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13.新しい時の中で

ダルクの所業は、その後すぐに明らかとなった。

医師による診断などは上手く隠蔽されていたが、決定的な証拠が残っていたからだ。

ヴァン・ヴェルレーヴェンは徐々に衰弱していくように亡くなっている。

毒草にも千差万別だが、全く気取られずに毒殺できるものはそうそうあるものではない。

そうして導き出されたのが、とある毒草。

症状らしい症状がない代わりに、遺体を苗床に新たな芽を咲かせるという特性があるもの。

ヴィオルはそれを知り、一つの行動を取った。

従者に指示し、父の墓を掘り返したのだ。

その際には騒動を聞きつけた人々で溢れかえり、ヴィオルが乱心したと広めようとする声もあった。

だが綺麗に刈り取られた地面の中から毒草の種が見つかり、事態はひっくり返る。

衆目の目に留まっていたことも、ヴィオルの逆転へと繋がった。


次いで嘆願書も公表された。

既に効力のない文書ではあるが、先代当主が義絶を嘆願した事実と、毒草の種子が先代当主の遺体から発見されたことで、それは確かな力を発揮した。

ヴァン・ヴェルレーヴェンは毒殺され、そこに自然とダルクとの繋がりが現れる。

初めは否定していた彼だったが、本格的な調査に乗り出した王家の手によって、背後の関係は全て暴かれた。

次期当主を狙って実父を殺め、弟すらも殺す算段を立てていたことが詳らかになる。


激怒した王家は、ダルクや関係していた者全員を処分するよう命じた。

処分という言葉が何を意味するか、ヴィオルも理解していた。

だから彼は温情を申し出たのだ。

関係者の中には貴族の一派すらいる。

一斉に処分しては、別の問題に発展しかねない。

そう言ってヴィオルは、怒りに燃える王家を説得し続けた。

そうして暫くの時が経ち、ダルクに与えられた懲罰は流刑。

人のいない無人島に、一人閉じ込められるというものだった。


「……まるで、長い夢を見ていたみたいだ」


小島に建てられた簡素な木造の小屋で、ダルクは床の上で目覚める。

微かに波の音が聞こえ、みすぼらしい姿で横たわっていた事を思い出す。

島へと連行されて数日、今まで彼は夢を見ていた。

自身が目的を全て達し、とある女性を婚約者にしたこと。

時計塔の最上階で、全てを打ち砕かれたこと。

勿論そんな事は一度もなかったのだが、夢にしては現実味があり、ただ思考を混乱させる。


ダルクはゆっくりとその場から起き上がった。

小屋には何もない。

そして自身にも、最早何もない。

空腹を感じて彼は小屋の外に出た。

処刑は行われず、命は取り留めた。

流刑としては特例で、時折物資が送られてくるようだが、それは微々たるもの。

残りは全て自分で賄わなければならない。

貴族として不自由ない生活を送ってきた者からすれば、困難を極める生活。

全てを失った今、ダルクにあるのは喪失感だけだった。


「これ以上、私に生きる意味など……。ん……?」


すると彼は地面に果実が落ちている事に気付いた。

近くの木々が落としたのだろう。

既に半分程度が腐りかけている。

ダルクはゆっくりと、それを拾い上げた。


「腐った果実、か」


今までならば、直ぐに放り捨てていただろう。

だが彼はそこに過去の光景を思い浮かべた。

家族と共に暮らしていた、遠い記憶。

その記憶を抱えたまま、果実を口の中へと運ぶ。

不思議と表情に、嫌悪の様子はなかった。


「これは不味いな……。は、はは……」


頭上には、変わらない太陽の光が降り注ぐ。

解き放たれたような青空が続く。

ダルクはそれを見上げ、今まで忘れていた自然な笑顔を取り戻した。







あれから5年が経った。

私は正式にヴェルレーヴェン家の当主となった。

父の死の真相を暴き、凶行を続けていた実の兄を退ける。

悪を征した実績に文句を言う者はいなかった。

暫くの間、私は家の存続を維持する事だけを考えた。

ヴェルレーヴェン家を取り巻いていた一件に関与していた者が、それだけ多かったからだ。

下手をすれば衰退すらあり得る状況。

当主を継いだばかりでありながら、私は執務に没頭した。

他のことを考える猶予は全くなかったのだ。

