表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/21

4.勉強教えて

「カゲくん勉強おせ~て~」


 梅雨明けを思わせる本格的な暑さが訪れたある日のこと、放課後になって帰り支度をしていると澄恵は唐突にそんな言葉を投げかけてきた。


 来週は1学期の期末試験だ。

 今日はちょうどテスト1週間前だと担任教師が告げていたので、危機感を抱いた澄恵は俺に勉強の教えを乞うたのだろう。


 人にものを頼む態度とは思えない澄恵のノホホンとした顔を見ていると、少し頭が痛くなってくる。ノホホンとした澄恵は見惚れるくらいにかわいいが、それはまた別問題だ。


 俺と澄恵は同じ高校に通ってはいるが、中学時代はふたクラス分くらい成績に差があった。もちろん、澄恵が悪い方だ。

 澄恵はこの高校に通うため、かなり努力して奇跡的に合格したのだ。

 あの時の苦労を思い出すと、今でも胃が痛くなる。


 もちろん志望校に合格したからといって安心してはいられない。

 入試で燃え尽きた澄恵は5月に行われた最初の中間試験でボロボロの成績を叩き出し、さっそくエリート留年候補生として名乗りを上げているのだ。

 誰かが手を差し伸べなければ、いずれ落ちぶれてしまうだろう。


 己の役割を自覚した俺は、なんとなく髪をかき上げ流し目で澄恵を見据える。


「よかろう……テスト対策の鬼と呼ばれたこの俺が手ほどきしてしんぜよう……」


「とか言って~、カゲくん中間の成績真ん中くらいだったじゃん。そんな威張れないっしょ~」


「キミは本当に生意気な小娘だなぁ(笑)」


「いや~、褒めても何も出てこないぞ~」


 そんな言葉を交わし合い、俺と澄恵は互いの脇腹をつつき合う。

 これ以上つっこむと埒が明かなくなるので、俺は教室を出つつ話を戻した。


「とりあえず、今日から俺の家で勉強する?」


「する~」


 というわけで、期末試験に備えて澄恵は俺の家に通って一緒に勉強することになった。

 

 女子が男子の家に通うのはいささか問題ありそうだが、俺と澄恵の場合は心配無用だ。

 なぜなら、俺と澄恵の家はお隣さん同士だからだ。


 そもそも、俺と澄恵が仲良くなったのは、たまたま隣り合わせの建て売り一軒家を購入した親同士の近所付き合いがきっかけだ。とりわけ母親同士の仲がよく、俺と澄恵は雑談目的で互いの家を行き来する母親に連れられ、赤子の頃から一緒に遊んでいた。

 そんなわけで、澄恵はもう数えきれないくらい俺の家に来ているし、なんなら高校受験の前はほぼ毎日俺の家に通って勉強していた。勉強が深夜まで続き、そのまま泊まることもあったくらいだ。


 だから、今さら澄恵が俺の家に通うことになろうと、テンション上がったりなんて……いや普通にテンション上がるわ。

 だって、好きな女の子が毎日俺の部屋に来て、あわよくば泊まってくんだぞ。興奮しないわけないだろ。


 と、一人脳内で盛り上がった俺は、なるべく平静を装いながら澄恵と共に下校した。



 * * *



 その後、澄恵は家に帰らず学校から直接制服のままで俺の家に来た。

 もはや慣れた様子で我が家に上がり込んだ澄恵は、2階にある俺の部屋に入るや否やエアコンを勝手に稼働させ、ベッドを占拠して寝転がる。

 一体、何のつもりだろうか。


「やる気出るまで漫画読んでいい~?」


 仮に目の前の人物が好きな女の子じゃなかったらキレちらかしているところだったが、俺は澄恵の子供っぽくてワガママなところも好きなので、不思議と許せてしまう。恋は人を盲目にするとは、まさにこのことだ。

