14.プールと水着
「おまたせ~。水着着るの久しぶりだから手間取っちゃった」
そんな言葉と共に、水着を纏った澄恵が更衣所から姿を現す。
そう、水着である。
日に焼けていない白い手足と背中を露出し、子供っぽいが女の子らしいプロポーションを浮き立たせた水着姿の澄恵が、今俺の前にいる。
ただし着ている水着は学生が部活で使いそうな紺色の競泳水着なので、ビキニと比べて露出度は低く地味めではある。それでも、俺から見れば十分扇情的だ。
澄恵のことが好きだから余計に意識してしまうのだろう。
「それじゃ、さっそく練習するか」
というわけで、蒸し暑く晴れ渡った夏休みのとある日に、俺と澄恵は人で賑わう公営の屋外プールに来ていた。
もちろん、デート目的ではない。と言うか、出不精で陰キャの俺と澄恵は、自ら進んでこんな場所に来ようなんて絶対に思わない。
しかし、これには深い事情があった。
* * *
時は二日前に遡る。
その日の晩に、俺が自室でゲームをしていると、珍しく澄恵からスマホで通話がかかってきた。
普段はメッセージアプリでやりとりするので通話をかけてくるのは珍しい。
そして、俺が電話に出ると、澄恵はどこか暗いトーンでこんな話を持ちかけてきた。
『カゲくん……ボクに泳ぎ方教えて……』
聞くところによると、澄恵は夏休み前に行われた水泳授業を全て仮病で欠席していたらしい。(水泳授業は男女別だから俺は知らなかった)
しかし、夏休み前に体育教師から「夏休み明けにあるタイム計測日くらいは出てもらわないと単位をやれない」と、最後通告を突きつけられたそうだ。
それなら一度くらいは我慢して出席したらどうだという話になるのだが、そこで澄恵が俺に泳ぎ方の教えを乞うた理由に話が戻る。
そもそも澄恵は、泳ぐことができない。いわゆる、カナヅチなのだ。
「でもさ、先生だって泳げない人には配慮くらいしてくれるんじゃないの?」
『泳げなかったら歩いてもいいって言われたけど、クラスの女子で泳げないのボクだけなんだよぉ……』
それは確かにキツい。
タイム計測で衆目に晒される中、『水泳』の授業なのに一人だけ水中ウォーキングをしていたらどんな目で見られるか想像したくもない。
と言うわけで、俺は澄恵のピンチを救うべく、ちょっと期待に胸躍らせながら水泳の指導役を引き受けることにした。
* * *
そして今日、俺と澄恵は普段なら絶対に訪れないであろうプールに足を運んだというわけだ。
泳ぎの練習という目的があるとは言え、好きな子と二人でプールというシチュエーションは願ってもないイベントだ。
こうして普段見ることのできない澄恵の水着姿も拝めたわけだしな。
「カゲくん、さっきからボクのこと見すぎじゃない?」
ふと、そんな指摘を受け、俺は我に帰る。
さすがに油断しすぎていたが、俺は瞬時に脳を高速回転させて言い訳を導き出す。
「うん。スミちゃんのボディバランスを考慮して最適な泳ぎ方を計算してたんだよね。体型によって水中での抵抗が――」
「キモいからそういう言い訳ボク以外の人にしないほうがいいよ」
「はい……」
とまあそんなわけで、軽く体操を済ませた俺と澄恵は水温管理された生温かいプールに入水し、いよいよ泳ぎの講習を始める。
しかし俺とて特別泳ぎが上手いわけではない。まずは何から始めるべきだろうか。
「とりあえず、バタ足で進むくらいできる?」
「わかんない……けどやってみるね」
そう告げた澄恵は、水面に顔をつけて勢いよく水面で足を蹴る……が、全然前に進まないし足が沈んでいってしまう。さすがにここまでひどいとは思わなかった。
一応、傍目から見ていて原因はなんとなくわかった。
「ええと、水面を蹴る時に膝が曲がっちゃってるね。もっと足を伸ばして楽に蹴っても大丈夫だよ」
「うん? 足曲げないと蹴れなくない?」
なるほど。足を伸ばして蹴るという感覚すらわからないようだ。
「それじゃあさ、プールサイドに手を掴んで、ゆっくり体を水面に浮かせられる? 俺が足を掴んで動かしてみるから」
澄恵は俺の指示に従い、うつ伏せ状態で水面に浮くような体勢になる。
そして、俺は澄恵の小さな足先を掴み、ゆっくりと綺麗なバタ足になるよう動かしてやった。
どうでもいいが、女の子の足の裏側を見るとちょっぴり興奮してしまう。俺だけだろうか。
それはさておき、俺が手を添えたことで澄恵は綺麗なバタ足の感覚を掴めたようだ。
「こんなにゆっくりでいいの?」
「うん。フォームが綺麗ならこれくらいで大丈夫だよ」
俺が手を離すと、澄恵はフォームを維持して水面でバタ足を続ける。
しかし、少し背中が反りすぎていたような気がしたので、俺はフォーム矯正のつもりで軽くお腹を押してやる。
「きゃっ!」
すると、俺の接触に驚いた澄恵は、かわいらしい悲鳴をあげて慌てて身を引き練習を中断する。
急にお腹を触るのはさすがにマズかったようだ。
「ご、ごめん。背中が反ってたから直してあげようと思って」
俺の言葉に対し、澄恵はお腹を押さえながらジトっとした目で俺を睨みつけてくる。
だが、教えてもらっている手前、どこか申し訳なさそうな雰囲気でもあった。
「それならいいけど、急だったからびっくりしたって言うか、その……」
俺と澄恵は、なんとなく視線を下げて気まずい空気を共有する。
まだセクラハだと怒られた方が茶化せるのだが、どうしたものか。
そんなことを考えていた時、まったく予想外のことが起きた。
「お前ら……景吉に澄恵か!? 何でこんなとこにいんだよ!」
と、プールサイドから大声を放った人物は、他でもない夏川陽太だった。




