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15.プールと水着2

「お前ら……景吉に澄恵か!? 何でこんなとこにいんだよ!」


 そう告げてプールサイドから声をかけてきたのは、なんとクラスメイトの夏川陽太だった。


「な、夏川!? そっちこそなんで……」


 俺が驚きの声をあげながらよくよく目を凝らすと、夏川はなぜか水着と一緒に帽子とTシャツを纏い、片手にメガホンを握っている。泳ぎにきている他の客とは、明らかに違う様子だ。


 すると、夏川はその理由を素直に答えた。


「バイトだよバイト。プール監視のな……ったく、こっちは部活の合間縫って働いてるってのに、お前らは相変わらずイチャイチャと楽しくプールデートかよ」


 確かに俺もプールデートをしている気分なのだが、澄恵もいるのでちゃんと事情を説明しておく。


「い、いや、今日はスミちゃんに泳ぎ方を教えに来ただけで……」


「ああそうかい。別になんでもいいけどよ。俺がちゃーんと見張っててやるから、好きなだけ楽しんでくれや。あーあー羨ましいねホントによ!」


 そう言い捨てた夏川は俺たちのもとを離れ、別のスタッフと交代する形でプールサードに設けられた監視台に昇る。

 そして、腕を組みながらまるで俺たちを監視するかのようにジトっとした視線を向けてきた。

 いやいや、こっちばっかり見てないで仕事しろよ。


「ええと、とりあえず練習再開しようか」


「う、うん……」


 気にしても始まらないので、とりあえず俺は澄恵への指導を再開する。


「今度はバタ足で進む練習してみようか。息が苦しくなったら止めていいから」

 

 俺の指示に従った澄恵は、両手をまっすぐ伸ばしてバタ足だけでの全身を試みる。

 しかし、お腹の反りを始めとしたフォームの悪さから、どうしても沈み気味になってしまった。まずは浮く感覚から教えないとダメなようだ。


 澄恵がバタ足を中断したところで、俺はどうやって指導しようかと頭を捻る。

 すると、少し遠くにいる家族の父親が、幼い息子のお腹を抱えて水面で疑似的に泳がせる練習をしている光景が目に入った。


 俺はその家族を指さし、澄恵に提案してみる。


「あんな感じで俺がスミちゃんのお腹を持てば、水面に浮く感覚が掴めると思うんだ。やってみようか」


 俺の提案に対し、澄恵は視線を泳がせてもじもじし始める。


「べ、別にいいけど、変なところ触らないでね……」

 

 俺は丁度よく目に入った練習法を純粋に提案したつもりだったが、そんなことを言われると逆に変なことを意識してしまう。

 もちろんセクハラするつもりなど毛頭ないので、「わかってるよ」と不満げに応じておいた。


 というわけで練習を始めようと思ったが、いざやろうとすると始め方が難しいことに気付く。

 とりあえず、水中で澄恵の体を抱えてしまう方法が簡単そうだ。


 俺は澄恵に前かがみになってもらい、体を持ち上げるためにお腹へ触れる。


「ひゃうっ!」


 すると、澄恵は再びかわいらしい悲鳴をあげて水しぶきを上げつつ身を引く。

 くすぐったいのはわかるが、我慢してもらわないと練習にならない。


「急に触るとくすぐったく感じちゃうか……それじゃ、最初から触っておくから、力を抜いて俺の手に意識を集中させないようにしてみて」


「う、うん……」


 俺は澄恵の脇腹を両手で掴み、触れられてる感覚に慣れさせようとする。

 しかし、当の澄恵は体を震わせ、今にも強引に離れてしまいそうだ。そんなに意識されると俺まで恥ずかしくなってくる。


 そんな時、背後からけたたましい大声が轟いた。


「あー、飛び込みは禁止でーす!!! 飛び込み、飛び込みは禁止でーす!!! そこの二人ー!!! わかってますかー!!!」


 夏川のヤツ、まるで文句でも言いたげにわざとらしく大声を上げている。夏休み前に「がんばれよ」なんて言葉を俺にかけたヤツの言動とは思えない。

 飛び込みしているやつなんていないし、バイトなんだから真面目に働けっての。


 しかし、クラスの人気者である陽キャの夏川に妬まれていると思うと、そこそこ気分がいい。

 せいぜいそこで見てるといい。俺は澄恵の泳ぎ指導と称したプールデートを存分に楽しませてもらうぜ。

 

