12.夏休み
球技大会が終わると、我が校は待望の『夏休み』に突入する。
1か月にも及ぶ大型休暇となる夏休みは、学生にとって楽園生活のような期間に他ならない。
もちろん、部活動に熱心な者はその限りではないだろうが、帰宅部の俺には縁のない話だ。
そんなわけで、俺は全力で夏休みを満喫すべく、三日三晩ゲームに動画に読書にアニメにと自由気ままな愉悦を堪能した。
昨日もベッドに入ったのは、新聞屋が来て空が明るくなり始めた頃だ。
そんな夜を何日過ごそうと、翌日に憂いがないというのが長期休暇のいいところだろう。
今日も今日とて、俺はお昼過ぎと思われる時間になって、ようやく目を覚ました。
「あ、起きた~? おはよ~」
一瞬、母親か妹の声かと思ったが、いくら寝起きでも俺は彼女の愛らしい声を聞き違えることはない。
続いて夢かと思ったが、綺麗な黒髪を垂らしてちょこんと床に座って漫画を読むその姿は、幻影とは思えない存在感を放っている。
つまり、こういうことだ。
「なんでスミちゃんが俺の部屋にいるんだよ……」
「んっとね~、お母さんが夏休みだからって毎日家でゴロゴロするなってうるさいから逃げてきた~」
納得できる理由ではあるが、俺が寝ている間に澄恵を部屋にあげるウチの家族もどうかと思う。
しかし、それほど厳しそうなうに見えない澄恵の母親から説教を受けるとは、よほどこの三日間ゴロゴロしていたのだろう。俺も人のことは言えないが。
とりあえずベッドから起き上がった俺は、大きなあくびをしながら漫画を読みふけっている澄恵を観察する。
今は夏休み中なので、当然ながら澄恵は私服姿だ。澄恵の私服姿を見るのはかなり久しい気がする。
ちなみに、トップスは控えめなフリル付きの水色シャツで、ボトムスはベージュのショートパンツというスタイルだ。
少し子供っぽいコーディネイトな気もするが、そもそも小柄な澄恵は何を着ても子供っぽく見えるかもしれない。まあ、これはこれでかわいいから個人的にはアリだと思う。
それと、寝起きの部屋に平然と澄恵がいると、同棲しているみたいでちょっと興奮してしまう。
というか、今は寝起き特有の生理現象的なアレで客観的に見ると発情しているように見えるが、決して朝から下心全開なわけではない。あくまで寝起きの生理現象が発動しているだけだ。
そんなわけで不本意な興奮がおさまるまでベッドに座っていると、不意に澄恵が立ち上がり、俺の前へと歩み出る。
「ほらほら、もうお昼過ぎだよ。起きた起きた」
ヤバイ。そんな言葉をかけられると、ホントに同棲しているみたいでめっちゃドキドキする。
と言うわけで、俺は澄恵の言葉に従って素直にベッドから離れた。
すると、澄恵は俺と交代する形でベッドを乗っ取り、平然と寝転がって漫画の続きを読み始める。
コイツめ。最初からこれが目的で俺を起こしたのか。
それにしても、いつものことだが澄恵は俺の前だと本当に無防備だ。
男の部屋で男のベッドの上に平然と寝転がるなんて、年頃の乙女なら意識しそうなものだが、相手が俺だから何も感じないのだろうか。
単に心を許しているだけなら嬉しいが、異性として意識されていないのなら悔しい気がする。
と言うわけで、俺は寝起きの勢いにまかせて少し澄恵を試してみることにした。
ふらりとベッドの脇に立った俺は、仰向けになって寝転がっている澄恵から強引に漫画を取り上げる。
「あっ!」
そして、驚く澄恵の両手を掴み、無理やりベッドに押し付けた。
いくら俺がヒョロガリでも、男女の体格差があるので澄恵のよわよわパワーでは抗うことはできないだろう。
「ふっふっふ、どうだ抵抗できまい。俺様は紙も好物だが、実は若い女の体も好物なのだ。さあて、どこから食ってやろうか……」
澄恵の四肢は細くて乱暴に扱うと壊れてしまいそうだ。ベッド上に乱れた黒髪も相まって、その小さな体はどこか扇情的だ。
押し倒したのは完全な勢いだが、いざベッドの上で澄恵と視線を交わすと胸が高鳴ってくる。
しかし、当の澄恵は暴れる様子もなく、危機感を抱いていない様子だ。というより、どこか呆れているようにも見える。
「も~、いいとこなんだから漫画返してよ~」
「俺の漫画じゃい! 今まで大目に見てきたが、今日という今日はわからせてやる必要がありそうだな……」
と、圧をかけてみたはいいものの、当然ながら俺は澄恵を襲う気などさらさらない。俺にも理性くらいは備わっている。
だが、澄恵に余裕な態度を取られているのが癪で、なんとなく後に引けない感じになってしまった。
そんなわけで、しばらく澄恵に覆いかぶさったまま視線を交わしていると、澄恵は感情の読めない真顔で口を開く。
「どうしたの? ボクをわからせるんじゃないの?」
コイツめ。挑発しているのか。
そう思うとますます引けなくなってくる。
「誘ってんのか? 俺が本気になったらどうすんだよ」
「大丈夫だよ。カゲくんヘタレだもん」
さすがにムッときた俺は澄恵の両腕を左手で拘束し、右手を自由にして澄恵の服に手をかけようとする。
だが、俺の右手は澄恵の体に触れる直前で止まった。
すると、澄恵はクスリと微笑む。
「ちょっとくらいなら、別にいいよ。この前、助けてくれたお礼ってことにしといたげる」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳は一気にオーバーフローを起こした。
いいよって、何がいいんだ? ちょっとって、どこまで許されるんだ? というか本気なのか? こんな流れで一線越えちゃっていいのか?
様々な考えが頭を駆け巡り、呼吸は苦しく胸は高鳴る。顔はどんどん熱を帯び、恐らくタコのように赤くなっていることだろう。
そして、恥ずかしさが極限を突破した俺は、何を思ったのか澄恵の脇を全力でくすぐっていた。
「お、俺に色仕掛けが通用すると思ったか! 悪い子にはお仕置きだ!」
「なっ! あひひひひっ! ひうっ! だめっ! あひひひっ! やめっ!」
その刹那、笑い転げた澄恵は足をばたつかせ、膝が俺の大事なところにクリーンヒットする。
それから力なくベッドに横たわった俺は、股を抱えてしばらく三途の川を眺めることになった。
 




