

どうして彼は私の蓄音機に、あんな反応を見せたのかしら。

これは骨董屋で見つけた品。

オーダーメイドなどではなく、高級店を探せば同じモノも見つかる。

まさか同型の蓄音機にも同じ反応を見せるとも思えないわ。


他にも気になることはある。

あの方はヴィオルに持病があると言っていたけど、ヴィオル自身に自覚はなかった。

そもそも彼の死因は原因不明の病だったはず。

医師の診断が早ければという話も、考えてみれば違和感しかないわ。

貴族ほどの階級になれば、定期的な診断は必須。

ダルク様の話には食い違うことが多すぎる。


「色々とおかしいことばかり……。まるで、何かを隠しているような……」


嫌な感じが拭えない。

不躾ではあるけど、持病が何かを聞き出すべきなのでしょうね。

いえ、彼に直接聞かなくとも屋敷の従者なら知っている筈。

危険かもしれないけど、形振りは構っていられないわ。

そうして明日のことを耽っていると、微かな雑音が聞こえてくる。

これは、まさか。

私は顔を上げて蓄音機の方を見る。

でもそれは、今までと違って異様な音を上げていた。


『おか……しい……』

「!」

『見張られ……で……誰……』

「ヴィオル? ヴィオルなの!? 返事をして!」


思わず蓄音機の方に乗り出す。

雑音だけじゃない。

声が途切れ途切れで、音程も不安定だわ。

まるで私の不安を煽っているかのよう。

もしかしてヴィオルの身に何かあったの。

叫びそうになるのを堪えていると、次第に音が戻って彼の安堵する声が聞こえてくる。


『あ、あぁ! ラナ、やっと繋がった!』

「どうしたの!? 何かあったの!?」

『それが、少し厄介な事が……』


ただそれも一瞬。

ヴィオルの深刻そうな様子が伝わってくる。

一体何がと思う前に、彼の突き放すような言葉が聞こえてきた。


『これ以上、僕達が話すのは危険だ』

「ど、どういうこと?」

『兄上の元に脅迫状が届いたんだ』


予想もしていない話が届き、その言葉を反芻する。

脅迫状。

そんな話は聞いたことがない。


「ダルク様に……?」

『要領は得なかったけど、不安を掻き立てるような文章だったよ。公爵家相手にそんな事をするなんて、少し前の暴徒未遂の一件もあって、結構な騒ぎになっているんだ。でも今のところ、この手紙を出した相手は割り出せていない。ラナもそんな事情は知らないんじゃないかな』

「え、えぇ。初耳よ」

『やっぱり、そうだよね。それにここ最近、僕の周りで妙な空気を感じるんだ』


それだけじゃない。

彼は周囲に漂う異質な空気を察知していた。


『勘……虫の知らせに近いんだ。誰かに見られているような、そんな気配だよ。もしかしたら、今度は兄上が標的なのかもしれない』

「まさか……!」


手で口元を抑える。

いえ、有り得ない話ではないわ。

ヴィオルばかりが死に囚われていること自体、おかしな話だったんだもの。

兄であるダルク様に、同じ火の粉が降りかかる可能性だってある。

つまりこれはヴィオル個人だけじゃなくて、ヴェルレーヴェン家全体に波及していることになる。

まさか死神は、周りの者全てを巻きこむつもりなの。


『僕達ヴェルレーヴェン家を狙っている敵がいるのだとしたら、この会話も危険に思うんだ。いつ何処で、ラナの素性が割れてしまうか分からない。もしそうなれば過去の君……いや、今のラナが危険だ』

「!」

『今は、兄上の所にいるんだよね』

「……一応は」

『あまり無茶はしないで。過去が変わらないから、未来で無理をして良い訳じゃない。もし兄上に、ラナが僕の死に関わっていると誤解されたら大変だ』


諭すように彼は言った。

今のところダルク様に異変はない。

もしあの方に変化があるのなら、私がいるこの時間も大きく変わるかもしれない。

確かに時折、違和感はあった。

書庫の司書が初対面のような態度を見せた時、似たような既視感があったわ。

決定的にズレていて、異質な空気。

ヴィオルはそれを危惧しているのね。


だから、これ以上の会話は危険ということ?