ただ一つ、彼女が残した言葉を除いて。


以前から封鎖していた山道は、後に崖崩れが起きた。

いや、起こしたと言った方が正しいか。

地主から解放の要望もあったこの道だが、手出しはさせなかった。

元は自分が死ぬ筈だった場所。

正確な位置も知っていたのだから尚更だ。

自然災害の恐れがあると風潮し、兄上が事故に見せかけた方法と同じように、崖崩れを誘発させた。

お蔭で誰も巻き込まれることなく、事故を未然に防いだとして私の名が更に広まる事になる。

当然、その真意を知る人は誰もいない。


そしてあの時に壊れた蓄音機も、元には戻らなかった。

形だけの修復を施しても、あの蓄音機を生み出した製作者を尋ねても、未来の声を聞くことは出来なかった。

あの時の会話も、ごく僅かな触れ合いも、知っているのは私だけ。

いつの間にか、私は一人取り残されていた。


「流石はヴィオル様! 先代当主様の無念を晴らし、ヴェルレーヴェン家を建て直すとは!」

「その手腕、かのヴァン様にも匹敵いたします! やはり、私共の目に狂いはありませんでしたな!」


この5年の間に、私を讃える声は多くなっていった。

当初はどっちつかずだった周囲の貴族も、私が力を持ち始めたと知るや否や、媚びを売ってくる。

仕方のない事だ。

貴族とは個人の感情を抜きにして、彼らも自らの家を存続・繁栄させなければならない。

私もそうやって、ヴェルレーヴェン家を建て直した。

だからこそ邪険に扱うことは出来なかった。


「ヴィオル様、それで如何だろうか。今後は貴方と良好な関係を……」

「ありがとうございます。当主としてまだ若輩者ではありますが、私に協力できることがあれば」


ただ、今は公爵家の当主として地盤を固める。

清濁入り乱れる場で、自分の目で正しいものを見極める。

兄上も同じだったのだろう。

自分の目で正しいと思ったものを信じ続けた。

やり方は違えど、今でもあの人の全てを否定する気にはなれない。


そして最近になって、とある症状が医学的に証明された。

認知症。

兄上が苦しんでいた理由も、やっと分かった。

もし生まれる順番が違っていたら、責任の重さが異なっていれば、私も同じような狂気に呑まれていたのかもしれない。

だから今出来ることは、正しく有ること。

讃える声を適度に受け流しつつ、見極めた相手と手を組む。

そんな日々。


そうして時折、私は仕事の合間を縫って王都の中心街を訪れる。

従者は連れているが、何かをする訳でもない。

あの場所を見上げ、想起するだけ。


「あの方はもしや、ヴェルレーヴェン様では?」

「えぇ。あの方はこうして時々、時計塔に赴いているのよ」

「……? 一体、何のために?」

「さぁ、そこまでは」


何度も来ていれば噂にもなる。

けれど、それ以上の噂は広まらない。

傍から見れば、特別な事は何もしていないからだ。

時計塔は今も時を刻み、私はそれを見上げ、あの時の出来事を思い返す。

自分は正しく導けているのだろうか。

より良い未来を築けているのだろうか。

返ってくる筈のない答えを、念じるように問い掛ける。


「未練がましい、のかな」


後悔しないように生きてきたつもりだった。

身を粉にして、応えてきた筈だった。

けれど此処で立ち止まるということが、その考えを否定しているようにも思えた。

結局、私はまだ半端なのだろう。

そう自嘲すると、近くから声が聞こえた。


「うわーーーん! パパ、ママーーー!」

「え……?」


子供の泣き声だ。

振り返ってみると、小さな少年が一人ぼっちで泣いているのが見えた。

平民の迷子だろうか。

近くに両親らしき人はいない。

貴族がわざわざ行く理由はないのだろうが、困っている市民は見過ごせない。

私は少年に近づいた。


「もしかして迷子かい?」

「パパとママ、いなくなっちゃって……うぅ……」


その様子に何処か既視感があった。

そして何となく、その小さな姿が自分と重なった。

私は少年と目線を合わせ、微笑む。


「実は私も迷子なんだ」

「え……そうなの……?」

「家族と離れ離れになってね。さぁ、一緒に探してみよう」

「もしかして、パパやママと喧嘩しちゃったの……?」

「……そう見えるかい?」

「な、何となく……」