 とは言え、今は甘やかす場面ではない。俺は澄恵のためにも、厳しい態度で臨む必要があるだろう。


 澄恵の首根っこを掴んだ俺は、とりあえずベッドから引きずり下ろして部屋の中央に据えられたローテーブルの前に座らせる。

 そして、澄恵のぷにぷにほっぺを手で掴み、むにーっと左右に引っ張ってやった。


「これでやる気がでましゅか~?」


「へまへん(でません)」


 カエルみたいになった澄恵の顔もかわいい。

 それはさておき、マジでやる気のなさそうな澄恵の態度に呆れた俺は、優しくぷにぷにほっぺをこねくり回しながら対策を考える。


ほふぼくほっへへほっぺであほふあそぶな~」


 そういえば、中学時代に「成績が上がったら小遣いを増額する」という約束を父親と交わした時は、かなり気合を入れて勉強した記憶がある。

 やる気を出させるなら、単純に物で釣るという策は有効かもしれない。

 

 と言うわけで、澄恵のぷにぷにほっぺを解放した俺はこんな提案を出す。


「それじゃ、スミちゃんが全教科で赤点回避できたら、俺がスミちゃんの願いごとをひとつ聞いてあげるよ。お金が絡むやつは千円までね」


 澄恵は「おお!」と声を上げて食いつきのいい反応をする。

 しかし、すぐに考えるようなそぶりを見せた。


「でもボクは勉強教えてもらう側だし、ボクばっかり得するのはカゲくんに悪いよ~」


 ならばと俺は頭を捻る。


「それじゃ、勝負にしようか。スミちゃんが俺に勝ったら、俺が願いを聞く。俺が勝ったら、スミちゃんが願いを聞く。これならフェアでしょ」


「いやいや、ボクがテストでカゲくんに勝つのは無理っしょ~」


「ちゃんとハンデつけるよ。そうだなぁ……全教科に25点づつくらいあげようか。期末は10教科だから250点のハンデだね。ちなみに、スミちゃんはひとつでも赤点があったら負け。これでどうよ?」


「ほうほう。自信満々ですな~。そこまで言われるとボクも乗らないわけにはいかないな~」


 どうやらやる気を出してくれたようだ。

 勝負となれば俺もやる気が出るし、我ながらいい提案だ。


 と、話がまとまったところで、澄恵は不意にニタニタとした意味深な笑みを浮かべる。


「カゲくんが勝ったらボクがお願いを聞くのか~。ムッツリスケベのカゲくんはエッチなこと考えてそうだな~。やばいな~」


 まあ、言うことを聞くとかお願いを聞くとか、そういった賭けは往々にしていかがわしい要求に用いられることがある。

 というか、澄恵からそんなことを言われたせいで、むしろエッチな要求をするという選択肢を意識してしまった。


 仮にあんなことやこんなことをお願いしたら、澄恵は――。

 いやいやいや、それって明らかに健全じゃないだろ。それでいいのか男景吉。


 しかし、ここで思わせぶりなことを言って澄恵をビビらせておけば、危機感を抱いて少しは勉強に身が入るかもしれない。

 そんなことを思いついた俺は、俺はあえて開き直った態度をとってみた。


「ぐへへへ、負けた時は覚悟しておくことだな……かわいいスミちゃんをお嫁に行けない体にしてやるぜ……」


 すると、澄恵も何かを思いついたらしく俺に提案を出す。


「それじゃあさ~、相手へ出すお願いを今から紙に書いておくってのはどう? 勝った後でお願いを決めるのはフェアじゃないっしょ~。それに、今から勝った時のご褒美を決めておいた方が燃えるかもよ~」


 なるほど。澄恵にしては筋のとおった提案だ。飲まない理由はないだろう。


「よかろう……俺が書いた悪魔の提案に震えて勉強に励むことだな……」


「ボクもカゲくんに何してもらおっかな~」


 というわけで、勝った時に相手へ出すお願いは、明日の夕方までに考えてくることになった。


 さて、俺は澄恵にどんなお願いをしてやろうか。

 悩む問題ではあるが、ちょっぴり楽しみなのも事実だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