私は首を振った。

何も変わっていない。

このままじゃ、ヴィオルの死は変わらない。

今にも声が遠ざかっていきそうな気がして、私はあの寂しげな書斎を思い出して、引き止めるように声を荒げる。


「待って! 一つだけ聞かせて! 貴方に持病はないのよね!?」

『うん……。定期的に検査は受け……手遅れに……悪化するような結果……ない……』

「ヴィオル!」


どうしてこんな時に限って。

一気に雑音が大きくなり、それから何も聞こえなくなってしまう。

届かない。

私の思いも、何も伝えられずに終わってしまう。

もう一度名前を呼んだけど、帰ってくるのはザラついた音響だけ。

無情な死神に、大きな鎌で断ち切られているみたい。

自然と私は手を握り締めた。


駄目だわ。

こんな事で感情的になっても仕方がない。

考えるべきは、これから何をすべきか。

ヴィオルは無茶をするなと言っていたけれど、このままジッと待っているなんて無理よ。

それに断片的ではあったけど間違いないわ。

やっぱり、ヴィオルに持病なんてない。

そもそも原因不明の病と言われているのに、持病ということ自体辻褄が合わなかった。


まさか誤診。

それとも誰かが嘘をついている。

でもそんな事が出来る人がいるとしたら、考えられるのは――。

と、そこまで私が考えた直後。




ガサリ、と物音が聞こえた。




「誰か、いるの?」


反射的に扉の方へと振り返る。

聞こえたのは扉の向こう側、屋敷の廊下だわ。

もしかして、今の会話を聞かれたんじゃ。

そう思って私は、恐る恐る扉を開けて廊下の先を見渡す。

目を凝らしてみたけれど、誰もいない。

既に夜中だからか、廊下はぼんやりと明かりが灯っているばかり。

人の気配はない。

でもおかしいわ。

確かに物音は聞こえた筈なのだけど。

それとも気のせいだったのかしら。

何処かで物が倒れただけなのかもしれないわね。

不安な思いを抱えたまま、扉を閉めようとする。

その時だった。


「な!?」


思わず声が漏れる。

その理由は単純だった。

視界が揺れる。

意識が、遠ざかっていく。

まさか襲われて、と必死で視界を動かすけれど誰もいない。

誰かが私に近づく様子もない。

それなのに、強烈な眩暈が襲ってきて立っていられなくなる。

まるで強制的に意識の明かりを消されたかのよう。


「どう……して……急に……」


誰もいない。

いるのは私一人だけの筈なのに。

抗えない。

なす術もない。

その場に倒れるよりも先に、私の意識は闇の中へ落ちていった。







「もどかしいな。結局、僕はラナに頼りきりじゃないか」


その日、ヴィオル・ヴェルレーヴェンは自室で音を失った蓄音機を見つめながら、歯痒そうな顔をしていた。

偶然繋がった伯爵令嬢の声。

自分の死を告げる、未来からの予言。

疑うという考えはなかった。

彼女の必死な様子がそれを塗り潰した。

だからこそ、ヴィオルは今まで己の死を回避するために先手を取って来た。

自分が死を免れることで別の人達に影響が及ばないよう、自身の死に関連する場所を封鎖、或いは徹底的な調査を依頼してきた。


しかし、事は次第に大きくなりつつある。

既に死神の鎌はヴェルレーヴェン家全てに狙いを定めている。

それだけでなく、ヴィオルに一つの予感を抱かせていた。

脳裏に浮かぶのは、家族との情景。

彼は鍵の掛かった机の引き出しから、あるものを取り出す。

それは開封されていない古ぼけた封書だった。


「父上……貴方の考えは、正しかったのかもしれません……」


ヴィオルはそれ以上何も言わず、封書を握る。

しかしそこへ、新たな気配が現れる。


「誰と話していたんだ」

「!?」


探るような声が聞こえ、思わずヴィオルは背中で封書を隠す。

今の声は当然知っている。

共に同じ屋敷で暮らす、最後の家族。

彼は自室にやって来た赤髪の男を戸惑いながらも見上げる。


「兄上……!」


継承権を失ったヴェルレーヴェン家長男。

5年前の、若きダルク・ヴェルレーヴェンが実の弟を見据えていた。







「おはようございます。ラナ様」

「え……?」


唐突に起こされ、目覚める。

目の前にいたのはヴェルレーヴェン家のメイド。

既に窓の外は朝日が差し込んでいる。

そして私は、知らぬ間にベッドの上で眠っていた。


どういう事なの。

意味が分からず呆けた返事をしてしまったけど、メイドは親身そうな表情を崩さない。

別に悪いという訳ではないのだけど、妙に距離感が近い気もする。

公爵家のメイドとは、こういうものなのかしら。

いえ、それ以前に不自然なことが多すぎる。

私は眩暈を起こして倒れた筈じゃない。

どうして何事もなく、普通に眠っているのよ。

酷い違和感に、気持ち悪さすら覚える。


「どうかなさいましたか?」

「……貴方が私を運んでくれたの?」

「申し訳ございません。質問の意図が……」

「私は、その……夜中に倒れた筈よね?」

「とんでもない。それはきっと、夢の中の出来事でしょう。昨日は、ぐっすり就寝されていましたよ」


メイドはそんな事などないと、断言する。

嘘だわ。

私は確かに部屋で倒れた筈。

それを誤魔化すなんて、普通なら有り得ない。

やっぱりこのヴェルレーヴェン家は、何かがおかしい。

早くこの元凶を探らないと、取り返しのつかないことになる。

そう思って周りを見渡して、気付く。


いえ、恐怖を覚えた。


此処は客室じゃない。

もっと位の高い、貴婦人の間のような一室に私はいた。

この場所は確か、ダルク様と見回った時に見た部屋で間違いない。

今のところ、誰も使う予定がない部屋だと説明していた筈なのに。

どうして、こんな場所に。

気を失っている間に、移動されたということ?

いえ、変化はそれだけじゃない。

身の回りの荷物も、来ていた寝間着までも、別の物になっている。

まるで眠っている間に、私の所持品が全て取り換えられたかのように。

机に置いていた蓄音機すら、無い。

全てが、変わっている。


「何が、どうなって……」

「さぁ、ラナ様。お召し替えの後、朝食に参りましょう。ご主人様がお待ちです」


そんな中、屋敷のメイドは平常だった。

何事もなかったかのように、私を促してくる。

それが更に、私に違和感と恐れを抱かせた。

あまりの出来事の連続に思考の止まった私は、問い詰める事すら出来なかった。

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