「それじゃあ、体を浮かせるよ。苦しくなったら横向いて息継ぎして」


 夏川を無視した俺は、両腕に力を入れて澄恵の体が水面と並行になるよう持ち上げる。

 水中だからかもしれないが、澄恵の体は驚くほどに軽い。しかし、姿勢が悪いせいか、かなり俺の腰に疲労が溜まりそうな体勢になった。


 とりあえず補助付きで水面に浮くことができた澄恵は、首を90度曲げて俺に視線を向ける。

 恥ずかしいのかお腹が圧迫されているのか、どこか苦しげだ。と言うか、俺も腰がヤバイ。


「こ、これからどうするの?」


「ちっ、力を抜いてっ、か、かっ、体を浮かせて、ゆゆ、ゆっくりバタ足を……ヤバイ! これ腰がヤバイ!」


 俺の反応に驚いた澄恵は、すぐさま水面に顔をつけてバタ足を始める。

 すると、綺麗に前進することができた。作戦は成功だ。


 手を離した俺は、急いで潜水して泳いでいる澄恵の斜め下へ行く。

 すると、バタ足で前進する澄恵と水中で目が合った。


 俺がグっと親指を立ててサムズアップのジェスチャーをすると、澄恵も泳ぎながら笑みを返してくれる。

 とりあえずバタ足で前進できれば最低限の泳ぎはできたと言えるだろう。後は余裕があれば息継ぎを――と、そんなことを考えていると、笑みを浮かべていた澄恵の表情がどんどん歪んでくる。


 息が苦しいなら泳ぐのを止めればいいのに、澄恵は息継ぎなしでバタ足を続けている。当然ながら、顔はどんどん苦しそうになるばかりだ。

 まさか、泳げたことに興奮して息継ぎを忘れているのだろうか。


 そんな考えに至ると同時に、限界に達したらしい澄恵は激しく気泡を吐いて暴れ始める。

 驚いた俺は、慌てて澄恵の体を抱きかかえて水面に持ち上げてやった。


 俺と同時に水面から顔をあげた澄恵は、軽く咳き込んでいるが水は飲んでいないらしい。


「大丈夫!? なんで泳ぐの止めないんだよ!」


「えへへ、初めて泳げたのが嬉しくて、どこまで進めるか試したくなっちゃった」


 息を整えてからそう告げた澄恵は、後ろを振り返って自分が進んだ距離を確認する。目算で5mくらいだろうか。

 とりあえず安心のため息をついた俺は苦笑いで応じる。


「それじゃ、次は息継ぎを覚えないとな」


 そんなセリフを放つと同時に、俺は澄恵と軽く抱き合っていることに気付く。

 お互い慌てていたので、全然意識してなかった。


 澄恵もそのことに気付いたらしく、どこか気まずそうに顔を赤らめる。

 だが、お互いに体を離そうとはしなかった。


 プールの中で抱き合った俺と澄恵は、どこか不思議な時間を共有する。

 恥ずかしいのに、なんとなく離れたくない。これは一体、何なのだろうか。

 よくわからないが、少なくとも俺はこの瞬間に幸せを感じた。何となく、嬉しいと思えた。

 もしかして、澄恵も――。


 その時、俺のふわふわとした心地は背後から放たれた大声によってかき消された。

 

「大丈夫ですかー!!! 溺れてませんかー!!! そこの二人ー!!!」

 

 驚いた俺と澄恵が体を離して振り返ると、監視台を下りた夏川が俺と澄恵に向かって必死の形相でメガホンを向けていた。

 夏川のやつ、こんな時に邪魔しやがって。せっかくいい感じの雰囲気だったのに、なんてことをしてくれたんだ。


 などと考えていると、夏川にちらりと視線を送った澄恵は俺に声をかけてくる。


「カゲくん、潜って!」


 そう告げた澄恵は、不意にその場で潜水を始める。

 俺も合わせて潜水すると夏川の声は届かなくなり、水中で澄恵と向かい合う形になった。


 水中に漂う澄恵は、にししと笑みを浮かべて水面を指さす。

 潜ればうとおしい夏川から姿を隠せると考えたのだろう。


 そして、澄恵のナイスアイディアに感心して俺も笑みを返すと、澄恵は大げさなジェスチャーで口を動かす。

 

 あ、り、が、と。


 確かに澄恵は、口のジェスチャーでそう告げている。泳げるようになったことを感謝しているのだろう。

 それから澄恵は、ブクブクと泡を吐きながら満面の笑みを見せた。


 透き通る青い水の中に漂う少女の浮かべた笑みはどこか幻想的で、当分忘れることができない気がした。

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