13.澄恵の気持ち ※
その日の晩、私は夕食と風呂を済ませてから自室でくつろいでいた。
ついさっきまで飼い猫の『ナツメ』とじゃれあって遊んでいたが、しばらくするとナツメは眠くなったらしく、私のベッドにもぐり込んでしまう。
寝るにはまだ早い時間だったが、特にやることもないので私もナツメと一緒にベッドで横になることにした。
白黒茶色に別れたナツメの毛並みはフサフサで、触ると心地がいい。
しばらくベッドでナツメを撫でていると、私は昼間のことを思い出していた。
今日は、夏休みになってから初めて景吉の家に行ったが、別に景吉に会いに行ったわけではない。単に口うるさい親から逃げるために景吉の家へ避難しただけだ。
それにしても、景吉に押し倒された時は本当にびっくりした。
もちろん、私が傍若無人に振る舞って景吉を怒らせたのが発端だという自覚はあるが、あの時の景吉はどこまで本気だったのだろうか。
私は、ゴロゴロと喉を鳴らすナツメの背中を優しく撫でながら、自分の気持ちを冷静に整理してみる。
あの時私は、「ちょっとくらいなら別にいい」という発言をしたが、自分でもその言葉がどこまで本気だったのかわからなかった。
もちろん、景吉が冗談で私を押し倒したことくらい、最初からわかってた。
あの時だって、顔を真っ赤にした景吉は結局私の体をくすぐるだけで、それ以上のことは何もしなかった。(とは言え、あれも結構なセクハラだった気がする)
そもそも景吉は、私なんかの体でも興奮するのだろうか。
……なんだか、自分で考えていて恥ずかしくなってくる。
しかし、景吉とて所詮はエッチなことに興味津々の男の子だ。クローゼットの奥にエッチな本を隠していることくらい知っているし、何なら小さい方が好みということも知っている。
それに最近は私の胸元や太ももなんかをこっそり見ている気がする。
以上の情報を鑑みるに、ムッツリスケベの景吉は私のことを女として多少は意識しているだろう。
そんな景吉が喜んでくれるなら、テスト勉強や球技大会で助けてもらったお礼に少しくらいなら許してあげようという気持ちがあったのは事実だ。
とは言え、軽い気持ちのつもりがエスカレートしてしまうのは怖い気がする。
物事には順序というものがある。告白もせずに成り行きで体を許すのは嫌だ。
もちろん、しっかりと告白されてけじめがつけば、行くところまで行ったって構わないと思っている。
なぜなら私は景吉が好きだからだ。
「お前はどうして景吉に告白しないんだニャ?(裏声)」
私は、隣で丸くなっているナツメが喋っているかのようなアテレコ風の一人芝居をして自問自答をしてみる。
「だって、景吉が私を恋愛対象として見てなかったら気まずくなっちゃうじゃん」
「大丈夫だニャ。景吉はお前にメロメロだニャ。あれだけ思わせぶりな態度を見せられて、まだ景吉の気持ちに気付かないのかニャ?(裏声)」
「気付くとか気付かないとかじゃないよ。拒絶されるのが怖いから、想いを伝えられない。ただ、それだけだよ」
「それじゃあ、景吉が告白してくれるのを待つしかないニャ(裏声)」
と、そんな茶番をしているうちにナツメは私のベッドの中でスヤスヤと眠りについていた。
猫は悩みがなさそうだし、一日中寝ていられてうらやましい限りだ。
少し眠気を感じてきた私は、丸くなったナツメの体に顔を寄せて先ほどの茶番を振り返ってみる。
少し前までの私は、景吉と仲のいい兄妹のような関係でいるのが最善だと思っていた。
そうすれば、男女関係などという面倒なことを考えずに、景吉を頼り、景吉のそばにいることができたからだ。
景吉のことが好きという感情は、そういう関係でも成立すると思っていた。
だが、私と景吉はいくら仲がよくても血の繋がった兄妹ではない。
例えば、高校卒業と同時に別々の進路を選び、実家を離れれば今までのように一緒にいることはできなくなる。
そうなった時、私と景吉を繋ぐ縁は極めて希薄になる。
私は、一人になるのが怖い。
景吉がそばにいなければ、私は一人だ。
だから私は、今のうちに景吉へこう伝えねばならない。
ずっと私のそばにいて、と。
だけど、景吉が私の気持ちに応えてくれるとは限らない。
拒絶されたら、重いと思われたら――そんなことを考えるだけで寒気がしてくる。
だから私は、景吉がこう言ってくれることを待っている。
ずっと俺のそばにいてくれ、と。
なんだ。結局私は、景吉に告白されるのを待っていたんだ。
自分で伝えるのが怖いからって、気持ちをごまかしていただけなんだ。
そんなことを考えていると、いつの間にかまぶたが重くなり、心地よいまどろみに陥る。
すると、朦朧とする意識の中でナツメが大きなあくびをする姿が見えた。
「心配しなくても、景吉はちゃんとお前の気持ちをわかってるニャ」
ふと、ナツメがそんな言葉を発した気がする。
恐らく夢なのだろうが、私はその言葉で安心して眠りにつくことができた。
 




