16.とある日の夜
お盆が過ぎ、夏休みも残すところあと二週間弱となった。
そんな中、怠惰な日々を過ごしていた俺は、独り自室のベッドに寝転がり悶々としていた。
夕食を終えてから少しゲームをしていたが、一時間と経たないうちに飽きてしまった。正しく言えば、なんとなく集中できなかった。
その理由は明白だ。
澄恵と会いたい。
いや、こんなこと考えること自体が恥ずかしいのだが、プールデートをしてから2週間近く俺は澄恵と会っていない。
お互いにお盆は親の実家に行っていたのもあるが、そもそも引き籠り気質な俺と澄恵は何か特別な理由がなければ外出しない。つまり、会う口実がないのだ。
夏休みの初めの頃は澄恵が俺の家を避難所代わりに利用していたので、それなりに顔を合わせていたが、当の澄恵が母親に「お隣さんに迷惑かけるな」と叱られたらしく、最近は訪れていない。
もちろんスマホのメッセージアプリでやりとりくらいはしているが、それでは到底満足することができない。
俺は澄恵と会って、直接あの顔を見て話したいのだ。
なんか若干キモい気がするが、恋しているのだから仕方ない。理由はそれだけで十分だろう。
だが、「会っていないなら会いに行こう」などと気軽に行動できないのが、陰キャのつらいところだ。
会う手段を考案するのは簡単だ。今すぐ玄関を出て隣の家を訪れれば、簡単に澄恵と会うことはできる。迷惑だと思うのならスマホで約束を取り付けてから、明日の昼間にでも訪れればいい。
……それができたら苦労しないから、俺は悩んでいるのだ。
そもそも、この前のプールデートだって、澄恵に泳ぎを教えるという目的があってこその外出だった。元々、遊び目的で行ったわけではない。(実は結構遊んでたけど)
そんなわけで、「理由さえあれば会えるのに」なんてことを考えていたら、いつの間にか二週間が経っていたのだ。このままでは夏休みが終わってしまう。
俺は壁にかかっていたカレンダーを見つめ、残りの休み日数を数えてみる。
「あと十日か……」
このまま何もせずに高校最初の夏休みが終わっていいのだろうか。
もちろん、夏休みの終わり頃になれば、白紙だらけの宿題を抱えた澄恵が俺を頼って訪れてくるだろうが、正直なところそういう形で会ってもさして嬉しくない。
俺は、澄恵との思い出を作りたいのだ。
確かに俺は日陰者の陰キャだ。だけど、夏休みという機会を利用して、好きな子と何かしたいという欲求くらいはある。素直に澄恵と遊びたいのだ。
何か口実があれば――。
そう願った瞬間、俺は今日の夕食時に妹が言っていた、あることを思い出した。
* * *
その日私は、一人自室でベッドに寝転がってぼんやりとしていた。
夕食を終えてから漫画を読み返していたが、一時間と経たないうちに飽きてしまった。
今は何をするでもなく、スマホを弄っては手放す無為な時間を過ごしている。
暇なら夏休みの宿題でも進めればいいのだろうが、月末になったら景吉の家に押しかけて一緒にやる予定なので、勉強のことは忘れることにした。
「景吉は何してるんだろ」
と、そんな独り言が自然と口からこぼれる。
プールで泳ぎを教えてもらってから、私は二週間ほど景吉と会っていない。
今にして思えば、景吉とのプールは凄く楽しかった。泳ぎもそれなりにできるようになったし、そもそも半分くらい遊んでいたようなものだ。
そういえば、小学生時代の夏休みには、毎日のように景吉と遊んでいた気がする。
他に友達がいなかったわけではなく、単純に景吉と一緒に遊ぶのが楽しかったからだ。
今でも私は暇な時や家にいたくない時に景吉の家に行くが、それは遊びに行くとは少し違う気がする。言葉通りの意味で、景吉の家に『お邪魔』しているのだ。
だが、あまり他人の家に我が物顔でお邪魔し続けるのは迷惑だろう。それでお母さんに叱られたこともあって、最近は景吉の家に行くのも控えている。
私は何となくスマホをたぐり寄せ、メッセージアプリの履歴をチェックする。
景吉とのやりとりは、三日前が最後だ。
私は、景吉からメッセージが来るのを期待しているのだろうか。
話したいなら自分からメッセージを送ればいいのに、何も言葉が浮かんでこない。
それから適当に会話履歴を流してみると、私は景吉にお願いばかりしていることに気付いた。
この前のプールにしてもそうだ。私は、景吉に甘えて何かをお願いする時だけ、すぐに連絡を取る。
それだけ私が景吉を頼りにしているのもあるが、私は景吉と会う口実を探しているだけなのかもしれない。
もちろん泳ぎの件は私にとって切実な問題だったが、結果的に景吉とのプールは楽しい思い出になった。
それなら最初から「プールで遊ぶついでに泳ぎを教えて」と言えばいいのに、私は泣き落としのような形で景吉を誘った。
結局、素直に会おうと言う勇気がないだけなのだ。
会いたいから頼みごとをするなんて、まるでタチの悪い女のようだ。いや、実際そうなのだろう。
私は景吉に甘えてばかりいる自分が嫌になってくる。
それでも私はこう願う。
景吉に会いたい、と。
たとえワガママだったとしても、景吉に会いたい。
遊んで、笑って、ふざけあいたい。
だって、景吉といると落ち着くから、楽しいから、幸せだから。理由なんて他にない。
そんなことを考えているうちに、私の瞼は自然と重くなってくる。
そういえば、最近寝る前はいつも景吉のことを考えている。たぶん、寂しいのだろう。
大好きな景吉。次はいつ会えるかな。
そんなことを考えながら私が瞼を閉じたその瞬間、突如スマホから通知音が鳴り響いた。
驚いた私は飛び起き、動悸を抑える間もなく画面を確認する。
すると、メッセージアプリの着信通知が画面に表示されていた。
送ってきた相手は景吉だ。というか、私は家族と景吉以外に連絡先を交換していない。
それはさておき、一体何用だろうか。
景吉の送ってきた短い文章は、すぐさま目に入る。
『明日、花火見にいかない?』
一言そう書かれている。
その文章を読んだ私は、たまらず吹き出して笑ってしまった。
何がおかしかったのか、自分でもよくわからない。
それでも、心の底から嬉しいと感じたことだけは、はっきりと自覚できた。
言われてみれば、明日は地元の花火大会がある。最近はそういう行事に縁がなかったので意識していなかったが、家族が言っていたのを覚えている。
まさか、あの景吉に花火へ誘われるとは思わなかった。一体、どんな風の吹き回しだろうか。
いや、景吉が誘ってくれた理由なんてどうでもいい。
誘ってくれたという事実が大事だ。
基本的に出不精な私は、進んで外出しない。お祭りや花火も、どちらかと言えば興味がない部類に入るだろう。
だけど、今回ばかりは胸が高鳴り、とても楽しみに思えた。
なぜなら、景吉が誘ってくれたからだ。景吉が一緒だとわかっているからだ。
ならば返事は決まっている。
だけど私は、どこまでも素直じゃない。
だから、にししとイタズラっぽく微笑んだ私は、胸躍らせながらこう返事をしてやった。
私と行きたいの? と。