「そう、だね。そうなのかもしれない」


少年の言葉を否定はしなかった。

的を射ているような気がしたからだ。

何が正しくて何が間違っているのか。

様々なものを見てきたが、未だに漠然としてばかり。

だから私は今もこの時計塔の前にいる。


少年の素性を聞くと、自分で涙を拭って話してくれた。

王都に遊びに来たことや、はしゃぎ過ぎて迷子になってしまったこと。

此処は人が沢山で大変だということ。

彼にとって王都は新鮮に映ったのだろう。

代わりに私も聞いてみる。

楽しかった場所や最近流行っている遊び。

両親とは仲良くしているのか、といった取り留めもない話だ。

けれど少年は身近な話に親近感を覚えたのか、徐々に明るさを取り戻していった。

そうしていると騒ぎを聞きつけ、二人の夫婦がやって来る。

何処となく少年の雰囲気が似ている二人は、間違いなく彼の両親だった。


「ユーリ! 此処にいたのね!」

「良かった! 怪我してないか!?」

「あっ! パパ、ママ!」


二人は私を見て、かなり驚いていた。

公爵家当主が我が子の相手をしていたとなれば、その反応も当然なのだろう。

慌てた様子で私に頭を下げてくる。


「ヴィオル様!」

「この子を見つけて頂けるなんて! 本当にありがとうございます……!」


申し訳なくなる位の勢いだったので、問題はないと首を振る。

何にせよ、会える相手には会えたわけだ。

私は少年の背中を押して、再会を喜ぶ。


「ねぇ! この人も、道に迷っているんだって! 探してあげて!」

「ユーリ、変な事を言わないの。さぁ、行くわよ」


代わりに彼は私を気遣うような視線を送ってきたが、それ以上は何も言わなかった。

一緒にペコリと頭を下げて、両親に連れられて去っていく。

彼らには帰る場所がある。

当然なのかもしれないが、そういうものこそ失って始めて気付く。

隣の芝生を見て、羨むのが悪いとは言わない。

けれど今そこにあって当然なものも、大切にしなければならない。

私は彼ら三人を見届けた後、天を仰ぐ。

気付けば、もう正午になる。

そろそろ帰ろう。

従者に合図を出し、馬車の元まで向かおうとした。


「道に迷われているのですか?」


不意に声を掛けられる。

聞き覚えのある声に思わず振り返る。

先程の少年との会話を耳にしたのだろう。

正装を身に纏う一人の女性が、そこにいた。

その出で立ち、容貌。

息を呑ませるには十分だった。


分かっていた。

私がこうして時計塔に訪れていたのは、過去を想起するだけじゃない。

彼女がそう言っていたからだ。

いつか、また――。


「申し遅れました。私はラナ・ラキュラス。遠方の地で生業を立てておりました、ラキュラス家の長女です。この度は両親の故郷である王国の陛下に招集を受け、こうして馳せ参じました」


令嬢のような振る舞いでお辞儀をする。

私に対して初対面同様の挨拶をした。

その瞬間、私は理解する。


何も覚えていない。

いや、そもそもそんな事実はなかったのだろう。

彼女は今まで商家から富豪という目まぐるしい環境に身を置いていただけ。

蓄音機を通して話していた事実も、私を救ってくれたという大恩も知る筈がない。

不思議そうにする彼女を前に、どうにか必死で取り繕う。

会いたかった、という言葉を心の中で押し留める。


「……遠路はるばる、ようこそお出で下さいました。私の名はヴィオル。ヴィオル・ヴェルレーヴェンと申します」

「ヴェルレーヴェン……! 貴方が若くして家督を継いだという公爵家の当主様だったのですね! 申し訳ありません、てっきり私と同じ来歴の方かと……」


慌てた様子で謝罪してくる。

ヴェルレーヴェン家の名を聞いて恐縮する彼女を見て、少しだけ寂しくなる。

孤独感なのだろうか。

いつか会える彼女のことを考え、自分のことを覚えているのではと、微かに期待していたのかもしれない。

自分勝手な感情だ。

けれど今の彼女を否定したくなくて、首を振った。


「いえ。あながち間違いではありませんよ」

「え?」

「私はまだ、進むべき道を決めかねているのです。此処にいる理由も、同じようなもの。貴方はどうですか。遠方からいらっしゃったという話ですが、やはり環境が変わるとなると、大変なことばかりでしょう?」


