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9/21

9.球技大会

 澄恵から『ほっぺにちゅー』をされてから、早くも1週間が経った。


 なぜ澄恵が俺に『ちゅー』してくれたのか、という点に色々と思う所はあれど、

あれから俺と澄恵は何事もなかったかのように普段通り接している。

 それこそ、『ちゅー』なんてなかったと言わんばかりに、俺と澄恵はあの日のできごとを今まで話題に上げようともしなかった。

 なんだか、夢でも見ていたような心地だ。


 そんな調子で日々を過ごしていると、いつの間にか梅雨が明けて本格的な夏が訪れる。

 7月も半ばを過ぎると、学校は完全に夏休み前ムードに染まっていた。

 

 そして夏休み2日前の今日は、校内で『球技大会』なるイベントが開催された。

 要するに全生徒をチーム分けし、何らかの球技でトーナメントに参加するという学内行事なのだが、陰キャで運動もニガテな俺にとっては1ミリも興味の湧かないイベントと言えるだろう。


 とりあえず『帰宅部のパラメーター低いやつ』としてチーム分けされた俺は、バレーボールに参加して午前中で1回戦敗退となった。ちなみに澄恵の所属するチームも1回戦敗退だった。俺たちのように運動オンチがいるチームは負けて当然だろう。


 後は全試合が終わるまで観戦しているだけで家に帰れる。これほど楽な日はない。

 球技に興味はないが、合法的にダラダラと過ごせるこのイベントを作った過去の偉人には感謝すべきだろう。


 そんなわけで、体育館の隅に陣取った俺と澄恵は、まるで興味のないスポーツ観戦にノリできてしまったカップルのように怠惰を満喫していた。

 まあ、満喫とは言っても煌々と太陽が照りつける体育館内は非常に蒸し暑いので、快適とは程遠いのが現実だ。

 これで冷房がきいていて片手にコーラでもあれば最高なのだが、授業を受けるよりは100倍マシなので贅沢は言えないだろう。


 片手で顔を煽ぎ続ける俺は、澄恵と肩を並べてぼんやりと試合を観戦する。

 クラスメイトである夏川(陽キャ四天王第一位)は、こんな暑さの中でもコートの中を飛び跳ねて大活躍している。

 俺は少し走っただけでもバテてしまうのに、同じ人間でこれほど体力や気力に差が出るのは不思議だ。


「やっぱり、運動できるとモテんのかな」


 ふと俺がそんな言葉を呟くと、暑さでダルそうにした澄恵は試合を眺めながらポツリと応じる。


「カゲくんの場合、運動できてもモテないと思うよ」


 俺の言葉を深読みして煽ってくるとは生意気な小娘め。

 とは言え、澄恵の言葉は恐らく事実なので、さして怒りは湧いてこない。

 陰キャは多少運動ができたところで陰キャのままだろう。いや、運動できないから陰キャなのか。この辺りの因果関係は俺にもわからない。


「そもそも、なんで運動できるとモテるんだろ」


「生物的な本能じゃない? 強いオスに惹かれる的な。でもさ~、体力や体格はわかりやすいけどイケメンがモテる理由ってよく考えると謎だよね~。お猿さんも顔だけで惚れたりするのかな?」


 確かに、猿はケンカに勝った強いオスがメスを独占すると聞いたが、体格や体力以外の容姿で惚れることもあるのだろうか。

 まあ、こういった疑問を紐解いてイケメンがモテる生物学的な理由がわかったところで虚しいだけな気がする。


 と、俺がそんなことを考えていると、澄恵が再びポツリと呟く。


「でもさ、いくら強くったって、いざという時に守ってくれなきゃ意味ないよね。ちょっとくらい弱くたって、本気で守ってくれる人の方が、ボクは好きになれる気がするな」


 ふと澄恵の放った言葉を聞いた俺は、どこかハッとさせられる。

 その瞬間、突如として俺の視界に白い物体が飛び込んできた。


 ほどよい大きさの白い球体――それは、高速で迫るバレーボールだ。

 どうやら、夏川が放ったスパイクが大きく外れ、こちらに向かってきたらしい。


 全ては、一瞬のできごとだった。


「あぶッ――!」


 言葉にならない声を上げて俺が体を動かすと、激しい衝撃と共に視界が回転する。

 一瞬だけ意識が飛んだとうな感覚に陥り、気付けば俺は床に転がっていた。

 

 軽く視界が揺れているような気はするが、意識ははっきりしている。

 顔面と後頭部がヒリヒリと痛むので、恐らくボールが顔に当たってそのまま床に倒れたのだろう。


 とりあえず俺は、頭を抱えつつよろよろと起き上がる。

 そして、ふと横に目を向けると、澄恵が青ざめた表情で俺に視線を向けていた。


「か、カゲくん! ちっ、血が……!」


 澄恵の反応を見たとたん、生温かい液体が口元を覆っていることに気付く。

 その液体を拭った手を見てみると、綺麗な深紅に染まっていた。

 どうやら、結構な勢いで鼻血が出ているらしい。


 などと冷静に状況判断をしているが、大量に流れる自分の血を見ると、さすがに血の気が引いてくる。血が出ているから『血の気が引く』とは言い得て妙だ。


「おい、大丈夫かよ! いや、大丈夫じゃねえなこれ! 誰かティッシュ持ってきて!」


 俺が茫然としていると、ボールを打った張本人である夏川が近づいてくる。

 そして、どこからともなくポケットティッシュを調達して俺に差し出してきた。


「鼻、折れてないか?」


 受け取ったティッシュと共に鼻をつまんだ俺は、同時に鼻の状態も確認する。

 かなり痛むが、幸いにして折れてはいないようだ。


 俺は軽く頷き、鼻が無事なことを夏川に伝える。


「そっか。まあでも、保健室は行った方がいいな。立てるか?」


 夏川はわざわざ手を貸して俺を立たせてくれる。

 そして、試合途中にもかかわらず俺の背中を押して保健室まで付き添うようなそぶりを見せた。


 だが、夏川は今まさにプレー中の選手だ。俺にかまっている場合ではないだろう。


「まだ試合が……」


「あぁ? 試合どころじゃねえだろ。いいから行くぞ」


 懸念を一蹴された俺は、言われるがまま夏川に連れられ体育館を後にする。


 そして、体育館を出る間際に振り返ると、どこか心配そうな顔を浮かべてポツンと立ち尽くす澄恵の姿が目に入った。


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