0.エピローグ
それは、二年前のとある冬の日のことだった。
窓の外で静かに雪が舞うその日は、風がないのに凍えるような寒さに包まれていた。
「えっ、スミちゃん俺と同じ高校受けるの!?」
授業が終わって帰り支度をしている時に、俺はなんとなく澄恵に進路相談の話を振った。
話によると、どうやら澄恵は俺と同じ高校を受けると進路相談で表明したらしい。
「いやいや、スミちゃんの成績じゃ射程圏外でしょ。どうしたんだよ急に」
「ううんと、ボクも将来のこと考えてと言うか、そろそろ本気出すというか、カゲくんに勉強教えてもらえば行けるかなって……」
歯切れの悪い澄恵を前に、俺は小さくため息をついて応じる。
「本気出すって、授業中に寝てるヤツの言う言葉かよ。おとなしく北高にでもしといた方がいいよ」
「……」
中学二年だった俺は、その頃あまり澄恵と仲良くしすぎないようにしていた。
『唯一の友達が女子』という恥ずかしさが、中学に上がってからより強くなったからだ。
それで、澄恵に対して少しトゲのある言葉を向ける時もあった。
さらに言えば、この時の俺は澄恵と同じ高校に進まなくてもいいと思っていた。
中学に入ってから、俺と澄恵は二人だけのコミュニティで完結していたからこそ、二人ボッチになったという経緯がある。
そこで高校デビューを目論んでいた俺は、澄恵と同じ高校に進まなければ逃げ道はなくなる反面、イチからやり直せるかもしれないと俺は考えていたのだ。
それから適当に進路の話を切り上げた俺は、そろそろ帰ろうと澄恵に移動を促す。
その時、ふと違和感に気付いた。
「スミちゃん、ちょっと顔赤くない?」
「え? 教室が暑いからかな……」
丸々とした澄恵の頬は、どこか火照ったように赤く染まっている。
それに、澄恵は何もしてないのに少し息も上がっている気がした。
俺は無理やり澄恵のおでこに手を当てる。
すると予想通り、澄恵の体は異常なほどに発熱していた。
「お前、熱あるじゃん!」
「そう、かも……少し、ボーっとする……」
「親に電話して迎えにきてもらえよ」
「でも、お父さんもお母さんもお仕事だし……迷惑かけちゃうから……」
今になって思えば、俺は無理にでも澄恵の親へ連絡するべきだった。澄恵が嫌がるなら、タクシーでも呼べばよかった。
だが、中学二年だった俺は冷静な判断が下せず、澄恵を歩かせて帰ることにした。
当時通っていた中学から俺と澄恵の家までは2kmほど離れていた。歩けば30分もかからない距離なので、俺は大丈夫だろうと高をくくったのだ。
しかし、学校を出てから数分と経たないうちに、澄恵は大きく息を切らして体調をさらに悪化させた。歩かせてしまったことで、体力を消耗させてしまったのだ。
それから俺は、静かに雪が降りしきる中、澄恵をおぶって家まで向かうことにした。
澄恵は遠慮を示したが、それでも俺は無理やり澄恵をおぶった。
澄恵は同年代の女子に比べて小柄で軽い方だが、人一人をおぶって移動するのはかなりしんどかった。
それでも俺は、薄らと雪化粧をした道を一歩一歩踏みしめながら、家に向かって歩き続けた。
しばらくすると、澄恵はぽつりとこんな言葉を呟いた。
「ごめんね……」
必死に歩みを進める俺は、頭を回転させるのもおっくうに感じ、その謝罪の意味を深く考えなかった。
「なんで謝るんだよ。体調崩したのはしょうがないだろ」
「私、いつも景吉に迷惑かけてるから……」
俺は澄恵が告げたその言葉について考えた。
確かに俺は、昔からよく澄恵の世話をしていた。
時にはワガママな澄恵の態度が頭にきたり不満に思ったりすることもあった。
だけど、『迷惑だ』と感じたことは一度もなかった。
それはなぜだろうか。
どうして俺は、今この瞬間に全身が悲鳴を上げるような肉体的負荷を強いられているのに、それが当然のように受け入れているのだろうか。
今まで俺は、澄恵のことを世話の焼ける妹のように思っていた。
だが、たとえ俺がそう思っていたとしても、澄恵と俺は兄妹ではない。赤の他人だ。
それなのに、俺は澄恵のことを心の底から案じている。
こんなに体が弱くて大丈夫だろうか。友達がいなくて大丈夫だろうか。勉強ができなくて大丈夫だろうか――そんなふうにして、お節介なくらいに澄恵の身を案じていた。何の見返りもないのに、澄恵に尽くしてきた。
それはなぜだろうと考えた時、気付いてしまった。
――俺は澄恵のことだ好きなんだ、と。
「ねえ、景吉。私、やっぱり北高受けるよ」
不意に耳元で告げられた澄恵の言葉に、俺は息を切らしながら「なんで?」と返す。
「これ以上、景吉に迷惑かけたくないから……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は力強く一歩を踏み出し、胸を張ってこう告げた。
「ダメ」
「えっ?」
また一歩、俺は足を踏み出して言葉を続ける。
「進路変えちゃダメ。スミちゃんには俺と同じ高校受けさせるから」
「でも……」
さらに一歩、足を踏み出す。
「勉強なら俺が教えるよ。毎日放課後に俺の家に来てさ、みっちり勉強すれば余裕だって。絶対合格させるから」
「なんで? なんで景吉は、そんなに私のこと――」
そこで俺は、息を整えるために立ち止まる。
「なんでだろ。俺にもわかんないや」
それから俺は、小休憩を挟んで再び足を踏み出した。
あの時、「好きだから」と言えていたら、俺と澄恵の関係は変わっていただろうか。
たぶん、さして変わらなかっただろう。
なぜなら今も昔も、俺と澄恵はずっと一緒だったからだ。
本当のことを言えば、最初から俺と澄恵は互いの気持ちに気付いていたのかもしれない。
単に相手の気持ちを確かめる勇気が持てなかっただけかもしれない。
なんとも陰キャらしいメンタルだ。
それでも、幼馴染で陰キャな俺たちは二年後に晴れて恋人同士になった。
恐らく、これからも俺たちは二人ボッチの陰キャとして長らく人生を過ごすことになるのだろう。
だけど、それでいい。
大好きな澄恵が隣にいてくれるなら、俺は幸せでいられるからだ。
幼馴染で陰キャな俺たちが恋人同士なわけがない~ホントはめっちゃ好きだけど陰キャすぎて気持ちが伝えられません~ ―完―
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