今のラナに、憂いは見当たらない。

だがかつての彼女はこう言っていた。

きっと寂しい思いをしている筈だと。

今はまだ富豪という立場に収まっているが、ラキュラス家は直に爵位を与えられる。

そうすれば、周りの環境は更に変わっていく。

孤独や不安を抱かないとなれば嘘になるだろう。

けれど彼女は微かに笑った。


「確かに、仰る通りです。けれど私は、少し期待もしているのです」

「期待……?」

「心機一転という言葉もあります。この機会に新しい何かが見つかればと、そう思っているのです」


その言葉を聞いてハッとする。

彼女が抱いているのは不安だけじゃない。

先程の迷子だった少年と同じだ。

新しい景色を見て、新しい経験を経て、自分を見つけ出す。

道に迷っているからこそ、更に一歩踏み出していく。

私は、そんな事すら忘れていたのだろうか。


瞬間、時計塔の鐘が鳴る。

正午になったらしい。

雄大な音を鳴り響かせ、私だけでなくラナも塔を見上げる。

時が変わっても尚、これだけは変わらない。

その音色はいつも以上に私の心を揺り動かした。


「綺麗な鐘の音ですね。何だか、懐かしい気も……」


柔らかい声が聞こえる。

元々は両親の故郷。

物心つく前に、この鐘の音を聞いていたのかもしれない。

そう思い、彼女の方へと視線を向ける。

けれど、私はその表情を見て驚く。

ラナは時計塔を見上げながら、涙を流していた。


「ラナ、さん?」

「え……どうして涙が……? ごめんなさい、何故か止まらなくて……?」


自分でもなぜ泣いているのか分かっていない。

慌てた様子で目元を拭おうとする。

まさか、覚えているのだろうか。

ほんの僅かに残った記憶の残骸が、彼女に涙を流させたのか。

私にはその理由までは分からない。

ただその姿に、胸が締め付けられる。

すると次の瞬間、以前の光景が頭の中に浮かんだ。


(その命は、ヴィオルだけのものではないのよ)


あの時のラナの言葉が聞こえる。

それは一人ではないという意味。

どれだけ孤独であっても、その命には価値がある。

支えられてきた過去がある限り、私の命にも意味はある。

決して投げ出せるものじゃない。

そうしてまた別の光景が思い浮かぶ。


(安心して下さい。僕は貴方の傍にいます。それが僕に出来る――)


あぁ、そうだ。

降り注ぐ太陽の光を浴び、ようやく気付く。

きっと彼女は此処にいる。

比べることに意味は無くても、君が私を救ってくれた事実は揺るがない。

たとえ忘れられていても、無かったことになっていても、いつかまた通じ合える時が来るかもしれない。

それが許されるのなら、その時が来るまで君の傍にいよう。

涙を拭う意味すら分からないラナに向けて、私はハンカチを差し出した。


「もし貴方も道に迷われているのなら、共に行きませんか。この先はとても広くて、目が眩む位に明るい」

「ヴィオル様……貴方は、私をご存知だったのですか?」

「……貴方とお会いするのは初めてですよ。ですが、これも何かの縁でしょう」


ハンカチを受け取ったラナへ、私は笑ってみせる。

その笑顔は彼女を安心させるだけでなく、自身の思いを後押しするものだ。

後悔なんて、するものか。

ただ、君のために――。


「道は続いていくのです。これまでも、そしてこれからも」


時計塔の鐘が鳴り終え、残響だけが広まっていく。

この先も同じように、鐘の音は響くだろう。

王都中の皆を導くように、時の流れを示し続ける。


涙を拭ったラナは、私の姿を見上げて目を細める。

そう、私達は此処にいる。




太陽の光が降り注ぐ。

新しい時の中で。




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